その翌日、ワンスはフォースタ邸に呼び出された。ミスリーとニルドから、尾行の結果報告をしたいからと、早朝に手紙が来たのだ。
手紙の筆跡と文体から、二人が朝まで一緒にいただろうことが丸分かりで、『順調そうで何よりだな』と、ワンスは少し食傷気味だった。
久々の全員集合。すっかりアジト化しているフォースタ邸であったが、フォースタ伯爵は全く気にしていなかった。娘に友達がたくさんいて良かった~、くらいの感覚だ。さすがフォーリアの父!
「でね、ハンドレッドの住処の向かいに住んでるおじいちゃんが、鍵屋さんを目撃しているのよ」
「鍵屋!?」
ミスリーから、思いも寄らない報告がされた。四個目の住処を突き止めたという件では、ワンスの反応は『ふむ』と少し思案するくらいであったが、『鍵屋』の一言で彼の目が急に爛々とする。
「数ヶ月に一度は来るんですって。おじいちゃんは鍵を落としまくるうっかり男だと思ってるみたい。店員は、単にドアが壊れやすいだけだろうって言ってたけど」
「ミスリー! お前天才だな、すげぇわ。超お手柄!」
「ふふふ、私って役に立つでしょ~」
めったに出ないワンスの満面の笑み。そんな笑顔でミスリーを褒め称えたものだから、嫉妬したフォーリアが二人の間にカットインしてワンスの満面の笑みを鑑賞し出す。フォーリアが視界に入ってきた途端、ワンスはスンとした真顔に表情を戻したが。
「ファイブル、その鍵屋がどこの人間か調べられるか? 普通の鍵屋ではないかもしれないなー。ハンドレッドと専属契約ということも考えられるし……」
「へえ、それくらいならすぐにわかりますよ」
「……そうだった。へえブルも久しぶりだな。まだ続けるのか?」
「へえ、いけるとこまでいきますよ、へえ」
「ん? 何の話だ?」
ニルドが不思議そうにしていたが、ワンスは「気にするな」と話を戻す。
「鍵屋を呼ぶのは、たぶん鍵のためじゃないな」
「なんのために呼ぶんだ?」
「鍵屋には、金庫のメンテナンスという重要な仕事があるんだ。動作に問題がないか調べたり、油を差したり、消耗した部品の交換をしたりね。たぶん定期的なメンテナンスが必要なレベルの、複雑かつ厳重な金庫を使っているんだろ」
「やけに詳しいな」
「俺は、大体のことに詳しい」
ワンスがサラリと言うと、ニルドは怪訝な顔をしていたし、ミスリーはその怪訝な顔をガン見していたし、フォーリアは目を輝かせてうっとりとワンスを見つめていた。ワンスはその全員の視線をまるっと無視して、ファイブルに視線を向けた。
「ファイブル、ハンドレッドが使ってそうな金庫を一応ピックアップしておいてくれ」
「へえ、かしこまりました」
鍵屋という外部の人間を家に入れる必要があるため善し悪しだが、金の在処を知られても厳重な金庫にしておけば盗まれにくい。そして、信頼できる鍵屋を雇っているのだろう。ハンドレッドのあの口車であれば、大抵の善良な人間は疑うこともせずに乗ってしまうものだ。
ちなみにワンスは信頼できる人間を作るよりも自分でメンテナンスをした方が手っ取り早いと、金庫のメンテナンス方法を会得してある。金に対する執着心がすごい!
「さて、ニルヴァンとフォーリアは、別室で夜会の練習をする。一ヶ月後には夜会本番だ。先にダンス練習でもしてて」
「はい!」
「了解」
そうして二人を別室に遠ざけた後、ワンスはミスリーとファイブルに向き直った。これから素直で可愛い金ピカペアには聞かれたくない話をするのだ。
「さて、ミスリーには予定通り単独任務をお願いしたい」
「はぁい♪ 腕の見せ所ね!」
ミスリーの度胸の強さはもはや男並だな……と思ったが、ワンスは口には出さなかった。
「ただ、その前に確認したい。これからハンドレッドとノーブルマッチを通して何回かマッチをしてもらうつもりだ」
「うん」
「だが、ハンドレッドは犯罪者だ。ノーブルマッチの信頼たるスタッフを部屋の外に配置しておくが……危険がないとは言えない」
「そうよねぇ」
さすがのミスリーも改めて犯罪者と聞くと、少し気後れするのだろう。こめかみに手を当てて、考えるような素振りを見せた。
「どうする? 無理なら他の方法を考えるが」
「他って?」
「……うーん……例えば、オーランド侯爵と寝てもらうとか」
「うえ……無理無理、好色おじさんじゃん! そしたらハンドレッドの方がマシ! ハンドレッドでフィックスで~」
ワンスはミスリーの即答に少し驚いた。ミスリーの目の前に座るワンス自身もハンドレッドと同じ犯罪者だ。好色おじさんより犯罪者の方がマシという価値観には、首を捻らざるを得ない。
「犯罪者の方がマシか……?」
「決まってるじゃん! 仮にニルドが犯罪者でも、私はニルドを好きになってたと思うわ。若さは正義! イケメンは常勝!」
「お、おう……」
ミスリーが握り拳を掲げて力説するものだから、ワンスは少し引いた。ファイブルは楽しそうに「わー!」とテキトーに盛り上げながら拍手をしていた。
「それに年寄りの『ピーー』って『ピーー』させるのも面倒なのよねぇ。そんなんじゃこっちも『ピーー』わよ。若い男はそこらへん楽勝に『ピーー』だからいいよね。あんたらも今の盛りの時期を大切にしなさいよ? 諸行無常、盛者必衰!」
「ぶはっ!!」
「お前ってすげぇな。ぶっとんでんな」
金欲八割食欲二割のワンスは、性欲十割とも言えるミスリーの発言を聞いて一周回って少し感心した。その横でファイブルは爆笑していたが。
「ファイブル。ハンドレッドにはノーブルマッチの話はしたか?」
ワンスに問われた爆笑ファイブルは笑いながら「もっちろん」と得意げに返答した。ワングよりも、ファイザのキャラクターの方がノーブルマッチに伝手がありそうだった為、ファイブルに勧誘をお願いしていたのだ。
「あいつもダック・ダグラスに負けず劣らずの女好きだね。噂のノーブルマッチに入会できると知って食い付いてきたよ。それでワングの借用書三枚も反故にしてくれたよ」
「よし、それならマッチは大丈夫そうだな。ハンドレッドの入会手続きとマッチはこっちで手配しておく。決行は来週だ」
「おっけー♪」
「十分気をつけろよ? 危なくなったら逃げろ」
「任せて、引き際は間違えないわ」
ミスリーは余程自信があるのだろう。ウインク一つでワンスを納得させた。
「よし。確認だが、ミスリーはマッチするだけで、基本は何もしなくていいからな?」
「分かってる。私もブラフハンドってことでしょ。あとは……ハンドレッドの足止め的な?」
「さっすがミスリー! 頼りにしてる。もし余裕があったら、オーランド侯爵の情報をハンドレッドに上手いこと流しておいてくれ」
ワンスはオーランド侯爵に関する資料をミスリーに渡した。ミスリーはそれを頭に入れるようにじっくりと読んだ。
「ふぅん……分かった~。やってみるね」
「頼んだ。そしたら、ミスリーはここまででいい。二人の様子を見てきて」
ワンスがそう言うと、ミスリーはニヤリと笑って「なになに~? ファイブルと密談?」と茶化してきた。ソファから立ち上がる気配もなく、ミスリーはそのまま話を続けた。
「あんた達ってさぁ、元々知り合いでしょ?」
ミスリーの問いに、ワンスとファイブルは一瞬目を合わせた。その一瞬で、ワンスはファイブルに判断を委ねた。ファイブルもそれが分かったのだろう。ニヤッと楽しそうに笑った。
「正解~! わかりやすかった?」
ファイブルが肯定を取ったため、ワンスも少し笑って「当たり前だろ」と言った。ミスリーはソファに座り直し、興味津々に二人を見比べた。
「どういう繋がり?」
「まぁ……普通に友達?」
「普通かはわからないけど、友達友達~」
「ふーん、まあ何となく同じ匂いがするわよね。分かる気がするわ」
犯罪者と同じ匂いがすると言われたファイブルの気持ち……。俺は真っ当だよ?と銀縁眼鏡の奥の目が訴えていたが、ミスリーは華麗に気付かなかった。
「それで、密談の内容は?」
ミスリーはニコニコしながら会話に入ろうとするものだから、ワンスは断るのも受け入れるのも面倒で、そっと放置することにした。どちらにせよ、手綱はワンスが握っているのだから。
「まあいいや、ファイブル続けるぞ。ミスリーは口挟むなよ」
「はいはーい」
「国庫輸送の資料は、粗方出来上がっている」
「おっけー、見せて」
ファイブルが資料を見ると、ミスリーも横から覗き込むように見て、徐々に険しい顔になり最後は驚きの表情になっていた。そして、大体の流れが分かってしまったミスリーは、ニルドのことを思い浮かべたのだろう「あちゃー!」と言った。
「ニルヴァンにはコレな」
ワンスが人差し指を口元に当てながら『内緒』をすると、ミスリーは「こんなの言えないわ……」と顔をひきつらせた。
「これって殆ど本物の情報だろ? さっすがびっくり人間複製機!」
「そう。まぁ所々に嘘も混ぜてるけどな」
「ひゅー♪ 楽しい~! 早くレッドに見せたい!」
ガチャ。
そこでニルドが応接室に戻ってきた。ワンスはサッと資料を隠し、ミスリーは空のカップを持ってスッと紅茶を飲むフリをした。ファイブルは小さく「へえ」と言って、眼鏡をかけ直していた。
「……なんか今、聞いたこともないファイブルの楽しそうな声がしなかったか……?」
「へえ、気のせいでしょう、へえ」
さすがのワンスもちょっと笑いそうになった。ミスリーは少し肩を震わせていた。
「そうか……?」
「あー、ニルヴァン! ダンスはどうだ?」
「あぁ、そうだった。ダンスはもう完璧だ。当日の流れの説明をしてくれ」
「りょーかーい」
ワンスはミスリーとファイブルに資料を片付けておくように目配せしてから、何も知らない金ピカペアの元へ向かった。
「……あんた、そのへえへえ言うキャラ、いつまで続けるの?」
「いけるところまで!」
ファイブルが握り拳を掲げて宣言すると、今度はミスリーが小さな拍手で労った。
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