「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
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56話 君の馬鹿さに救われる【ワンディング家編】

公開日時: 2023年1月9日(月) 14:50
文字数:4,263




 コンコンコン。


「入れ」

「失礼します」

「ニルドか、おはよう」

「おはようございます。昨日捕縛した泥棒数名、昨日のうちに聴取終わりました。今日の移動で北の収容所に輸送予定です」

「ご苦労。お互いに立て込んでるな」


 国庫輸送が近付くと街の警備が手厚くなる。賢い犯罪者は鳴りを潜めるが、そうではない犯罪者は逆に活発になるものだ。


「団長。目の下、隈がすごいですよ?」

「あぁ、昨日やっとオーランド侯爵から国庫輸送のルート確定の返事を貰ったからな。明け方まで最終調整をしていた」

「随分と遅い回答ですね」

「毎度毎度、回答を引っ張るくせに、こちらが提示した素案と変更なしだ。全く嫌になるね」

「はは、プライドの問題でしょうね」 


 ニルドが乾いた笑いを発すると、団長はおどけたように肩をすくめた。


「ニルドは国庫輸送の配置だったか?」

「いえ、当日は街の警備の配置です」

「そうか。国庫輸送の日は、ならず者が増えるからな。頼むぞ」

「了解。失礼します」


 

 オーランド主催の夜会から、ニルドはワンスたちに会っていない。街を歩くと誰かに尾行されているのが分かるくらいに、がっちりとマークされているからだ。ハンドレッドの手の者だろう。


 ―― しかし、なぜ俺に固執するんだ?


 ニルドはただの騎士だ。あのオーランド侯爵主催の夜会では、ハンドレッドが接触しようとしていたから慌てて逃げたものの、何故そこまでハンドレッドの琴線に触れているのか、ニルド自身はよくわかっていなかった。


 しかし、ワンスからの手紙によると、ハンドレッドの注意がニルドに向いている間は、フォーリアが安全であるということらしい。だから、通常通りの生活をしておけば良いと。


 ―― 今すぐにでも奴を捕まえたいが……しかし……


 騎士団本部の綺麗な中庭から晴れた青空を見上げて、何も出来ない歯がゆさと抱える憂いをそっと空に放った。


 

◇◇◇◇◇



 ニルドが朝早くから真面目に勤務している、その同時刻。可愛らしい小さな家のベッドで寝ころんでいる二人は……というと。


「お前をワンディング家に連れていく」

「え…? ワンス様のお家ですか?」

「あぁ、仕方ない」

「なるほど、嫁入りですね!」

「違う」



 そう決めてからのワンスの行動は早かった。バッと起き上がってシャワーを浴びて、手紙を何通か書いて出しに行ったかと思ったら、サッサと荷物をまとめた。フォーリアにも身支度を整えるように言い、珍しく朝食も食べずに馬車に乗る。


 ワンス経営の店の前で下ろされ、中を素通りする馬車ツアーの道中、ワンスはどこぞの『俺が経営しているパン屋』で取ってきたサンドイッチを食べながら、ワンディング家のことを少し説明する。


「ワンディング家の当主、俺の養父に当たる偏屈じいさんは、領地に引っ込んで釣りばっかりしてるから年中不在だ」

「ご挨拶したかったのに残念です」

「現在いるのは、俺と侍従が二人、庭師のじいちゃんと炊事担当のばあちゃん。じいちゃんとばあちゃんは夫婦だ」

「あら、素敵!」


 素敵かどうかと言われると、ちょっとネジが外れたじいちゃんばあちゃんの老夫婦なものだから、全く素敵な感じではない。ワンスは少し首を傾げた。


「どうせバレるから言うけど、俺は元々ワンディング家の侍従頭をやっていた」

「そうなんですか、侍従姿も素敵かも~」


 ワンスはガクッとずっこけそうになった。ワンスからしたら、結構なカミングアウトだったにも関わらず、この返答。フォーリアの馬鹿さに救われるのは何だか癪で、ちょっと嫌な気分になる。


「まあいいや。それで養子縁組みで、現在はワンディング家の嫡男ってこと」


 そこでフォーリアの顔が一気に真っ青になる。ワンスは『反応が逆じゃね?』と思ったがフォーリアの考えていることが手に取るように分かったため、無視して放置を決め込んだ。


「嫡男……」

「で、侍従二人なんだけど、一人だけ女に目がないやつがいるから、そいつに気をつけて……って聞いてる?」

「婿入り嫁入り……どうすれば……結婚……」


 ワンスは面倒になって、無視して仕事をし始めた。馬車の中でもどこでも、ペンと紙があれば仕事が出来る。ワンスの頭の中には無数の本や資料が入っているからね。フォーリアは青い顔のまま、どうにもならないどうでもいいことを思い悩んでいるようだった。放置だ。




 しかし、ワンディング家に到着する頃には、彼女の顔も瞳もキラキラと輝いていた。フォーリアはワンスが用意したワンピースのスカートをふわりと膨らませ、胸はドキドキワクワク、大好きな人の家に訪れた期待を詰め込んでいるのだろう。好きな人のことをもっと知ることが出来ると思ったら、スカートはもっとふわりと膨らむ。それが恋する女。


「わぁ、キレイなお家ですね……!」


 ワンディング家はやたらとキレイだった。偏屈じいさんが原因で詐欺師ワンスに乗っ取られてしまったものの、それまでは何百年も続くかなり由緒正しいお家柄だ。それにも関わらず、屋敷は厳かな雰囲気は皆無。何なら新築の香りがする。


「あぁ、一年前かな? 全面建て替えしたから」

「そうなんですか、素敵ですね~」


 そうなのだ。あまりの古さと防犯面ノーガードに嫌気がさしたワンスが、自分が切り盛りして儲けた伯爵家の金で勝手に建て替えをしていた。すべてのドアはピッキング不可能な特殊仕様、窓も二重三重は当たり前。一階の大きい窓は内側に鉄製の格子付き。まるで牢屋のようだ。


 玄関や勝手口は二重扉になっていて、一番外の扉は普通の鍵であるが、中に入った二枚目の玄関扉はピッキング不可能な特殊仕様だ。普通の伯爵家とは防犯レベルが全く異なる。もはや監獄。ある意味、ワンスにはお似合いの屋敷だった。


 ちなみに偏屈じいさんは領地に引きこもっているため、生家がこんなことになってるとは全く知らない。この詐欺師、やりたい放題が過ぎる。バレたらどうする気だ。ワンスは、バレるよりも前に偏屈じいさんがスルッと逝くという想定をしている。最低である。



「帰ったぞー」


 ワンスが玄関を開けて、もう一枚の扉を開けてから帰宅を告げると、茶髪の侍従が「ワンス様、お帰りなさーい」と言いながらひょこっと顔を出した。……かと思ったら、瞬間移動でフォーリアの前にひざまずいた。


「ハチと申します。一目惚れしました。結婚してください」


 あろうことか勢いを殺さずそのまま求婚をし始めたではないか! 早い! ニルドもこれを見習えば良かったのに!


「馬鹿か」


 そう言って、ワンスがうんざりとしたように侍従を見下してからフォーリアをチラリと見ると、彼女の顔が怖いくらいに真顔だった。思わず二度見するくらいには、見たこともないほどの冷めた真顔だった。


 ワンスは結構驚いた。ちょろいフォーリアのことだ。顔を赤らめてオロオロどうしよう!くらいの初心うぶな反応をみせるかと思いきや、まさかのスンとした真顔。

 そういえば……ミスリーが『フォーリアは身持ちが固くてなびかない』と言っていたのを思い出す。なるほどコレのことかと、ワンスは納得した。


「好きです、愛してます、結婚しましょう」

「……」


 死んだ目をして真顔で無言になるフォーリアに、ハチは告白をしながらじりじりグイグイと近付く。ちょっとコレは面白い光景だな……なんて、ワンスは一歩、二歩、三歩ほど二人から離れて、にやにや顔で眺めた。


 当たり前だが、ワンスが『俺の女に手を出すな』的な嫉妬などするわけもなかった。そもそもに俺の女でもないし、恋人関係でもないし。あぁ、この現実。フォーリアが可哀想になってくるぞ……。



「お互いに気に入ったなら結婚すれば~?」


 追い討ちをかけるように、ワンスがニヤニヤしながら言うと、ハチと呼ばれる侍従の目はキラキラと輝いて、フォーリアはサッと顔を青くしてワンスに詰め寄ってきた。


「ワンス様以外と結婚しません!」

「遠慮すんなよ」

「違います!」


 そう言うと、フォーリアはハチに向き直って、バッと勢いよく頭を下げた。


「フォーリアと申します。今日からお世話になります。ですが、ワンス様と結婚予定ですのでお断りいたします。申し訳ございません」

「俺は結婚する気ないけどな」


 下げていた頭を上げてジトリと見てくるフォーリア。ワンスは楽しそうに彼女を見下ろしてやった。


 ハチはそんな二人を四回くらい見比べて、そこに何か特別な雰囲気を感じ取ったのだろう。「ワンス様のばーか!」と言って、泣きながらどこかへ行ってしまった。品のない侍従だ。


「今のが軽くて女に目がない侍従のハチ」

「ハチさんですね。二度と近寄りませんね」

「極端だな……。で、後ろにいるのが無口で仕事が早いテン」 


 馬車に積んであった荷物を持って、いつの間にか後ろに誰かが立っていた。背が高い黒髪の侍従だ。


「お帰りなさいませ、ワンス様」

「ただいまー」

「お世話になります。フォーリアと申します」

「テンです。部屋にご案内します」

「な? 仕事が早いだろ? この生産性の高いサクサク感がいいんだよなぁ」


 ワンスは満足そうにテンをほめるが、テンは無表情でスタスタと行ってしまった。確かに生産性が高い。ワンスは、何やらぼんやりしているフォーリアに『付いてこい』と顎で促した。


「そうだ、テン。例の空き家の件だけど、買いで」

「即日手続きですか?」

「そう、今日から。外注に掃除させとくから、ハチとテンで交代で付いてくれる?」

「はい、かしこまりました」


 スタスタ歩く二人の背中を追いかけて、フォーリアは『また経営の話かしら』なんて思いながら、難しい話を音楽のように聴き流した。迷わないように廊下の道順を覚えては脳みそを素通りして忘れていくという無駄な作業をする。


 そして、完全に道順を忘れた頃に通された部屋は、飾り気がないシンプルな部屋だった。そもそもに、この家には調度品やシャンデリアなど華美なものは一つもない。清潔感があって、掃除がしやすく、機能的。これは効率主義のワンスの好みなのだろう。少数人で回す為には、屋敷はこれくらい簡素でなければならない。


 元々のワンディング家は普通に貴族っぽい家であった。調度品やシャンデリアはどこへ行っ金に換えられたのだろう。偏屈じいさんの御当主様が帰ってきたら目玉が飛び出るほど驚いて、そのままぽっくり逝ってしまいそうである。


「フォーリアは、しばらくここで暮らすこと」

「はい! よろしくお願いします」

「屋敷内は自由に動いて良いけど、外庭はダメ。中庭は護衛付きなら出ておっけー」

「護衛?」

「テンかハチ。二人とも騎士団もびっくりなほどに鍛えさせてるから、困ったときはどっちかに頼って」

「わかりました! テンさんに頼りますね!」

「ぶれねぇな……」






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