「おっつかれ~!! かんぱ~い!!」
久々の全員集合。ハンドレッド捕縛の夜、勝利の祝杯を掲げるために五人はフォースタ邸に集まった。
荒れ果てたフォースタ邸は今日の午前中のうちにワンスが手配した外注クリーニング屋によって、ピカピカの綺麗な状態に戻っていた。前よりキレイになった様子にフォーリアは喜んでいた。
「いや~、久々に楽しかったな。四人とも協力ありがとうな。ハンドレッドの資産をもらって、フォースタ家を絡めた連動詐欺の被害金額を丸々ゲット。さらにハンドレッドも捕縛完了。言うこと無しだな!」
「訳が分からないうちに終わっていてビックリです~」
フォーリアは果実水をちょこちょこ飲みながら、不思議そうな顔でワンスを見ていた。そして、ちゃっかりと隣に座っているニルドも同じような顔でワンスを見ている。似ている二人である。
「結局、俺も全貌が分からないまま終わったんだが……フォーリアは今日何をしてたんだ?」
「私はね、馬車に乗って鍵束と花束を抱えてただけなの。あと、馬車に近付いてきた人に『お久しぶりです』とか『ごちそうさま』って言ったりしただけ」
「訳が分からないな……。ミスリーは?」
そして、これまたちゃっかりとニルドの隣に座っているミスリーは、頬に手を当てながら小首を傾げた。
「え~? 私はカフェで花束を持った人に声をかけて、フォーリアの乗ってた馬車に一緒に乗り込んだだけなのよね~。ワケワカンナイヨネ」
「訳が分からないな。ファイブルは?」
向かい側に座っているファイブルは、ずれた銀縁眼鏡を少し直すような仕草をしつつ、相変わらず「へえ」と言っていた。いつまで続ける気なのか。
「ハンドレッドが青い屋根の家を出て行くのを見たりしてました、へえ」
「訳が分からない……。そう言えば、金はどうやって頂いたんだ? まさか空き巣や泥棒じゃないだろうな?」
ニルドがキッとワンスを睨むと、ワンスは余裕綽々で「まさか~」と言った。
「盗んだんじゃない、貰ったんだ。ハンドレッドがさ、自分は詐欺師だとか青い屋根の家にある金を全部やるだとか言い出したからさ……遠慮なく丸ごと貰ったんだ。金庫だって全部ハンドレッドが開けてくれたんだよ。ワケワカンナイヨナ」
ニルドは訝しげにワンスを見たが、ワンスは素知らぬ顔でワインをグイッと飲んで「ふっ」と小さく笑った。
これは全て本当のことである。ハンドレッドは確かに自分で巨大金庫も開けたし、金も全部あげると約束もした。何一つ、嘘はついていないのだ。
「あ、そう言えば、ハンドレッドの財産の殆どは孤児院に寄付されたんだって? 王都中の噂よ~、美談だって。もしかして、あれはワンスがやったとか??」
「あー、そうそう。悪いことで得たお金だからな、浄化するためにも寄付が一番だろ」
「え! そしたら詐欺被害者の人たちはどうなるんですか?」
同じく詐欺被害者であるフォーリアは、他の被害者のことも気になっている様子で、思いを馳せるように少し上を見ていた。
「大丈夫だ。孤児院の他に、騎士団にもまとまった金を送っておいた。詐欺被害者のうち極端に困ってる人たちには騎士団経由で補償がされることになるはずだ。そうだろ、ニルヴァン?」
「……よく知ってるな。その通りだ。ただ、補償については公にはしない。ハンドレッドは金持ちから金を取ることが多かったからな。全員を補償するのは現実的ではないし、手間もかかる。あくまで困窮者だけに絞る予定だ」
「富の再分配みたいなものですね、へえ」
「そういうことだな。あ、分配といえば分け前とかいる? 金じゃなくてもいいし、金でもいいし、報酬は出すけど」
ワンスの報酬という言葉に、四人がピクリと動いた。一番始めに手をあげたのは、事の発端であるフォーリアだ。
「はい! 私はハンドレッドに奪われたフォースタ家のお金と、スタンリーおじさまのお金を返して頂きたいです!」
「勿論。早速、伯爵に連絡しておく」
「ありがとうございます~。お父様も安心すると思います」
フォーリアはホッとした様子で、ニコニコと微笑んだ。これで一旦は没落も免れるだろう。
フォーリアはずっと知らないままであるが、奪われた金以上の金額が後日フォースタ家に支払われることになる。その知らせと金額を聞いたフォースタ伯爵は、領地の慎ましい家で一人腰を抜かすことだろう。
「ニルヴァンは? なんかいる?」
「俺は報酬などいらない。ワンスのことも信じてはいない。胡散臭いやつだとしか思えない」
「ははは! ニルヴァンはそうだよな~。まあいいや、困ったことがあったら連絡頂戴。『相談する権利』でもやるよ」
「いらん。お前の世話になどなりたくない」
「はいはい。相変わらずツンツンしてんなー」
ワンスが苦笑いで答えると、ニルドは「コホン……ただ」と言って真面目な顔でワンスに向き直った。そして、椅子に座りながらも騎士の敬礼の形を取った。
「最後にハンドレッドを捕まえる配役を貰えたことだけは……感謝する。それが報酬で十分だ」
「どういたしまして」
ワンスが胡散臭くニッコリと笑うと、ニルドはげんなりとした様子で顔をしかめた。顰めっ面すらも絵になる男だ。横でミスリーがガン見していたし、勿論、ワンスのニッコリ顔をフォーリアがガン見していたけどね。
「次、ミスリーの報酬は……」
「ワンス、私も何もいらないわ。全てはフォーリアのためだもの」
「あ、了解っす……」
目が怖かった。ガチ切れのハンドレッド並みに怖かった。
ミスリーは、貴族爵位を復活させる手続きと、その為に必要な費用。また、向こうしばらくは貴族税の支払いに困らないくらいの報酬を渡すことになっている。
貴族税が支払えなければ、また没落するしかなくなってしまう。ワンスもそれは理解していたため、後日なかなかの金額をミスリーはゲットすることとなる。
「ファイブルはどうする? お前だけ、本当に何も理由がなく協力してくれたんだよなぁ。感謝だな」
「へえ、そんなそんな。私なんて大した事もしておりませんよ、半分でいいですよ」
「……まあ、それくらいの働きはしたよな……了解、ははは」
「今後もご贔屓に、へえ」
銀縁眼鏡の奥の瞳がキラリと光り、ワンスは少し苦笑いをした。正直なところ、今回の計画はファイブルの働きがなければ完遂不可能だった。それを考えれば分け前半分は妥当である。ファイブルもそれが分かっていたのだろう、満足そうに眼鏡がチカチカと光っている。
結局、へえブルキャラは最後まで守られてしまった為、ニルドのビックリ顔が見られなかったのだけが残念だな……なんてワンスは思ったりした。
「まぁ報酬については、今すぐ思い付かなかったら後日でもいい。働いた分は支払うから遠慮なく言って」
さすが数多の事業の経営者。従業員にはしっかりと報酬を、ということなのだろう。四人はワンスの申し出に、それぞれ頷いてみたりニヤリと笑ってみたり、色んな反応を示した。
「そしたら、料理運んでいい? パーティーしよ~!」
「おー、よろしく。さすがに腹減った……」
朝から働き詰めのワンスは、大した食事も取れずに今日一日動き回っていた。
夜明け前からハンドレッドの青い屋根の家を見張り、騎士団本部の前にある隠れ家まで尾行して、計画通りであることを確認。鍵屋を呼び出しておき、ミスリー、フォーリアを定時に定位置につかせ、ファイブルも召喚。
馬車に乗ったフォーリアと遭遇したハンドレッドが慌てて青い屋根の家に向かったのを追いかけ、途中で騎士団の制服に着替えた。尚、このときファイブルだけがスーツ姿だったのは、騎士団の制服を着込んで万が一に騎士団と遭遇した場合に罪に問われる可能性があったからだ。
その後、ハンドレッドが金庫室や巨大金庫を開けてくれたおかげで、中にスルリと入ることができた。ちなみに、玄関の鍵だけはハンドレッドが閉めていたため勇者の鍵で開けた。
後は、ハンドレッドと会話をしながらも財産を貰う約束を取り付け、ハンドレッドの持つ鍵束と模造品の鍵束をやつの目の前ですり替えてやった。だってお金くれるって言ったんだからね、鍵も貰っておかないと。
予めテンとハチに馬車を持ってきて貰うように手配をしておき、その馬車が青い屋根の家に到着したちょうどその時に、ハンドレッドと共に裏側の窓から出たというわけだ。
その後はワンスとファイブルは二手に分かれた。
遠くから馬で追い掛けるだけなら大丈夫だろうと判断し、逃亡したハンドレッドにファイブルを単独で付かせた。やつが国庫輸送詐取の計画を継続し、南の森に入っていくのを見届けるために。
後は、ニルドら本物の騎士団兵にハンドレッドを捕縛してもらえば完了。
仮に詐取計画をハンドレッドが断念していた場合でも、ファイブルからの通報でハンドレッドは騎士団に捕縛されることになっていた。
そして、ハンドレッドが南の森に行っている間に、ワンスがせっせと馬車に金を運び込んで、自分に繋がる証拠やフォーリアやニルドに繋がる情報を全て消滅。ハンドレッドの国庫輸送詐取の計画書を時系列順に綺麗にまとめてデスクの上においた。
そのとき、ワングの借用書が出てきたので『借りた金を返さないなんて極悪非道なことは出来ないな』と反省して、トランクケースに借用書の金額ピッタリを残した。
そして、鍵は掛けずに青い屋根の家を後にした。
その後、テン・ハチ・ワンスの三人で孤児院を回って金をそっと置いてきた。事前に用意しておいたハンドレッドの偽造署名を添えて。
ワンスは分かっていた。こうすればハンドレッドは口を噤むだろうと。何故分かったかと言えば、ワンスならばそうするからだ。
「ワンス。ハンドレッドにお前のことを聞かれたら『エース・エスタインの名前を出せ』という指示は何の意味があったんだ? 団長にも『情報提供者はエスタインだと是非伝えてほしい』と言ったんだろ?」
ミスリーとフォーリアがキッチンに行ったのを見計らって、ニルドはワンスを問い質した。
「あぁ、その件な。ハンドレッドに伝えたか?」
「情報提供者の方は団長の指示で伝えなかった。ハンドレッドが『濃紺の髪の男の名を教えろ』と言うから、迷ったがエースの名を伝えた」
「お! 良かった! どうやらハンドレッドも大体のことは把握したみたいだな。ニルヴァンナイス!」
「どうしてエスタインの名を?」
ワンスは悪戯に笑った。
「万が一、ハンドレッドに仲間や残党がいたとしたら、ハンドレッドの指示によっては報復があり得るだろ? 報復相手は誰になると思う?」
「……フォーリアか」
「そう。あとは徹底マークされてたニルヴァンもだ。でも、エスタインの名前を出せば確実にそっちに釣られる。だから、名前を出したかった」
ワンスは「以上」と言って、ワインを飲み干す。ニルドは守られる立場に立たされたことが少し不服だったが、それでも軽く笑った。
「一応、感謝しておく」
「どうも。エース・エスタインの名前は戦闘力高いからな~、報復のハードルも高い。使いどころだっただけだよ」
そこまで言うと、ワンスはキッチンの様子を少し気にしてから、ニルドに近付いて小声で話しかけた。なぜかファイブルも近付いてきた。野次馬なやつだ。
「なぁ、報酬は本当にいらないのか? 願いは何でも叶えてやるぞ?」
「おい、お前は何様だ? 魔法使いみたいな言い草だな。報酬はいらん。なんだ今更?」
ワンスは腕組みをしながら「うーん」と悩み始めた。
「いや~、これを言うと確実に怒られるから伝えるか迷うなぁ、うーん」
「なんだ?」
「よし、質問を変えよう。あのさぁ、ニルヴァンって結局のところ、ミスリーとフォーリアのどっちを選ぶんだ? あ、あるいは他の女って可能性もある?」
「「ぶっ!」」
ニルドは飲んでいたワインを噴き出しそうになった。なぜかその横でファイブルも同時に噴き出していて、口元を隠して笑っていた。
「なななにを言ってるんだ! 突然!」
ニルドはおどおどとキッチンの様子を窺いつつ、ワンスに詰め寄った。
「一応確認しておこうかなと思って。本当のところどうなんだよ」
「どう……と言われても……」
「遊びならいいんだけどさぁ、伯爵家嫡男なんだからそろそろ結婚しなきゃだろ? 相手はどうするつもりなんだ?」
「その話をするならば、そもそもにフォーリアとは結婚はできない」
「……じゃあ、もし結婚できるってなったら? ミスリーと、どっちを選ぶ?」
「え、もしできるなら……? え? あー、うーん」
ニルドが少し離れて悩み始めると、今度はファイブルが詰め寄ってきた。
「おいおいおい! ワンス様、ちょっと来やがれでございます!」
「どうした、崩れてっぞ? へえブル」
悩むニルドを置いて、引きずられるように廊下に連れていかれると「何考えてんだ」と突然のファイブルが現れた。
「もしかして、ニルドとフォーリアの結婚を手助けするつもりか?」
「まあ、ニルヴァンがフォーリアと結婚したいと言うのなら報酬にしようかと思ってる。フォーリアは上手く言いくるめれば何とかなるだろ」
「おいおいおい! ワンス、何考えてんだよ」
「?? 何か問題あったか?」
心底不思議そうなワンスに、ファイブルは「???」と頭がはてなで埋め尽くされた。
「いや、だって、フォーリアのこと好きだろ? ワンスの考えてることが全くわっかんねぇ。フォーリアが他のやつと結婚してもいいってこと? わからん! どゆこと??」
「何言ってんだよ~。お前だってフォーリアと領地の男をくっつけろとか、ミスリーに吹き込んでたじゃん」
「あれは遊びだよ、遊び! お前は本気だろ?」
ワンスは小さくため息をついた。
「ファイブル、勘違いすんな。俺はフォーリアとだけは結婚しない。犯罪者の嫁とか無理だろ。知られたくないし。……分かるだろ?」
ワンスがキッチンの方に視線をやると、その目を見たファイブルは「あ……」と言って固まった。
珍しいことに、その目は本音を語っているような目だった。ハンドレッドとやり合って少し高揚しているのだろう、こんなにワンスが本音らしきことを言うのも珍しい。ファイブルは少し面食らった。
「実際のところさぁ、ニルヴァンなら大事にしそうだし、まあいいかなって思うし。気が多いところは全くダメだけどな~、結婚後は落ち着くといいけど。問題はミスリーだよなぁ。怒られるかな……ははは」
「怒り狂うだろうな」
「でも、俺はミスリーの味方ってわけじゃねぇから」
ワンスがダイニングに戻ろうとすると、ファイブルはその背中に向かって小さく「フォーリアの味方だもんな」と呟いた。
「ワンスはそうだよなぁ、初めからずっと味方だったもんな。もっとズルくなれば? 誰も咎めないって」
「神様ってやつが咎めるんじゃないか? 知らねぇけどさ~」
「神様なんて柄じゃないだろ。よし、俺が許す!」
「ばーか、うるせぇよ。放っとけって」
ワンスはファイブルの肩を軽くバシッと叩いて、悪戯に笑った。
「でも、フォーリアに手出しちゃったのは失敗だったかもなぁ、怒るだろうなぁ。まぁ良い夢見れたって感じ? 神様ありがと、なーんてな♪」
そして、柔らかく笑って「あー、腹減ったぁ」と言いながらダイニングに戻ろうとして、扉を開けたところでワンスは固まった。
なんだろう?と不思議に思ったファイブルがダイニングを覗くと、悩みすぎて顔を青くしたニルドがテーブルに突っ伏していた。見ていられないほどにダラシナイ男だった。
ワンスは『そんなに悩むか?』と内心驚いて、同じ男として割と軽蔑した。ニルドは犯罪者に軽蔑されるほどの二股クズ男であった。
「なぁ、ワンス。やっぱりさ、他の男にしといたら? こりゃ結婚後に相当泣くことになるぞ」
「そうだな、うん、そうする……」
「それが良いと思います、へえ」
「どれでも選べる人生っていうのも、それはそれで大変そうだなぁ」
「へえ……」
全てを選べる立場にありながらも『どちらも選ばないこと』を選び取り、八年に渡る初恋を実らせる千載一遇のチャンスを逃したニルドであった。
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