ハンドレッドは縛り上げられたまま馬車に乗せられ、ニルド・ニルヴァンの隣に座らされた。そして向かいには第一騎士団長が座っていた。
やはり騎士団長、貫禄が違うなとハンドレッドは感心しながら眺めた。そしてニルド・ニルヴァンと騎士団長がセットとは、こりゃ特別待遇だな…なんて思うくらいには、もう人生諦めていた。
「聞かれたことに答えろ」
ニルドがそういうと、ハンドレッドは小さく笑って返した。
「分かってるさ。もう手も足も出ないもんでね。お喋りは好きな方だ。何でも聞いてみるといい」
「国庫輸送の情報はどこで得た?」
「ははは!面白いことを聞く。お前らのお仲間だ」
そこで騎士団長とニルドの空気がピリッと緊張感を持った。内通者がいるという思わぬ事態に、顔が曇るのも無理はない。
「そいつの名前は?」
「ワングとファイザ。もう一人、ワングに仲間がいるらしいが、名前は知らない」
「ワングとファイザが!?」
騎士団長とニルヴァンは信じられないと言った顔でお互い目を合わせた。その顔が面白くてハンドレッドはちょっと笑った。これこそ、犯罪者が捕まった後の醍醐味である。
ハンドレッドはもう全てがどうでも良くなってしまい、聞かれたことに嘘をつかずに答えるという遊びをしている気分だった。嘘しかつかない人間にとって素直にスルスルと何でも口に出すことは何だか楽しくもあった。正直に話すというのも良いものだな、なんて思ったり。
他にも馬車を丸ごとすり替える大胆な作戦を考えていたことを告げると騎士団長は「なるほどな。今後の参考にする」とため息混じりに頭を抱えていた。
「なぁ、たくさん答えたんだから、こっちも教えて欲しいことがある」
「教える義務はない」
「こっちの計画が騎士団に漏れていたのは何故だ?」
ハンドレッドが質問を投げると、騎士団長は眉間に皺を寄せた。ハンドレッドは妙だなと感じた。普通ならばここで返ってくる答えこそ『教える義務はない』である。眉間に皺を寄せるあたり、何か迷いがあるということか。
「おい。情報提供者は誰だ?何を迷っている?」
「…情報提供者本人から、ハンドレッドに名前を告げて良いと許可を受けている」
「…は?告げ口した本人が名前を出していいと言っているのか?」
「許可というか、是非にという感じだな。しかし…騎士団としては報復の可能性を含めて、名前は出したくはない。よって、教える義務はないと答えておく」
ハンドレッドは首を傾げた。どういうことだろうか。普通は密告したならば、名前を伏せて欲しいと言うはずだ。それが逆に『是非とも』とは…不可思議である。
「そいつは女か?」
「…答えるのはこれだけだぞ?男だ」
―― 女詐欺師ではない…?
「ニルド・ニルヴァン。オーランド侯爵の夜会に出席していただろう。あのときエスコートしていた女は何者だ?」
ハンドレッドがニルドに向かって問いかけると、ニルドは騎士団長をチラリと見て目配せで許可を貰った。
「友人だ」
「オーランド侯爵と繋がりのある女じゃないのか?やたら親密そうだったが」
「親密…いや?あのときが初対面だ」
「初対面!?そんなわけない。距離が近かっただろう!」
ハンドレッドが詰め寄ると、ニルドは思い出すように「あー、距離…」と苦笑いで呟いた。
「それは…まあ、オーランド侯爵も男だということだ」
ニルドの歯切れの悪さに、オーランド侯爵の人となりをよく知る騎士団長が「ふっ」と小さく笑ってから「ゴホン、お喋りはそこまでだ」と制した。
―― ただの下心ってことか!?は!?なんだそれ!
ハンドレッドは訳が分からなかった。しかし、何か歯車が狂っているということは分かっていた。その歯車はもう随分前には狂っていて、それが今日こうやって捕縛されることで露呈しただけ、ということは感覚的に確信していた。
いつから狂っていたのか。何かキッカケが…。女詐欺師かと思っていたが…何か違う…何だろうか。
ハンドレッドは馬車に揺られながら、国庫輸送詐取計画の一連の流れを、記憶を揺らして思い出した。
最初は漠然としていた計画が、ダッグ・ダグラスと縁が出来たことで輪郭が見えてきた。しかし、情報が足りずに騎士団兵の手駒が必要になった。そこでワングやファイザと出会い、やつらを手駒にして情報をゲットした。
ワングは馬鹿なやつだったが蓋を開けてみれば、国庫輸送の資料は完璧だった。随分助けられたものだ。自分が捕まることで、ワングも罪に問われるだろう。金庫室の金どころではなくなる。金庫室の鍵は今、騎士団が確保している自分の鞄の中にあるのだから、ワングが手に入れることはない。
そこでハンドレッドは『あれ?』と思った。待てよ、ワングはどうやって青い屋根の家に入ったんだ。あのとき、慌ててはいたが確かに玄関の鍵は閉めたはずだ。それなのに玄関の鍵は開けられていた。それを逃走直前にファイザが内鍵を閉めていた。
何かがおかしい。そうだ、こういうときは信じていたものこそ、嘘であることが多い。信じていたものこそ。
そこでハンドレッドはハッと息をのんだ。
「…なぁ。ワングとファイザの髪の色は?」
「何を言っている?内通者として会っていたのなら知っているだろう。2人とも茶色だ」
「げ」
そのとき、狂った歯車がカチリとはまった。ハンドレッドは縛られたまま、あまりの衝撃に思わずガックリと俯いてしまった。
―― おまえかよーー!!!
濃紺の髪色の男が脳裏を過った。ハンドレッドが詐欺師だと告げたときの、あの驚いた顔。妙に印象に残っていたが、あれは詐欺師であることに驚いたのではなく『え?そんな正直に詐欺師とか言っちゃっていいの?』という素直な驚きだったわけだ。
「…ふ…ふは」
「ハンドレッド?どうした?」
「くっ…ぶ……ふは…ははははは!」
ハンドレッドは大笑いをした。まさかあのワングが偽物の騎士団兵だったとは!!そう言えば借金も返して貰ってないし、毎度集られるように食事も奢っていた。考えてみれば、いくら賭けに弱いからと言ってあんなに毎度負けるのも逆に奇跡的だ。
随分前から自分は騙されていたのかと思ったら、驚きや憎しみよりも笑えてきてしまった。ニルドと騎士団長はハンドレッドの突然の大笑いに、ちょっと引いていた。
「いや~、久しぶりに大笑いした。これだから詐欺師はやめられないよな、くっ…ふふ…はは…って笑ってる場合じゃないな。おい、確かめたいことがある」
「なんだ?」
「このまま私の隠れ家に連れていってほしい。現状を確認したい。そこには国庫輸送詐取の計画書があるから、それが運賃だ」
「いいだろう。こちらとしても願ったりだ。ニルド、目的地を変更する」
「了解」
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