「あー、心臓がバクバクと悲鳴をあげているんだが……」
「大丈夫大丈夫! 任せといてよ。ヤバくなったら見捨てていいからさ~」
潜入当日。ワンスは騎士団の制服に身を包み、騎士団所属バッチを身に付け、いい笑顔でウインクをしていた。度胸の塊みたいな男だ。
ワンスとニルドは背丈もほとんど変わらない。勿論、頭脳派のワンスの方が細身ではあるが、制服はニルドのものを借りた。ワンディング家のワンスのクローゼットには本物と見分けが付かない偽物の制服も吊されているが、やはり本物の方がリスクが低いのだ。
そして一方、ニルドは顔が真っ青で身体がカチカチに固まっている様子。ワンスは『こんな度胸がないならフォーリアに手を出せなかったのも頷ける』と思っていたが、そこらへんのことはノータッチ。にこやかに黙っていた。
「ワンスは何でそんな落ち着いていられるんだ……?」
「……持って生まれた度胸かな、ははは」
「度胸……」
「そうそう、男は度胸。ニルヴァンはただ微笑んでいればいいから」
「わかった、頼んだからな」
ワンスはニルドと視線を強く合わせて、自信満々に大きく頷いてみせた。絶対大丈夫だと信じ込ませた。すると、ニルドがいくらか人間らしい顔色を取り戻してきたので、それを見て作戦スタート。
「さあ、いくぞ」
その言葉を合図に、ワンス・ワンディングは詐欺師の天敵である騎士団本部に乗り込んだのだ。
―― さっすが騎士団本部~♪
ワンスは社会科見学のような気分で騎士団本部を楽しんでいた。ニルドから聞いた見取り図は頭に入っているし、金髪のような目を引く色を持っていないワンスは、めちゃくちゃ溶け込んでいた。
ニルドも段々と落ち着いてきたのか、カチカチだった歩き方も普通のものになっていた。
「で、鍵はどうするんだ?」
この数日で騎士団の機密情報がある場所をニルドが調べてくれて、すべての機密情報は書簡庫にまとめてあることが分かっていた。しかし、書簡庫の鍵は騎士団長でなければ持つことを許されていない。騎士団は第一から第五までの五つ。即ち、五人しか鍵を持っていないのだ。
ニルドから不安交じりに鍵の事情を伝えられていたワンスであるが、彼の不安を蹴散らすように「大丈夫大丈夫~♪」と言うだけで、鍵をどうやって開けるのかは教えずに今日を迎えた。
「とりあえず扉を見たい。行ってみよう」
そう言ってニヤリと笑ったワンスは、とても伯爵家嫡男とは思えなかった。ニルドは世の中には色んな伯爵家があるのだと一つ勉強をしていたことだろうが、目の前の男は詐欺師だ。本当に世の中は、勉強になることだらけだ。
書簡庫の扉は、鉄製の重そうなものだった。ワンスはそれをじーっと眺めて、鍵穴をまた眺めてから「なるほど~。さすが騎士団だな。よし、この手でいこう」と言った。そして、胸ポケットからドアと同じ色の鉄製の板を数枚取り出し、それを扉と枠の間にグイッと入れ込んで「準備完了~♪」と微笑んだ。
「なにをするんだ? 無理やり開けるのか?」
「まさか。それは泥棒がやることだろ? まぁ見ててよ」
そして、騎士団長の部屋に向かってスタスタと歩いた。
「あー、いい天気。中庭がキレイなもんだなぁ。あ、あれが食堂か? あとで昼食を食べてから帰ろっと」
「信じられない程の度胸だな……」
「そうか? あ、そうだ。確認したいんだけど、騎士団長に会うときは名乗ったりするのか?」
「騎士団長に会うのか!?」
「そりゃ、会うだろ。鍵は騎士団長が持ってるんだろ?」
「胃が潰れる……」
「ははは! ニルヴァンは部屋の外で待ってていいからさ」
ワンスは騎士団長に会うときは所属だけ言えばいいということを教えてもらい、書簡庫から一番近い第四騎士団長の部屋に向かった。ちなみに、敬礼の仕方や騎士らしい立ち振る舞いは二年前には完璧に会得していた。なんの詐欺を働いていたのか気になるが、それはまた別の話。
コンコンコン。
「入れ」
「失礼します。第一騎士団所属です」
「第一が何の用だ?」
ワンスは一歩近付いて、声を少し潜めて第四騎士団長にこう言った。
「急ぎお知らせ致します。書簡庫の扉の鍵が開いたままになっておりました」
「本当か! マズいな……」
「はい」
「すぐに施錠にいく」
「は! お願い致します!」
第四騎士団長は焦ったように足早に書簡庫に向かった。ワンスは、その後を離れたところからソロリとついて行く。さらに、その後をニルドも付いてくる。
「ったく、どうせバーゼルダの野郎が開けっ放しにしたんだろ…」
そう言いながら、第四騎士団長は書簡庫の鍵穴に鍵を入れて回し、鍵を抜いた後に扉をグッと引っ張って施錠したことを確認し、サッサと部屋に戻ってしまった。
第四騎士団長が去った後、隠れていたワンスはポケットから工具を取り出して、書簡庫の扉と枠の間から鉄製の板を取り除いた。扉の鍵は開いていた。
「まじか……開いてる……」
ニルドは驚いて目を見開いていた。ワンスは施錠してある扉を『開いている』と嘘を言っただけで、騎士団長に解錠させたのだ。
大体の人間は、目の前のドアの鍵の状態を確認せずに、まずは鍵を差し込み、最後に扉を引っ張って開かないことを確認することで『施錠した』と判断する。扉に金属板を挟み込んで開かないように細工をしておけば、実は解錠しているのに『施錠した』と思い込んでしまう。ワンスはそれを利用したのだ。
「五個も鍵があるってことは、五回もチャンスがあるってことだろ? 余裕余裕~。よし、ニルヴァンは見張りを頼む。ヤバくなったら逃げろよ?」
ワンスはニコリと笑いながらニルドを廊下に残して書簡庫に入った。そして扉を閉めた瞬間、その顔から笑顔を消した。
―― 国庫輸送は……こっちか
そう。ワンスは、レッド・ハンドレッドの情報なんか露ほども欲しくはなかった。レッドが最重要犯罪者として情報統制されてるなんて真っ赤な嘘。そもそもに騎士団ごときが、ハンドレッドの情報をワンス以上に持っているとは思えなかった。ニルドに手引きを頼んだのも、全ては国庫輸送の資料を頭に入れるためだ。
ワンスは速読よりも速く資料をバララララ……と眺めた。この速さでも記憶できるのがワンスの強みなのだ。内容を理解しながらも、写真のように保存ができる。この能力があったから、彼は犯罪者になってしまったのかもしれない。
国庫輸送の資料は粗方眺め終わり、扉の外を窺うがまだ大丈夫そうだった。他に面白そうなものを片っ端からバララララ……と眺めて、頭の中の書庫に保管した。
「ニルヴァン、終わった」
しばらく書簡庫を楽しんだワンスは、ピースサインをしてニヤリと笑いながら書簡庫から顔を出した。ニルドはホッとしたような顔をしていたから、待っている間は気が気じゃなかったのだろう。
「なぁ、ところでバーゼルダってどこの騎士団長?」
「バーゼルダ団長は第三だが……」
「おっけー」
そう言うと、またもや廊下をスタスタと歩いて、そこらへんの騎士団兵を捕まえ、
「書簡庫の扉が開きっぱなしみたいなんだ。さっき第三のバーゼルダ団長がいじってんの見たんだよ。あの人、よく開けっ放しにするらしいじゃん。悪いけど、バーゼルダ団長のとこ行って施錠をお願いしてもらえないか?」
と言って、騎士団兵が「そりゃマズいな……第三な、了解!」と慌てて走り去る姿にヒラヒラと手を振った。嘘一つで施錠も完了だ。その横でニルドは「まじか……」と呟いていた。
「じゃあ仕事完了ってことで、食堂にいこうか」
「行かせるわけないだろ! サッサと出るぞ!」
「え? 俺は食堂に……」
「馬鹿! 早く帰るぞ!」
「え、もう?」
ワンスは食堂で昼食を取りたかったが、ニルドがそれを許すはずもなく、引きずられるようにして騎士団本部を後にさせられた。
ワンスが「騎士団の食堂で食べてみたかった」と何度も文句を言っていたら、『騎士団弁当を今度買ってきてやる』とニルドが約束してくれたから、それで何とか収めることにした。食い意地の張った詐欺師がいたものだ。
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