ブラックジャックでワングが勝ったのは偶然ではない。ワンスに言わせてみれば、トランプなんて52枚しかない。
テーブルに出たカードを全て記憶していき、未使用である残りのカードから瞬時に勝率を計算したのだ。所謂、カウンティングである。足して21に近付くように、そして21を超えないようにカードを取るか取らないか判断しただけ。
記憶力と頭が抜群に良いワンスとブラックジャックは、非常に相性の良い組み合わせであった。
―― はいはい、次はイカサマポーカーね
ワンスは、ハンドレッドがイカサマを使うことなど分かりきっていた。そりゃそうだ。今まで自分もそうやってきたのだから。賭けポーカーは、詐欺師の専売特許と言ってもいいのだ。
ディーラーがトランプを切って配るのを眺めながら、ワンスは「そういえば」と続けた。
「レッドってどんな仕事してるんだ?」
「あぁ、私は……」
「あ! 待って! 当てたい」
「ははは、ならばヒントを出そうかな」
「お! いいね、ヒントヒント!」
突然、クイズ大会が開かれた。表面上は仲良しこよし。
「じゃあポーカーも同時にゲームスタート。ヒントその一。堅苦しい仕事……コール」
「うーん、銀行? ……チェック」
「はずれ。チェック」
「ええ? じゃあ経営者! チェック」
「はずれ。ヒントその二。君の職場と近い。レイズ」
「え! ……あ、騎士団と?」
「俺、分かったかも」
腕組みで傍観をしていたファイザが、にんまりと笑ってワングの肩に寄りかかってきた。
「え、まじ? 全然わからん。どっちもフォールド」
ワングは、手持ちの札をディーラーの方にパサッと渡した。
「一戦目は私の勝ちだね」
「次は勝つ! ファイザ、レッドの職業分かったんだろ? 答えてみろよ~」
「王城文官、でしょう?」
ファイザが銀縁眼鏡をかけ直しながら小声で答えを言うと、ハンドレッドは「正解」と言いながら小さく拍手した。
「なるほど、王城と騎士団本部は隣だもんなぁ。って、おいおい、こんなとこで賭けポーカーなんかしていいのかよ?」
「それを言ったら君達だってそうだろう。そう言えばファイザも騎士団のお仲間なのかな?」
「ええ、所属は騎士団です。純粋な騎士ではないですが」
「……というと?」
「ファイザは騎士団の補佐官なんだよ~。俺たち騎士とは違って、なんか文官みたいな? そんな仕事をしてるんだよな! よく知らんけど」
「剣も握りますし現場にも駆り出されますが、補佐官は文書仕事がメインなので、そんなに強くはないんです、ははは」
「補佐官、聞いたことがある。なるほど……」
ハンドレッドは納得したように、ファイザの話をうんうんと頷きながら聞いていた。
「そんなことより、さぁさぁ、二戦目をやろう! 勝つぞ~!」
という意気込みはどこへやら……ワングはハチャメチャにポーカーが弱かった……。驚くほどに弱かった。いや、この場合はハンドレッドが強かったのかもしれないが。
ワングは、ポーカーフェイスという技術が皆無。ブラフハンドでのレイズもあっさりと見破られるくらいに弱い。それが、ワンス演じるワング・ワンエンドの人物設定だ。
「負けた……嘘だろ……大負けじゃねぇか!!」
「だから止めとけって言ったのに」
ポーカーテーブルに頭を突っ伏してうなだれるワングは、ファイザに肩をポンポンと優しく叩かれて慰められた。……いや、違う。ファイザからは愉悦交じりの目で見下されていた。『友人が負けたことが心底嬉しい』という快楽の香りがふわりと漂ってくる。
そのとき、ハンドレッドはファイザの表情を食い入るように見ていた。そして僅かに、ハンドレッドの赤黒い目に『喜悦』が生まれた。
この瞬間だ。元々、ここが勝負だとワンスは思っていた。ハンドレッドがワンスの罠に引っ掛かるか、それとも見破るか、大きな勝負が決まる瞬間だ。
突っ伏しながらもワンスは目の端でしっかりとハンドレッドの喜悦を見ていた。ファイザの愉悦の表情を見て、彼は確実に喜んでいた。
―― よし、掛かった! さすがファイブル!
ファイブルが演じるファイザは、無鉄砲で考えなしのワングを咎める兄的存在という役だ。しかし、心の中ではワングのことを嫌っており、どうにか困らせたくて、ワングを堕とすために賭けを覚えさせている……という人物設定だ。
この複雑な役を臨機応変にこなせるのは、ファイブル以外に思い付かなかった。欠かせない存在なのだ。
用意したこれらの材料で、ハンドレッドが取るだろう行動をワンスはよく分かっていた。なにせ、同じ詐欺師だからね。相手の思考は想定しやすい。
きっと、ハンドレッドは国庫輸送の資料をファイザに用意させ、それを言葉巧みにワングに流出させる方法を取るはずだ。勿論、流出先はハンドレッド。ファイザはワングの困る姿を見て楽しみ、ハンドレッドは情報をゲット……というわけだ。
なぜワングやファイザなんて人物を用意してまで流出させたいのか。理由を平たく言えば、ワンスは国庫輸送の情報を自然な形でハンドレッドに渡したいのだ。ワンスが詐欺師だとは気付かれないように、自然に。
そして、ハンドレッドが国庫輸送詐取に夢中になっている間に、彼の莫大な資産を丸ごと頂く。これがワンスの狙いだ。
この詐欺師VS詐欺師の勝負をハンドレッドが勝つためには、ワンスが詐欺師であると見破る他ない。逆に言えば、ワンスがハンドレッドと直接やりあう一番のリスクが、詐欺師だと見破られることだ。
だからこそ、ワンスから目を背けさせるように、ブラフハンドにファイザを仕立て上げたのだ。
大負けして気落ちをしたワングは、トボトボとポーカールームを出た。
「もういい、俺は帰る……レッド、さようなら……」
ファイザに宥められつつ、半ベソをかきながらワングは紳士クラブを出た。なんでこんなに弱いんだ……ブラックジャックのときは勝てたのに、ポーカーになった途端全然ダメ……という感情を乗せて、トボトボと歩いてみせた。
道を歩きながらも、二人はワングとファイザとして会話をする。店を出ても演技はまだまだ続くのだ。帰るまでが遠足ならぬ、帰るまでが詐欺である。
「負けると思わなかった……ぐすん」
「そういや、ニルヴァンに金を借りたとか言ってたな?」
「はっ! そうだった!! どうしよう!?」
「知らん」
「ファイザ、金貸して?」
「金はない」
「ケチ! 薄情者!!」
そのとき、後ろから、とってもとっても良い声が聞こえてきた。
「ワング!」
―― きたきたきた!
そのハンドレッドの声に、ワンスは心の中で拍手喝采。ヤツなら絶対に声をかけてくると、ワンスは信じていた。何故ならば、ワンスなら絶対にそうするからだ。
「レッド? どした?」
「困っているならば、今日の賭けはなかったことにしようか?」
その顔は、まさに善良な人間そのもの。とてもではないが詐欺師とは思えなかった。しかし、ハンドレッドは真っ黒な詐欺師。貸しか借りを作って、次に繋げる。詐欺師の常套手段だ。
「え! いいのか!? まじ? 助かるー!」
「ああ、勿論いいさ。ディーラーに支払う手数料は戻らないけれど、ほらコレが君の金だ」
ワングは、それを受け取り「レッド神様~! 国中で一番器の大きい男!」と崇め奉ってみたりした。ハンドレッドも満更でもなさそうだ。
「なかったことにする代わりに、また同じように紳士クラブで遊ぼうじゃないか」
「もっちろん! レッドっていいやつだな~! 三日後にまた行くから、予定が空いてたら会おうぜ~。次は負けないぜ?」
「三日後だね、分かったよ。こちらも次は『なかったこと』にはしないからね、ははは!」
そう言って、ハンドレッドは去っていった。去り際に、ヤツがファイザを値踏みするように見ていたことを、ワンスは見逃さなかった。
ハンドレッドの背中が見えなくなった頃、親友の二人は目配せで『作戦成功だな』『楽しい~♪』と小さく笑い合った。
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