「今日は、どれくらい金を持ってきたんだ?」
「いっひひ、今日はたんまりあるぜ。ここだけの話、ちょっとニルヴァンに貸しがあってさ」
「借りたのか?」
「そうそう、ここで一儲け! 今日は絶対に勝つ!」
「うわ……負けそうな雰囲気しか感じない。やめとけよ」
「うるせぇ!」
北通りの紳士クラブでこんなことを話していては、すぐに詐欺師がやってくる。忍び寄る足音に全く気付かない二人の紳士は、和気あいあいと賭けの話をしていた。
―― 見つけた見つけた、濃紺色の髪の騎士
「そこのお二人さん、ここでそんな話をしていると悪い人間に金を盗られますよ?」
二人はビクッと肩を震わせて、少し警戒したように振り向いてくれた。
「先日はどうも」
レッド・ハンドレッドがそう言って会釈をすると、相手は訝しげに少し首を傾げた。隣の銀縁眼鏡の紳士風の男も『誰だったか』と記憶を探っている様子だ。二人は目配せでお互いに『知り合いじゃない』と伝え合っていた。
「申し訳ない、どこかでお会いしましたか?」
濃紺色の髪に淡い黄色の目をした騎士が、眉を下げて本当に申し訳無さそうにするものだから、ハンドレッドは少し笑ってしまった。自分の顔がいかに印象に残りにくいか、いつもこうやってまざまざと見せ付けられるのだ。
「先日、引ったくりから鞄を取り返してくれた騎士殿では?」
そう言うと、濃紺の騎士は左上に視線をやって何かを思い出そうとした。その眉をひそめる表情でさえ絵になるような涼しげな容姿に、ハンドレッドは少しだけ苛立った。
「あぁ! あの非番の日の? そうでしたそうでした。これは失礼を」
「いや、夜の暗がりでしたからね」
「なんだ、ワングの知り合いだったのか。初めまして、ファイザ・ファイバルです」
「こんばんは、レッド・レドルドです。レッドと呼んでくれ」
「あぁそういえば、まだ名乗っていませんでした。これは失敬。ワング・ワンエンドと申します。どうぞワングと」
「よろしく」
レッドは親愛を込めて、手袋を外して握手を求めた。すると礼儀正しい二人は、それぞれ手袋を外してにこやかに握手に応じてくれた。
―― 剣ダコがある。やはり本物の騎士団兵か。眼鏡の方は剣ダコが薄いが……
レッドは、少しワングに近寄って声を潜める。
「こういう場所で金の話をするのは良くない。ほら、周りが君を獲物にしようと狙っているよ?」
脅すように言ってやると、ワングは青い顔をしてそろーっと目を左右に動かしながら周りを確認していた。素直なやつだ。
「もし良かったら、私が相手になろうか? ここで会ったのも縁だしね」
「え~? もしかして貴方も僕から金を巻き上げようと近付いてきたとか……だったりしません? なんか怖いなぁ」
「ははは! そうだったら良いけど、生憎、私はそんなに強い方じゃないんだ。下手の横好きでね」
レッドは人好きのする苦笑いをして、どうしようもなさそうに肩をすくめてみせた。するとワングが目をキラキラさせながら、レッドに一歩近付いてくる。
「弱いんですか!? それなら……まぁ、せっかくの縁ですしね! ファイザはどうする?」
「俺はいつも見てるだけ。賭けはしないって言ってるだろ」
「ったく堅実だよなぁ」
「いや、本当に金がないだけだ」
そんな軽口を叩きながら、賭博室へ移動。レッドとワングは、ブラックジャックで勝負をし、多く勝った方が設定した金額を全て頂くというルールで楽しむことにした。
レッドはイカサマを使いやすいポーカーと迷ったが、それは次に取っておくことにした。まずは親睦を深めるために、純粋に賭けを楽しもうとブラックジャックを選んだのだ。
「よーし、やるぞ!」
ワングはわくわくとした笑顔で席に座った。楽しそうなやつだ。一方、ファイザはその後ろで腕組みで眺めているだけ。
―― ファイザの方が何かと怪しいな……
レッドは、ファイザとワングの関係がイマイチ掴めていなかった。賭けはしないと決めているファイザが何故こんなところにいるのか。ワングのお目付役といったところだろうか。ワングを手駒にしたいレッドは、邪魔になりそうなファイザが少し目障りだった。
そうして、ゲームスタート。始めのうちは、勝負はトントンといったところだった。しかし、勝負が四回を過ぎたところから、驚くことにワングは負け無しになった。結局、蓋を開けてみたらワングの圧勝。
「よっしゃー! レッド、わりぃな、ははは!」
ワングは大きくガッツポーズをしながら、金を全て取っていった。
―― こいつ……! 運がいいだけか? イカサマか?
しかし、ここのブラックジャックはプレイヤーはカードには触らない。カードすり替えのイカサマは出来ない。ディーラーは古株の人間だったし、買収した素振りもない。ただ運が強いだけなのか。
「ワング、強いじゃないか。よし、じゃあ次はポーカーで勝負しよう」
「乗った! いや~、レッドとは気が合いそうだなぁ! 結婚しよう!」
ワングがテンション高く騒ぐと、ファイザは少し呆れたように苦笑いをしていた。ハンドレッドは、それを目ざとく見る。
―― 次のポーカーで、詳しく聞いてみるか
そうして、二人は向かい合って賭けポーカーのテーブルに付いた。
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