「いらっしゃいませ、ワンス様!」
「あ、あぁ……どうも……?」
フォーリアの家に行ってみると、そこには泣き腫らしたような目をした彼女が精一杯の笑顔で出迎えてくれた。
―― え、なに? なんでこんな顔に?
ダグラスとのマッチ打診をする前なのに、すでに泣いた後であろう彼女に少し動揺した。
しかし、フォーリアは目は腫れてはいるものの、雰囲気はそんなに暗くはなかった。いっそのこと暗くどんよりとした雰囲気と泣きはらした目のセットで統一してもらいたいところだ。逆に気になるじゃないか!
「えーっと……フォーリア、なんかあったか?」
ワンスが恐る恐る聞くと、フォーリアは肩をビクッとさせて「いえ、ナニモアリマセン!」とあからさまに嘘をついた。
ワンスは少しだけイラッとした。
―― お前ごときが、嘘付いてんじゃねぇよ
はい、最低である。
とは言え、別にフォーリアに何かを言ってやろうとかは思わない。彼女が嘘をつくならそれはそれでいい。詐欺師に嘘を付くということがどういうことか教えてやりたい気持ちも無くはないが、相手はド素人。目くじらを立てる程ではない。
「そう。ならいいけど」
それだけ言って、スタスタとダイニングに向かった。他人の家とは思えない振る舞いだったが、ワンスは猫被りをやめたから色々どうでもいいのだ。
夕食はそれはもう美味しかった。このまま毎食のようにフォーリアに作ってほしいと思ってしまう程に、ワンスの舌と胃袋にフォーリアの料理はベストマッチしていた。美味い。美味すぎる。悔しいが、美味い。
フォーリアは明るい雰囲気ではあったし、ワンスの目の前でパクパクと夕食を食べていた。時折ニコニコとしながら明るい話題を出してみたり、泣くほどの何かがあったとも思えなかった。
しかし、いつもよりはすこーしだけ大人しかった。ワンスはすこーしだけ気になった。いつも元気なやつが少し元気がないと、何となくは気になるものだ。
―― さて、どうするかな
夕食が終わってもうそろそろ帰るかなという時間。食後の紅茶も飲み終わり、ダイニングのテーブルの上には、ロウソクと空のカップが二つだけ並んでいた。
ワンスはダグラスの件をどうするか、ちょっと悩んでいた。泣いただろう彼女をもっと泣かせてしまうかもと思うと、今日じゃなくてもいいかなとか、ミスリーの結果が出てからにするかな、とかそれくらいの良心はあった。
でも。良心はそこにあっただけだった。
「フォーリア、お前って処女?」
ワンスはワンスだった。ダイニングテーブルを挟んで向かいあって、いきなりのこれである。良心はあっても、詐欺師は詐欺師。あんまりそれは機能していなかった。
「え!!? ななななな!!?」
フォーリアは顔を真っ赤にして、動揺で空のカップを倒した。カップがガチャンカランガチャン。こんなに顔が真っ赤になる生物がこの世にいるとは驚きだ。
―― こりゃダメだな……
ワンスはダグラスとフォーリアとのマッチは早々に諦めた。
しかし、考えてみてほしい。好きな相手に『処女か?』と問われて動揺しない女性などいるだろうか! あのミスリーだって、ニルドが相手なら顔を赤らめるくらいはするはずだ。
「ワワワワンス様! なんてことを言うんですか!?」
真っ赤な顔で詰め寄るフォーリアを、どうどうと手で抑えながらワンスは一応説明した。
「落ち着け。ダッグ・ダグラスは女に弱いんだよ。だから、ちょっと一発ヤって貰って口を割ってもらえたらなーって思っただけ」
「いっぱ……!? 言い方! 言い方がヒドいです、軽いです!」
「だから落ち着けって。フォーリアには無理ってことがわかったからいいや。他に頼るから」
「他に、頼る……?」
フォーリアがピタリと止まった。そして「ホカニタヨル、ホカニタヨル」と呟いているではないか。ちょっと目が怖いんですけど。
そして突然意識を取り戻して、グイッとワンスに顔を寄せてきた。その顔はものすごく怒ったような顔だった。彼女の瞳が闘争心に溢れていた。
「他の女性に、負けられません。そのダグラスって人をどうにかすればいいんですよね? わかりました、私に任せてください」
「……お前、誰と何を競ってんだよ」
「だって! だって……ワンス様の愛はミ……、その、あの、愛する女性のものじゃないですかぁ。だから、仕事のパートナーは私が一番になるって決めたんです。今日!! さっき!!」
「は? シゴトノパートナー???」
ワンスはちょっと驚いた。愛する女性がいるなんてことを言ったが為に、こんなにも拗らせてしまったお馬鹿なフォーリアに驚いた。仕事のパートナーなんていたこともなければ、作る予定もない。いつの間にやら彼女はワンスの仕事のパートナーになった気でいた。
ワンスはフォーリアの頭がひどく心配になった。
「お前って、本当に馬鹿だな……? 大丈夫か? 生きるの辛くないか?」
「ぐっ!! 失礼ですよ! なんか分かりませんが、やってやります、どんとこいです!」
「へぇ? じゃあ好きでもない男に処女捧げて詐欺師の情報を教えてもらうってことだな? 面白いじゃん」
ワンスは意地悪そうにニヤリと笑って、フォーリアを全力で見下した。お前にそんなことできるわけない、とワンスの全身が言っていた。ロウソクの炎ですら小馬鹿にしたようにゆらゆらと動いた。
「しょ……!? ささげ……!? そんなことしなくても、お願いすれば教えてくれます」
「ほう? オネガイねぇ?」
「私、ダグラスという方に会います。もし私が上手くやって、その人から詐欺師のことを教えて貰えたら……」
―― お? 交換条件を提示してくるか?
「教えて貰えたら、なんだよ」
「ワンス様の……」
「俺の?」
「ワンス様の、仕事のパートナーにしてください!」
―― って、そこは結婚じゃねぇのかよ
ワンスはフォーリアの馬鹿さ加減に少し眩暈がした。呆れた。今までの流れだったらそこは結婚を条件にするのが定石だろ……と。甘い、甘すぎる!
―― ……あれ? そういえば、今日はまだ言ってこねぇな
ワンスはそこで気づいた。いつもは会ったら開口一番且つ毎分ごとに大好きだの結婚してだの言ってくるフォーリアだったが、今日は何も言ってこない。正直なところ一々断るのも面倒だったし、言われないこと自体は万々歳なのだが。泣き腫らした目といい、ワンスに関わることで何かあったに違いない。
―― で、急に仕事のパートナーになりたいと。どういうことだ?
自分に関することとなると、やはり何となくは気になるものだ。ワンスはスッと立ち上がってフォーリアの前に立った。近付いて見つめれば、フォーリアのことだ。きっとデロデロに溶けて本当のことを吐くに決まってる。
ワンスは少しずつ顔を近付けた。フォーリアの内心を読むように、少しずつ顔を寄せて鋭く睨む。すると、なんと! フォーリアは負けずに必殺・上目遣いを決めてきたではないか。
―― 今日はやけに突っかかってくるな……?
ワンスはまた少し苛ついた。
夜。二人きり。
キスができそうな距離で睨み合う二人。
少し開けていた窓の隙間から風がスルリと入ってきて、ダイニングテーブルの上に灯されたロウソクをゆらりと揺らした。
その灯りの揺れに従うように、フォーリアの頬が少しずつ赤く染まってきた。ワンスに見つめられ、二人の視線が絡まって、フォーリアの目はいつの間にか熱を帯びたようにとろんとしていた。
―― 簡単なやつ
もし……今ここでワンスが彼女に触れたら、それだけで溶けてしまいそうなくらいの熱だった。ただ見つめただけ、それだけなのに。
彼女の瞳も頬も指先も、その全身でワンスのことが好きだと伝えてきた。好きだの結婚したいだの、そんな言葉なんてなくたって言葉以上に伝わるものがあった。
「……分かった。やってみろよ」
ワンスはため息交じりに、そう言って視線を外した。別に考えもなしにダグラスとの交渉を了承したわけではない。
ワンスはフォーリアを間近で見て思ったのだ。確かに身体を繋がなくても、フォーリアほどの一級品、しかもダグラスの好みど真ん中ならば、簡単に口を割らせることができるのではないかと。
下手に身体ありきにするからフォーリアは『使えない』判定になってしまうが、身体を抜きにして利用するならば『非常に価値あり』になるのでは、と。
「え! いいのですか!? 本当に?」
「あぁ、そのかわり俺の言うとおりにやれ」
「は、はい!」
「もし失敗したら……そのときはお前の処女の使い道は俺が決める。分かったか?」
ワンスは暗に『初心な生娘が好きな金持ちじじいに超・高値で売られると覚悟しておけ』と言ったのだろう。鬼畜である。フォーリアが理解しているかは定かではないが。
ワンスが冷たい目でそういうと、フォーリアは嬉しそうに笑って「はい! がんばります!」と言った。
その笑顔を見て、ワンスは思った。
不安しかないって。
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