「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

87話 一緒にいたい

公開日時: 2023年1月20日(金) 08:17
文字数:3,766



【現在・ワンスの部屋にて】


「は……? 八年間?」

「はい!」

「毎週金曜日、待ってたのか?」

「はい、待ってました」

「まじか……」


 ワンスはこの重圧に押しつぶされそうだった。というか、デスクに突っ伏して物理的に潰れた。


「ぇえ……俺、最低すぎじゃね? まじで? 八年? 本当に毎週金曜日?」

「そうですねぇ」

「雨の日も? 雪の日も?」

「傘さして待ってました」

「……え、待て待て待て。じゃあ半年前の金曜日、噴水広場にいたのは偶然じゃないってこと?」

「はい。やっと待ち合わせに来てくれましたね! 約束を守ってくれて嬉しかったです、ふふ」


 ワンスはまた頭を抱えて深いため息をつく。フォーリアが健気にずっと待っていた間、自分はせっせと悪い事を重ねてフォーリアを忘れることしか考えてなかったのだから。いっそ誰か殺してくれ!と思うくらいにダメージを受けた。


「先に言っておきますけど、謝らないでくださいね? ワンス様のせいじゃないです」

「さっき、俺も同じこと言ったな……ははは」


 八年前、金髪の男の子というフィルターをかけたことで噴水広場からポイッと閉め出された話を聞いてショックを受けたフォーリアに、ワンスが言った言葉だ。ブーメランである。


「ふふ、そうですね。私も一緒です。止めようと思えばいつでも止めることが出来たのに続けてました。それは私がそう決めたからです」

「……まぁ、そうだけど」

「私がこの話をしたのはワンス様を傷つけるためではないです。量を伝えたかったからです」

「量?」

「私の愛の量です」

「そうか、おかげさまで埋もれそうだよ」


 デスクに突っ伏しているワンスを見て、フォーリアは愛おしくて仕方がなかったのだろう。そっと濃紺の髪を撫でてきた。ワンスは驚いてバッと顔を上げ、「な……」と言葉を詰まらせる。少し頬が赤かった。初めて見せた顔だった。きっと明日は雨だ。


「ふふ、ワンス様の髪、好きです。……私、なんで八年間も待ち続けたのか自分でもよく分からなかったんです。なんでこんなに好きなんだろうってずっと不思議でした。他の男の人には全然惹かれないんです。でも……」


 そこまで言うと、フォーリアは金庫室を指差して「あれを見て、やっと分かりました」と言って笑った。


「私、悪いことをしてるワンス様が好きなんです」


「……は?」


 さすがのワンスも固まった。


「難しいこと……たぶん悪いことなのかな? それを考えてるときの顔も、悪そうに笑う顔も、ちょっと暗い目をしてるときも、全部すごくドキドキします」


 フォーリアは胸に手を当てて、思い出すように頬を染めた。ちょっと特殊な性癖の子かな?


「ドMだとは思っていたが、まさかの破滅指向? まじでやべぇな……」

「ちがいますー! もー、すぐそういうこと言う! コホン。それだけじゃなくて……」


 フォーリアはスタスタと歩いてゴミ箱から黄色のチューリップを拾い上げ、花瓶にそっと戻した。


「私、ワンス様が捨てた大切なものを拾いたいんです」


 そして、萎れたチューリップにチュッとキスをして「後で押し花にしましょうね」と言って笑う。


「悪いことをして自分から暗い影に隠れようとするワンス様を引っ張り出して、日光浴させたいなって思います。八年間、噴水広場で思っていたのは、そういうことだったんだなってこの部屋に入って分かりました」


 ワンスは拾われた黄色のチューリップを見て、身体がほわんと温まった。まるで日光浴をしているような温かさだった。


「走り続けてひーひー言ってたら水を渡します。寒いところで凍えていたらマフラーを巻きます。お腹が減ったらピクニックに行きましょ! 悪いことの合間に少しだけでもいいから、日の当たる場所に私が連れ出したいって思います」


 フォーリアは、ワンスの両手を集めてギュッと握ってくれた。

    

「悪いことをしていても大丈夫。そのままのワンス様が好きです」


 ワンスは泣きそうになった。せっせと固めて鍵をかけてきた心がふわっと柔らかくなってしまい、そこに隙間ができた。でも、その隙間がこれ以上広がらないようにパッとフォーリアの手を解く。手を解いたら寂しくなったけど、それでも手のひらをギュッと握っただけで紛らわす。


「いやいや、犯罪者だからまじで。即捕縛レベルだから。お前が知ったら絶対に百パーセントガチで引くこと、たくさんしてるから。そんなの無理だろ」 


 隙間を埋めるように早口でまくし立てるワンスを見て、フォーリアは腕を組んで「うーん」と唸る。


「じゃあ分かりました! もっと悪くなりましょう」

「は? 悪くなる?」

「はい、一生黙っててください。聞かなかったことにします。騙して、黙って、ずっと一緒にいてください」


 なんと甘美な誘いなのだろう。ワンスにとって、これは殺し文句に近かった。


「えーー……? それってどうなんだ? えーー? いいのか? ……いや、ダメだろ。あぶねぇな、馬鹿のペースに流されるところだった」

「もー! オージョーガワが悪いですよ!」

「往生際、な?」

「こほん、往生際が悪いですよ!」


 ワンスは立ち上がってワザとらしく大きくため息をついてみせた。聞き分けのない子供を諭すようにフォーリアを見下ろす。


「あのなぁ、俺はいつ捕獲されて処罰を受けるか分からない身なんだよ。もし一緒にいて、何かあったらどうなる? お前まで非難されることになる」

「分かってます!」

「お前の父親だって悲しむだろ」

「あー! そう言えば引くと思ってますね? 引きません! お父様は大好きですが、他の人のことはどうでもいいんです。ワンス様の手を取るってことは、他を捨てるってことです」


 その言葉で、ワンスは父親を思い出した。親と家を捨てて愛する女性を選び、医者の使命を捨てて母親と自分を選び取った父親のことを。父親はどういう気持ちでそれを捨て去って、どんな気持ちでそれを選び取ったのか。


「ワンス様は自分のことを犯罪者だとか詐欺師だとか言いますけど、私にとってはいつだってヒーローです。八年前も、今も、私のヒーローです。そんな素敵な人の手を取ることが、悪いことだとは思えません!」

「お前、馬鹿だろ……」

「ふふ、ワンス様の『馬鹿』は『好き』って意味だと思ってます」


 ワンスはため息とも言えない小さな息をふーっと吐いて何かを逃がすように、何かを耐えるように眉を寄せた。


「……俺はズルいから……お前のこと拒むのそろそろキツい」

「ズルくてもいいです」

「本当やめろって、これ以上は無理だから」

「じゃあ、あと一押し?」


 弱ったように額に手を当てるワンスを見て、フォーリアは小首を傾げて必殺・上目遣いを決めてきた。そして、ワンスをギュッと優しく抱きしめてから、そっとキスをしてくる。



 ワンスが自らフォーリアを選び取ることなんて、きっと一生出来ない。けれど、フォーリアがこんな自分を選んでくれている。

 詐欺師だと知った上で彼女が自分を選択する可能性を、ワンスはこれまで一度も考えてこなかった。賢い頭の中で一度も、欠片ほども考えなかった。


 本当に良いのかなと迷う気持ちが大半を占めていた。でも、ワンスはずっとズルいことばかりしてきたから、柔らかくなった心の隙間にある『それでも良いか』という甘い気持ちが溶けて広がって、流されるように受け入れてしまう。


 受け入れてみると心が温かく満たされた。大切なものが手の中にすっぽりと入ってきて、それをギュッと握ってみたら、これ以外は何もいらないって思えた。



 ワンスは願いをかけるように思った。


 もしも神様がいるならば、このまま見逃してくれませんか。もしも見逃してくれないなら、神様だって騙してみせるよ。嘘をついて欺いてみせるよ。



「ごめん、フォーリア。一緒にいたい」



 謝りながら、愛を告げた。まるで懺悔をするように気持ちが口から零れた。


 その瞬間、ワンスの瞳からポロッと涙が流れた。「あ」と声を出して咄嗟に手の甲で拭おうとしたら、その前にフォーリアが細く華奢な指先でそっと涙を拭ってくれた。柔らかく微笑みながら。


 両親が死んでから十二年。彼にも涙を拭ってくれる人がやっと、やっと現れた。


 悪いこともたくさんした。償っても償い切れない人生だ。それでも、こんな詐欺師ヒーローに幸せがあってもいいじゃないか。たった一つの大切なものを、その手の中に収めるくらいの幸せがあってもいいはずだ。


 ワンスは大きく泣きたくなった。八歳のときみたいに、声をあげて泣きたかった。でも、もう二十歳。それを誤魔化すように、フォーリアにキスをした。我慢しきれずに流れた一滴の涙は、二人のキスに吸い込まれていった。


 一方的な愛を投げ合っていた不器用な二人は、初めてお互いの愛を受け取り合った。ワンスは愛しい金色の髪をくしゃりと軽く握り、彼女の頭を押さえるようにしてもっとキスを深くする。もっと、もっと。八年分。

 

「……ん」

「……はぁ、やばい、馬鹿になりそう」


 部屋は移動しなかった。

 金庫も開けっ放しだった。


 誰も入ることはなかった彼の部屋で、誰にも触れさせなかった彼のベッドで、二人はお互いを確かめ合った。八年間の遠回りを認めて慰め、その隙間を埋め込むように、ぎゅっと抱きしめ合う。


 無駄じゃなかった。八年がなければ二人はこうはならなかった。堕ちて上がって遠回りをしたけれど無駄なものなんて一つもなかった。


 八年かけて、やっと選べた大切なもの。


 神様だって、余所見くらいはしてくれるはずだ。







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