ニルヴァン家でランチをご馳走になったワンスは、これまでの経緯のほとんどをニルドに教えた。ほとんどであって、全部ではないが。
ちなみにニルヴァン家のランチは、とても美味しかった。特に、芋料理がワンスはお気に召したようで、無遠慮にお代わりまでした。芋料理……芋がズルズル……芋ずる式。この日も、ワンスの作戦がどんどんハマっていくことになるのだった。
ワンスによって脚色されたレッド・ハンドレッドの悪行の数々と詐欺行為を聞いたニルドは、『許せん! フォーリアの敵は俺の敵!』モードになってくれた。そして、レッド・ハンドレッドの捕縛計画に、一応は協力してくれることになった。ただし、犯罪まがいのことはしないと約束した上で、だが。
ハイライトとしては、ダッグ・ダグラスとフォーリアの件を話したワンスが、ニルドに胸ぐらを掴まれたところだろう。
「お前! 覚悟はできてるな!?」
「殴られる覚悟なんて、生まれてこの方持ち合わせたことねぇよ……怖ぇよ」
「殴るんじゃない。斬り捨てる。……そうだ、そうすれば全て丸く収まるんじゃないか? なんで気付かなかったんだ」
ニルドはそう言いながら、胸ぐらを掴んでいた手を離して、そのまま迷わない手で剣を突きつけてきた。
「もーこいつ面倒くせぇな。落ち着けよ。フォーリアの気持ちも考えてみろよ」
「どう考えても、お前が単独でやれば良かったとしか思えない。フォーリアを危険な目に遭わせるなど……許せん!」
するとワンスは、取って付けたように苦しそうな顔をして、テーブルをダンと強く叩いた。ニルドは少しビクッとしていた。
「何で分かんないんだ! フォーリアは自分でやってやりたかったんだよ! 父親とその友人の敵を……自分で取りたかったんだよ……! 俺たちが出来ることは、彼女をただ守ることじゃない。戦える力とその技を! 彼女に渡すことだろう!?」
ニルドはハッとしたように目を見開いていた。ニルドは八年間、フォーリアを害虫から守り、それを本人に悟られないように、大事に大事にしてきた。しかし、それで本当に良かったのか? そのせいでフォーリアは、あんなフワフワのユルユルのぼんやりさんに育ってしまったのではないのか……とか考えていたのだろう。
続いて、こう思ったに違いない。フォーリア自身が、善き人間と害虫を見分けられるようにならなければ、どこかの悪い人間に彼女を丸ごと奪われてしまうのではないか……と。
なかなか勘が良いが、少し遅かった! 先日、目の前にいる悪い人間に、フォーリアを少しだけ奪われている。残念でならない。
「そうだな……フォーリアも十八歳だ。守るだけではいけないということか」
「え? あ、うん、わかるわかるー」
ワンスは、返事がお座なりになるほどに心底どうでも良かった。彼女が戦う力や技を持っていようといまいと、正直どうでもいいのだ。
剣を突きつけられても、力ではなく言葉で相手を伸す。さすがは詐欺師。
そして、ニルドの怒りが収まった頃に、タイミングよくニルヴァン家の侍女が来客の知らせを持ってきた。
「あ、来客? 席を外そうか?」
「いや、そのままいてくれ。今回のレッド・ハンドレッドの話を聞いて、協力者がいた方がいいと思ってな。役に立つ人間を先ほど呼んだんだ」
「お! なんだ、もう呼んでくれたのか! 待ってました~♪」
「?? なに言ってんだ?」
そうしてニルヴァン家のシャンデリア輝く応接室に入ってきたのは、やはりこの人物だった。芋がズルズル、芋ずる式である。
「へえ、ハジメマシテ。ファイブル・ファイザックです、へえへえ」
「初めまして、ワンス・ワンディングです。へえブルと呼んでも?」
「へえ、どうぞファイブルと」
やたら固い痛い握手を交わした二人は、やたら笑顔で「ははは」と笑い合いながら、ソファに向かい合わせに座った。
「ファイブルに協力してほしいことがある」
ニルドが偉そうにファイブルに言うと、彼の眉がほんのすこーしだけピクリと動く。普段、眉一つ動かさずに、ニルドの言うことを忠実に聞いているファイブルの眉が。
「へえ、どんなことでしょう?」
ニルドがファイブルに事のあらましを説明してくれたので、ワンスは時々補足をしながらも、真剣にうんうんと相槌を打ってあげた。何とも胡散臭い相槌だった。
ファイブルは背を丸くしてソファに座って、少し斜めにズレた眼鏡越しに、ワンスをギロリと睨んできた。ワンスは『わりぃ』と言う顔をしながらウインクで返したが、本当は悪いとも思っていない。元々、この予定だったからだ。芋ずる式にどんどん友達の輪を確保する。金で雇った人間はすぐに裏切ることを知っているワンスは、『加担する強い理由』を持つ人間を揃えたかったのだ。例えば恋心とか、ね。
そして、ワンスの計画にファイブルは欠かせない存在だった。だがしかし、唯一ファイブルには加担理由がない。そもそもに、簡単に加担理由を作らせるような男であるはずもない。だから彼らは親友なのだ。
ただ誘ったところで断られるのは明白。上客であるニルヴァン家を絡めても難しいかも、という状況だった。やはりファイブルを引き入れるのならば、エンターテイメント性が必要であると、ワンスは判断していた。エンターテイメント、そう演出だ。
しかし、二人の関係を考えたら、こうやってサプライズでニルドに呼び出されて『加担依頼』されるよりも先に、ワンスから話を通しておきたかった。それが前回の悪友のノリノリ会というわけだ。これはワンスなりの誠意だ。詐欺師が見せる誠意、これは相当稀有なものである。
ワンスのその判断は、たぶん正しい。通常であれば、ここで協力を断って、ニルドごとニルヴァン家を切り捨てても良いとファイブルは判断するだろう。何故ならば、多少お財布は痛くなるが、それくらいファイザック商会としてはどうとでもなるからだ。お気に入りキャラである『へえブル』の埋葬代くらいはどうとでも。
しかし、ファイブルも、ワンスなりの誠意を理解したのだろう。そして、面白いことが大好きなファイブルは、このワンスが仕組んだ『ニルヴァン家で詐欺師の僕と握手!』が結構気に入っている様子だった。銀縁眼鏡の奥の瞳が、僅かにキラキラと輝いていたからね。演出が如何に大事かということである。
「へえ、わかりました。ニルド様、なんなりと」
そう言って、ファイブルは斜めになった銀縁眼鏡をグイッとあげたのだった。
しかし、そこでワンスが視線を合わせてみると、眼鏡越しのファイブルの目は、ひどく鋭かった。ワンスは慌てて、「……あー、そうだよなぁ。今日はワインでも飲みたい気分だなぁ」なんて、大きな独り言を言ってみたりした。この後、自らのお財布が痛くなることに、げんなりとしながら。
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