ワンスがノーブルマッチのシステムを思い付いたのは、今から二年前。真っ当な商売を通して知り合った高位貴族と仲良くなり、仮面夜会の話を聞いたのがきっかけだった。
聞けば、貴族たちはそういう目的の夜会に仮面をつけて参加し、そういうことをするのだと言うではないか。ワンスは『それってプライバシー皆無じゃね?』と、当たり前のような疑問を持った。髪色や瞳の色、服装や声で分かる人には、すぐに分かってしまうだろう。
体面を気にする貴族たちが仮面をつけるだけで満足しているとは思えなかった。そして即日、ノーブルマッチを立ち上げたのだ。
元々、エース・エスタインの名前は高位貴族の中では有名であった。ノーブルマッチを立ち上げる前から様々な事業をエースの名前で興していたが、それらはどれもヒットしていたからだ。
ノーブルマッチも例外ではなかった。エース・エスタインがまた新しい事業を興したと話題になり、サービス開始から半年ほどで仮面夜会に出席していた人々を中心に、会員数は爆発的に増えた。噂が噂を呼び、オーナーであるエース・エスタインの元には、貴族も平民もごちゃ混ぜで入会申込が多数寄せられていた。
しかし、エース・エスタインは平民の入会を断り、ノーブルマッチは貴族のみとしていた。更に、どんなに会員数が増えても、マッチの相手はオーナーであるエース・エスタイン唯一人が決定すると、設立時の会員細則で決めていた。それが鉄壁のプライバシー保護という触れ込みになり、会員数を増やす要因となっている。
だから、エース・エスタインが抱えるノーブルマッチの仕事はものすごく忙しかった。日夜、貴族たちの行動歴や立場、好みや嗜好を把握しながら、双方満足のいくマッチを一人で決定していたからだ。ワンディング家の私室で、朝方まで仕事をするなんてザラだった。
そこまでして、ワンスは『エース・エスタイン唯一人が決定する』というシステムに拘った。それには理由がある。まさに今、その理由にニルドが直面しているのだ。
「元々さ、ノーブルマッチは貴族の皆様の弱点を作るために始めた商売なんだよ」
「はぁ? ……え? はぁ?」
「ははは! いいねぇ、その反応。ニルヴァンのことお気に入りになっちゃいそう」
ワンスはファイブルの気持ちが少しだけ分かった。平たく言えば、ニルドは素直で可愛いのだ。緊張してガタガタになったり青くなったり、すぐに怒ったりうろたえたり。手の平でコロコロと転がってくれるところが、まるで玉乗りをしているピエロみたいで面白かった。
「お前……! ワンディング伯爵家嫡男というのも嘘だな!?」
「ははは、それも本当。詐欺対策コンサルタントの仕事も本当。イチカとして金貸し業をやってるのも本当。エース・エスタインでノーブルマッチをやってるのも本当。別に詐欺師ってわけじゃないんだから、ぜーんぶ本当なんだよ。名前を使い分けてるだけ。嘘なんて付いていない」
これの内、どれが本当でどれが嘘か。
「そんなこと信じられるか!」
「えー? 信じろよ、一緒に騎士団に潜入した仲じゃん。あ、そうだ、騎士団所属なら王城文官に申請して戸籍の照合できんじゃねぇの? やってみろよ、ワンス・ワンディングで。一ヶ月もあれば照合結果がわかるはずだ」
「……分かった、もし嘘だと発覚した場合には」
「騎士団が俺を捕まえるってぇ? ははは!」
ワンスは悪い顔をして、ニルドの脅しをはねのけるように笑ってみせた。
「何がおかしい!?」
「バレちゃうよ? いいのかな~?」
「……」
「まず一つが今日の手引きな? 秘密保持契約書にはバッチリと俺とお前の名前が書かれている。ニルヴァンが俺を手引きした証拠としては十分だ」
「お前……!!」
「もう一つが大きいな。フォーリアだ。あいつにノーブルマッチのことがバレたらどうなる? 一生、口聞いてくれなくなっちゃうかも? いや~、これはさすがに可哀想すぎる!! フォーリアのこと大っ好きだもんなぁ、残酷すぎるな」
「くっ……!!」
「な? ノーブルマッチで作っちゃった弱点って結構効くだろ?」
ワンスはシュッシュとエアーパンチをしながらニルドを茶化して遊んだ。まさに最低である。こんなヒーローがいていいものか。しかし、彼はまぎれもない犯罪者・詐欺師なのだから、本来はこんなものなのだ。
「というわけでさ、ニルヴァン。こうやって騎士団の制服でフラフラして知り合いに会ってまで正体をバラしたのにはワケがあるんだよ。面白いエンターテイメントだっただろ?」
「何をふざけたこと言ってんだ……!?」
「だーかーらー、ただ正体をバラしたんじゃ面白くねぇじゃん。演出だよ、演出。なぁ、話進めていい?」
「断る。お前の話など聞かない」
「レッド・ハンドレッドを捕らえる手助けをお願いしたい」
「聞かないと言っている!」
「もうさぁ、フォーリアなんて自分がやるって聞かなくてさぁ。ダッグ・ダグラスを引っ掛ける為に血の滲むような努力をしたんだぜ? 184回も俺がダグラス役やったんだから」
「……え? ダッグ・ダグラス? あの侯爵家の?」
突然のビッグネームに、ニルドはきょとんとしてまさしく目が点になっていた。
「あー……でも、俺の話は聞かないんだっけか。悪りぃ! じゃあ制服は今度返すからここで解散ってことで、お疲れー」
「待て! 話を聞かせろ」
「ナンダッテ!? 仕方ないなぁ。じゃあニルヴァン家に行こうか! 腹減ったからランチの用意もよろしくな~」
「おまえ……」
「あ、御者さーん、ニルヴァン家までお願いしまーす」
ワンスが窓をあけて大声で言うと、馬車の外にいた御者はニルヴァン家に向かおうと手綱を握ってくれた。
そして馬車の中で、ワンスはニルド・ニルヴァンの手綱を握ったのだった。それはもう、ギュッとね。
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