【現代・ワンスの私室にて】
「ふふっ、ワンス様の子供の頃って可愛いですね~」
「はぁ? 今の話のどこに可愛い要素があった? 聞いてたか?」
「ちゃんと聞いてましたよ、もー! 本が好きな子供だったんですね。私とは真逆です」
「あー……そうだな、フォーリアは俺には無いものを持ってるよな、ははは」
父親と母親のことを思い出して、ワンスは苦笑い。なるほど、血は争えないということだ。
そこまで話すと、フォーリアは「うーん」と腕組みで唸り始めた。
「何か聞きたいことがあるならどーぞ」
ワンスが諦めたようにポツリと言うと、フォーリアは腕組みをしながら「あの……」と言いにくそうに続ける。
「さっき仰ってましたけど、ワンス様って詐欺師?なんですよね?」
「……うん、そうだよ」
胸にズキンと痛みが走る。世界で一番知られたくない人に知られてしまった。その事実を突きつけられた。フォーリアの口から出た『詐欺師』という言葉がこんなにも鋭利だとは。
もう元には戻れない。毎朝、ニコッと笑って『おはようございます』と言う声も、キッチンで歌を口ずさむ後ろ姿も、スヤスヤと寝ている彼女を抱き締めることも。
分かってたことだ。八年前から分かってた。
「うーん、詐欺師感がないですよね」
「そう思ってるのはお前だけだよ。ニルヴァンなんかすげぇ疑ってるしな」
「何歳くらいから詐欺をしていたんですか?」
「あー、初めてそれらしいことをやったのは十歳のときだったな」
「十歳! じゃあ、次はそのときの話を聞きたいです。ハードボイルド小説ですね、ふふ」
ニコッと微笑むフォーリアに応えるように、胸がズキンとする。十歳以降から、いよいよ『それらしいこと』をし始める。フォーリアの微笑みも見納めだ。彼女の美しいエメラルドグリーンの瞳に、軽蔑の色が差し込むだろう。
「じゃあ……十歳のときの事件の話をしようか」
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【十年前・王都にて】
エース・エスタインとして王都の孤児院で暮らすこと、一年。彼は十歳になっていた。またも、くっそつまらない毎日に飽き飽きし始めた頃に、ある事件が起きた。
「大変、大変! エース、聞いたか?」
「騒々しいなぁ。少しは静かにしろよな、ハチ」
「悠長なこと言ってる場合じゃないって! テンが騎士団に連れて行かれた!」
「ふーん」
ワンスが本から目を離さずに返事をすると、ハチはずっこけた。
「もっと何かあるだろー! 同じ仲間じゃん!」
「仲間になった覚えはねぇけどな。で、テンがどうしたって?」
「そうだった! 貴族の宝石を盗んだらしい」
「いつ?」
「昨日! 捕獲されたのは今さっき!」
「昨日……? ちょっと院長とこ行ってくる。ハチ、今日の掃除当番代わりにやっといて~」
「な!? ちょっとエース! ……なんで俺が!?」
ワンスは小走りで院長先生のところへ向かった。彼が無実だと知っていたからだ。
「院長先生! テンが捕縛されたって本当ですか?」
「エースくん……! そうなんだよ、彼は何も話さないし、そのまま連れて行かれてしまって。私もどうしてよいやら……」
「テンは何もやっていない。昨日は一日中図書館にいたんです。僕が証人です。図書館員で覚えている人もいるかも」
「そうなのかい!? それは良かった! すぐに騎士団にいこう。一緒に来ておくれ」
ワンスには仲の良い友達とか、そういう存在はいなかった。勿論、テンとも仲良しこよしで図書館に一緒にいたのではなく、その日たまたま座った席が近かったのだ。二人とも図書館の常連だったから。
院長先生とワンスは騎士団にその事実を伝えたが、不思議なことにテンは帰って来なかった。二日経っても犯人のまま。心底、不思議だった。
街の人々や孤児院の人間に聞き回ってみると、どうやら相手方の貴族が大層御立腹で、テンが犯人だと騒ぎ立てているとの噂だった。
ワンスは不自然だと感じた。被害者である貴族が最も喜ぶべきは、犯人が捕縛され宝石が手元に戻ってくることであるはず。宝石を盗んでいないテンを捕縛して調べたところで、宝石は貴族の手元には戻らない。これは何かある、と。
何となく気になったワンス少年は、とりあえず情報収集をすることにする。別にテンが大事な友人だったわけではない。父親譲りの『人を助けたい』という気持ちが十歳のワンスには色濃く残っていたからだ。
ちなみに、二十歳のワンスには利他的な情熱はほとんど残っていない。十年間で彼にも色々あったのだ。
手始めに宝石を盗まれたという貴族の屋敷の周りに行ってみると、ラッキーなことに隣の空き地で遊んでる子供の姿が。
―― 一、二……五人か
ワンスは近くのお菓子屋で適当に買い物をしてから空き地に向かった。尚、お金は祖父が上乗せしてくれた旅費である。有効活用だ。
「ねぇねぇ!」
ニッコリと笑って子供たちに声をかけると、排他的な雰囲気をまとったリーダーの男の子が睨み付けてくる。ワンスの賢い脳を縄張り意識の高い野良犬が通り抜けていった。そっくり。
「あぁ? なんだよテメー」
「すぐそこのお菓子屋で貰ったんだけど、食べない?」
見せびらかすようにお菓子を広げれば、子供たちは「わー!」と言いながらすぐに食い付いてくれて、子供って簡単なんだな、とワンスは思った。早速、お菓子を食べながら色々と質問してみる。
「なあなあ、隣の貴族ってどんなやつ?」
「いけ好かないやつだよなぁ」
「ここで騒ぐとすぐに『うるさい』ってあの窓から怒鳴ってくるんだぜー? それならこの土地を手放すなよって話だよな」
「え? この空き地って元々隣の貴族の土地だったのか?」
「そうそう。二年前かなー、元々庭だったところを国に売ったんだって」
「国に売る……へえ、そんなことあるんだね」
ワンスは何となく気になった。特に少年期は気になることはとことん調べたくなる性分で、このときも父親譲りの好奇心の疼きが生じていた。
「なあ、昨日騎士団が来たって聞いてない?」
「あー、なんか街で宝石盗まれた?とかいって、昨日大騒ぎしてたよなぁ」
「キンキン声がここまで聞こえてたぜ」
「ふーん、本当に盗まれたのかな?」
「さー? 孤児院のやつが犯人らしいし、あり得るんじゃね? ははは!」
彼らには、『おかえり』と優しく出迎えてくれる親がいるのだろう。馬鹿にしたように笑う彼らに対し、『世の中の評価なんてこんなもんだよな』と思ったくらいで、特別負の感情は持たなかった。
「でもさー、前にも宝石盗まれてたよなぁ」
「懐かし! あったあった!! 俺さぁ、あのとき騎士団に事情聞かれたもん」
「よく盗まれるやつだよな、とんだ間抜け貴族だ」
「本当に間抜けだね。それっていつだったか分かる?」
騎士団に事情を聞かれたという男の子は、思い出すように「うーん」と唸った。
「いつだっけかなぁ、確か……あぁ、一年前だ! 初めて騎士と話してテンション上がったんだよ~!」
「一年前ね、ありがとう」
そこでリーダー的存在の男の子が貴族の屋敷を見上げて「あ」と言ったので、ワンスも同じ方向を見ると、屋敷の窓から男の子が顔を出していた。ワンスがニコッと笑って手を振ると、貴族の男の子はビックリした顔で逃げるように窓から離れてしまった。
「あいつ、またこっち見てたな」
「どーせうるさいとか思ってんだろ、感じ悪りぃやつぅ~」
「俺たちと同じくらいの年齢だったね。隣の屋敷の子供?」
「そう、ご嫡男様だよ」
―― ふーん、子供がいるのかぁ
「あ、そろそろ帰る時間だ! また遊びに来てもいい?」
「おー! お菓子持ってきたらいいぜ!」
「はは! また貰ったらな~」
ワンスがイタズラに笑うと、五人もニカっと笑って手を振ってくれた。子供は簡単でいいな、とワンスはまた思った。
そして、その足で図書館に向かい、一年前の新聞記事を出来る限り読み漁る。十歳の時点では、一日分のペラペラな新聞を記憶するのに早くても二十分は掛かっていた。ちなみに、二十歳の時点では驚きの五秒。能力に頼るだけではなく、それを更に鍛えて伸ばした彼の努力がうかがえる。
―― 見つけた! この記事か!!
記事をじっくりと読んで見ると、今回の事件と共通点が多い。事件が発生した時期、犯人は孤児院の子供であるという点、宝石は見つかっていない点。新聞記事の黒いインクには、何やら黒い秘密が滲んでいるような感じがした。
―― 次は国に土地を売る方法を調べてみよ!
土地を売る方法を調べてみると、めっちゃくちゃ難しくて全く意味が分からない。そりゃあ十歳だ、当たり前である。
でも、ワンスは父親から『分からないことを知る術』を教えてもらっていた。分からない言葉を一つ一つ辞書や用語集で調べたり、大人に質問をしたりするのだ。
図書館員や院長先生に教えて貰ったりするうちに、国に土地を売るというのは通常では有り得ないことだと学んだ。勿論、再開発や建設等で国からの打診を受けて土地を売ることはあるが、一貴族が国相手に『土地を買ってもらう』ことはないらしい。唯一あるのは、
―― えーっと、あの空き地は『担保』だったってこと? 貴族税が払えなかったから『差し押さえ』されたってことか!
二年前から徐々に貴族税の値上がりがされており、下級貴族はひいひい言っているというのは噂で聞いていた。そして、来月は年に一度の貴族税納付の時期。二年前の事件も同じく貴族税納付の時期だった。
―― 貴族税を払えないことと、宝石を盗まれることに何か関係があるってこと? 宝石を盗まれるとお金が増えるってことがあるのかなぁ……逆な気がする……んんん??
ワンスは頭がこんがらがった。しかし、分からないことは分かるまで調べる! それがワンス少年だ。
翌日、またもや授業を休んで、平民でもギリギリ入れるくらいのリーズナブルな宝石屋を訪ねる。門前払いされるかなと思いきや、意外にも宝石屋のおじいさんは「いらっしゃいませ」と言ってくれた。
「何かお探しですかな?」
「ごめんなさい、買いにきたわけじゃないんです。宝石のことを教えて貰いたくて来ました。将来、おじいさんみたいな宝石屋さんになりたくて、色々教えて貰えませんか?」
恥じらったように夢を語る少年を演じてみると、おじいさんは気を良くして色々と教えてくれた。きっと暇だったのだろう。
そこで、一年前の事件で盗まれた宝石の値段や今回テンが盗んだとされる宝石の値段を知る。さらに、もう一つ。
「ねぇ、おじいさん。宝石って盗まれたらどうなるんですか? 小さくて高価だから盗まれることも多そうだし、お客様も心配ですよね」
「あぁ、保険があるんだよ」
「保険?」
「一般的なのは、盗難に遭った宝石と同じ金額を保険屋が被害者に支払うというものだよ。宝石屋は、保険屋とお客様を仲介する役割もあるんだ」
「なるほど! そういうことか~!」
ワンスはピタリとピースがハマる感覚がした。すっごーく気持ち良くて、好奇心が満たされた。
二年前に貴族税を支払えなかった貴族が、担保であった庭を国に取り上げられてしまった。その後、一年前も貴族税が払えず、宝石盗難事件をでっちあげ。孤児院の子供を犯人に仕立て上げて、保険金をゲット。それで貴族税を納付した。
そして今年も貴族税が支払えず、また同じ手を考えてテンに白羽の矢が立ったというわけだ。
ワンスは孤児院に帰宅後、調べたことや新聞記事の内容、自分の推論を紙にまとめた。初めてのことだったからとっても時間が掛かったけど、何度も何度も書き直して納得のいく資料を作った。出来上がる頃には朝になっていたくらいだ。その充実感足るや。
すごく眠かったけれど、どうしても早く誰かに見せたくて、寝ずに院長先生に資料を見せた。
院長先生は十歳の子供が作った資料とは思えない出来映えに目を丸くして大層驚き、すぐに騎士団に連れて行ってくれた。院長先生は常に優しく善き人間だったからね。
しかし、世の中全員が善き人間というわけではない。
騎士団で院長先生が話をし始めると、初めはふむふむとしっかり聞いてくれていた騎士だったが、ワンスが話す度に表情が曇るようになっていく。
「それで一年前にも同じ貴族の方が宝石を盗まれている記事を図書館で見つけました。それがこれです」
「ほう、それは調べてみる必要がありそうだね」
「あと、そのお屋敷の隣が今は空き地になっているんですが、貴族税未払い時の担保だったんじゃないかなと思ってます」
「……担保、ねぇ。君は子供なのに随分難しい言葉を知っているね?」
「あ……いえ、院長先生に教えて貰いました。ね? 院長先生!」
嫌な予感がしたワンスは、院長先生に話してもらうように誘導した。どうせ資料に書いてあるのだから話さずとも良いはずだ。見れば分かる、とワンスは思った。
「話は分かりました。ところで……これは院長殿がまとめた資料で間違いないですよね?」
騎士が念を押すように質問すると、院長先生がニコニコと笑って「私ではありませんよ」と、自慢気にワンスの頭を撫でる。
「彼です。賢いでしょう」
「はぁ……この子供が、ですか。お手伝いではなく?」
「はい、全て彼がやってくれたんですよ! すごいでしょう!」
ワンスはこのとき、曇る騎士の表情を見て失敗を悟った。院長先生はここで嘘をつくべきだった、真っ当な善き人間すぎたのだ。
「それはちょっと信憑性に欠けますね」
そう言って見下したように鼻で笑われた。騎士団兵は資料を雑にまとめた後に、更にそれを丸めて片手に持って「検討しておきます」と言って部屋を出ていってしまった。それで面会は終わった。
―― 資料、一度も見なかったなぁ。こりゃ検討もしないだろうな。馬鹿みたい
ワンスは『活字を見ようとしない人間』や『調べることを放棄する人間』がいることを学んだ。
子供が作った資料だったからではない、とワンスは理解していた。彼が孤児院の子供だったからだ。もしワンスが生まれの高い十歳の子供だったとしたら、あの騎士はきっと書類を丁寧にまとめて、それを両手でしっかりと持って退室していたのだろう。きっと生まれの高い親の手前、検討もするはずだ。
一言でいえば、このときワンスはとてもガッカリした。
ワンスは騎士団を出て、ぼんやりと街を歩いた。一睡もしてないのだ、賢い頭は霞がかかったように鈍くて少し痛かった。気がつくと正午に近い時間、噴水広場に足を踏み入れていた。
疲れていたワンスは噴水の近くのベンチに座って街を眺める。たくさんの人々が楽しそうに街を歩いているが、何だか酷くつまらなくて、今度は青空に視線を滑らした。すると、ちょうど十二時を知らせる鐘が王都に鳴り響いた。
リーンゴーン リーンゴーン
鐘の音に応えるように、噴水が高く上がった。青空を見上げるワンスの顔に、その水しぶきがパシャリと勢いよく掛かる。
驚くほど目が覚めた。
「あ、そうか。俺は父さんみたいにはなれないってことだ」
このとき、賢いワンスは悟ってしまった。自分は父親のような普遍的なヒーローにはなれないんだと。父親がヒーローであり得たのは、父親の人生が真っ当であったからだと、噴水の水が掛かって初めて気づいたのだ。
自分のような境遇の子供が正しい方法で誰かを救うことなど出来るわけもない。賢いが故に、一瞬でそう悟ってしまった。
ワンスは選択をして生きていくしかない。きっとこの先ずっと、選択をさせられる人生だ。たくさんのものを捨てていくしかない、すべてを手に入れることなんて出来ない。
―― テンを見捨てて正しく真っ当に生きるか。それとも、手段を選ばずにテンを助けるか
二つに一つしか選べない。どう生きるのか。何を成すのか。その、どちらが大事か。
ワンスは父親を思い浮かべた。最後、集落の人々を切り捨てて、ずっと一緒にいてくれた父親のことを。父親はワンスだけのヒーローだった。そんな風になりたかった。
―― どっちかなら、テンを助けるしかないじゃん!
このとき、ワンスは真っ当であることを、あっさりと捨てたのだ。未練なんてなかった。だって……
「真っ当であるだけの人生をただ生きるなんて、くっそつまんねぇ」
服の裾をグイッと伸ばして、顔に掛かった水を拭う。拭った後の顔はイキイキとして、淡い黄色の瞳はキラキラと輝き、まるで金色のように見えた。
そこからは話すに値しないほどに、どえらい簡単だった。まずは、嘘の付き方やピッキングの手法を学んで練習する。きっと才能なのだろう、すぐに孤児院のドアや簡単な金庫は開けられるようになった。
そして祖父母から貰った旅費の余分を使って上等な子供服を購入し、偶然を装って宝石事件の貴族の嫡男と仲良くなった。
家にあがらせてもらって、探検隊ごっこと称して『屋敷内で宝探しをしよう!』と誘えば、相手は子供だ。簡単だった。優秀な探検隊は勇者の鍵を使いまくって、『盗まれたはずの宝石』を見事に見つけ出したというわけだ。
その家の子供を装って『盗まれたはずの宝石が家の中で見つかりました~!』と騎士団に通報をして、宝石と一年前の事件の新聞記事とテンの事件の記事をセットで綺麗に並べてから、騎士と入れ違うように跡形もなく姿を消した。
事件から三週間後、テンは無罪放免で孤児院に帰ってきた。そして宝石にかけられた保険金目当てで『孤児院の子供による盗難事件』をでっち上げた悪い貴族は、騎士団に捕縛されたとさ。
貴族が捕縛されたという記事が載った新聞を見て、ワンスはほくそ笑む。その新聞を杖みたいに細長く丸めて、クルリと振り回してアブラカタブラのビビディ・バビディ・ブー。
「悪いやつらは魔法で退治してやる!」
ワンス・ワンディング、十歳。
賢い子供の初めての悪戯である。
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