「お花がとても綺麗ですわね」
フォーリアは庭園の綺麗さに心が躍った。お金がなくてあまり外に出ない彼女は、紅茶のテイクアウトも、それを庭園で飲むのもなかなか機会がない。
財布を落とした設定のため、勿論お金は持っていなかった。そこは勿論、ダグラスが奢ってくれたため、フォーリアは『思っていたよりイイヒト!』と騙され癖が出てきてしまっている。要は、完全に油断している。
フォーリアのゆるゆるのぼんやり具合に、跡をつけているワンスも『あの馬鹿!』と頭を抱えていることだろう。
「マリア嬢、君の美しさにはどの花も負けてしまうだろう。本当に、美しい人だ……」
初っ端からフルスロットルのダグラス。演技でもなくこんな言葉をサラサラと言えるのだから、相当な男だ。
「えーっと、ダグラス様もお美しいですわ」
ワンスの作戦その一『回答や返答に困ることがあったら、全部オウム返しをすること』。フォーリアはそれを忠実に守った。オウム返し作戦、簡単である。
「そんな他人行儀な呼び方はやめておくれ。ダッグと呼んでくれないか」
「はい、ダッグ様。では、マリアと呼んでくださいませ」
オウム返しオウム返し。
「マリア……」
何か見つめ合って完全にイイ雰囲気。ダッグはじりじりと近寄って来る。簡単だ。
さて。ここから、本格的に作戦開始である。練習を思い出すように、フォーリアはグッと手を握って小さく息を吐いた。
―― ゴー! フォーリア!
フォーリアはハンカチをサッと取り出して、それで目元を押さえた。
「ど、どうしたんだい? マリア……」
すると、フォーリアの目からポロポロと涙が出ているではないか! ダグラスは好みど真ん中のフォーリアが美しく泣いている姿を見て、少し焦っている様子だった。
ワンスの作戦その二『小道具で泣け』。実は、このハンカチには玉ねぎの汁が染み込ませてあるのだ。本当は演技で泣くべきところではあるが、フォーリアにそんな芸当は到底無理。というわけで、玉ねぎハンカチの小道具をワンスが用意してくれたのだ。
―― わーん! 目がすごく痛いぃいい! たまねぎの匂いがすごいよー!!
フォーリアは結構苦しかった。
「実は、私、お財布を落としてしまって。どうしようかと……」
「それでカフェの前に?」
「はい、でもいくら探しても見つからなくて。困ってますの。実は先日……あぁ、いえ、何でもないですわ」
フォーリアは顔を俯かせて、そっとタマネギハンカチで涙を拭った。クサいツラい……。仕方がない、ハンカチを別のものに交換しよう。
―― いい香り……はぁ、好き
フォーリアは、とろんとした顔でダグラスを見つめた。
「なななんだい? マリア。僕でよければ話を聞くよ」
「ダッグ様、お優しいですわ……」
「うぐっ!! 可愛い!!」
ワンスの作戦その三『ダグラスをワンスだと思い込め』。これはかなりの想像力が必要であり、やはりフォーリアには到底できなかった。そこでワンスが使っている香水を染み込ませたハンカチを用意して貰ったところ、フォーリアはパブロフの犬のように彼を思い出すことに成功したのだ。
「お恥ずかしい話なのですが、聞いて下さいますか?」
「あぁ、マリア。もちろんだ!!」
それにしても、会って数十分の関係とは思えないほどにダグラスがグイグイ来る。こいつ今までよくハニトラに引っかからずに生きてこれたな……と思わずにはいられない。
「実は、先日詐欺に遭ってしまいましたの。お財布もなくしてしまいましたし、困っておりまして……ぐすん」
「詐欺!?」
まさか詐欺の話が出るとは思っていなかったのだろう。ダグラスは驚いて少し大きな声を出していた。
ワンスの作戦その四『極力嘘はつかない』。詐欺に遭ったことを全面に出していく。フォーリアに複雑な嘘は無理だと判断したワンスが、それならば本当のことを利用しようと、ストーリーを立ててくれたのだ。
ダグラスは少し慌てた様子で、フォーリアを問い質してきた。
「どんな詐欺だい? 宝石を買わされたとか? 騎士団に通報は?」
「詐欺師にお金を騙し取られたのですが……あぁ、私どうしたらいいのか……」
両手で顔を覆ってみると、ダグラスが肩にそっと触れてくる。
―― ひぃ!
瞬間、背中から腕までゾワリと這うように鳥肌が立った。でも、グッと我慢した。ワンスの顔を思い浮かべて、ハンカチの香りで誤魔化した。こんなんじゃ、キスなんて絶対ムリムリムリ!!
「き、き、騎士団にも、通報が出来ないのですわ。そんなことをしたら、私が……いえ、何でもありませんわ」
「もしや、他の人から金を騙し取るように唆されたのか?」
―― すごい! ワンス様の言う通りの反応~!!
「そうですわ! ワン……ダッグ様、すごいです! よくお分かりになりましたわね。も、もしかしてダッグ様も……? 私と同じですの?」
「い、いや……」
「同じ苦しみを?」
「……いや、僕は違うよ」
そこでフォーリアはハンカチを顔に当てながら、ダグラスの手をぎゅっと握った。ワンスの作戦その五『否定されたら手を握れ』。
「本当ですの?」
そして、『必殺・上目遣いで見つめろ!』
「あぁ! そうさ、僕も同じ被害に遭ったよ、マリア!」
瞬殺だ。どえらい簡単さだった。しかし、フォーリアの手は若干プルプルと震えていた。嫌悪感から来る震えだ、ハンカチで顔を覆って必死にごまかした。
ワンスは少しだけ茂みから顔を出して、フォーリアの様子から『こりゃキスはムリだな』と呆れ顔を見せていた。
「ままままぁ、ダッグ様もですのね。私たち運命の出会いですわね!」
驚くフリをし、フォーリアは上手いことダグラスから手を離してパーソナルスペースを確保。
「あぁ、おかげで親父には大目玉さ。他の人から騙し取った金を親父に渡して、詐欺師から返金されたと嘘までついたよ」
「大目玉……? 痛ましいですわ」
大目玉という言葉の意味を知らなかったため、目玉が飛び出たダグラスの父親を想像して、フォーリアは恐怖に慄いた。
それよりも、ダグラスの供述が最低であった。フォーリアの父親の友人であるスタンリーから騙しとった金を、『詐欺師から返金された』と嘘をついて父親に渡したのだ。親からの追及を逃れるために使ったと最低な供述をしているわけだ。しかし、フォーリアはよく分かっていなかった。
「マリアは大丈夫だったかい?」
―― えーっと、どうするんだったかしら
血の滲むことはなかったが、それなりに頑張った練習を思い出した。確か、詐欺にあって大丈夫かと聞かれたら……、
「ダッグ様を騙した相手を教えてくださいませ!!」
ワンスは茂みの中でずっこけていた。なんと、フォーリアは全ての手順をすっ飛ばしてしまったのだ。話が飛んでしまい、急に詐欺師の追及をすることに! なんというお馬鹿さん!
これでは上手くいくわけはない……と思われたが、
「マリア……」
ダッグ・ダグラスは感動している様子であった。口元を押さえて、何やら感激していた。
彼はこう思ったのだろう。『私のことはどうでもいいわ、ダッグ様を騙した相手が許せない! だから教えて!』と彼女が言っているのだと勘違いしてくれたのだ。
財布もなくし、財産もなくし、そんなに裕福ではなさそうな風貌なのに、侯爵家で裕福なダッグのことを一番に心配してくれている、と。まさにラッキー詐欺である。
「マリア、ありがとう。君の愛は確かに受け取ったよ」
「え? はい? あい?」
「今だから思うんだ、僕から金を騙しとった人物は、本物の詐欺師だったのではなかったのかって……。僕には『自分も騙された』とか言っていたが、今考えるとあれも嘘だったのだろうな」
「えっと、ダッグ様が騙された人はどんな人でした? 私と同じ人かもしれませんわね」
「あぁ……髪は茶色で瞳は黒くて特徴がないんだ。ただ、暗いところで会ったとき、瞳がやたら赤く見えたんだ。そのせいか、レッドと名乗っていたが」
「まあ! 同じですわ! どちらで会いました?」
「北通りの紳士クラブさ」
「そうなのですね。紳士クラブ……」
フォーリアは紳士クラブのことを良く知らなかった。頭の中で紳士クラブとやらがどういうところなのか、ぼんやーりとなんとなーく想像していた。ぼーっと座っているフォーリア、まさに隙だらけである。
すると、ダグラスがスッと距離をつめてフォーリアの手をぎゅっと握ってきたではないか。思わず「ひぃ!」と悲鳴が零れた。
「僕たち運命の出会いだったんだね」
なんかよくわからんが、突然ぎゅっと抱きしめられた。またもや出そうになる悲鳴をグッと飲み込む。
―― ひぃいいいい!!
フォーリアは固まった。あまりのゾワゾワ具合に神経がいかれてしまったのだ。まさにピシーンと岩のように固まり、フォーリアの塊になった。
「好きだよ……」
耳元で謎の呪文を囁かれ、そっと頬にキスをされた。フォーリアは頭の中で『拒否をして、動いて、声を出して!』と叫んでいたが、全く身体は動かなかった。
そして、ダグラスの唇が近付いてきて、もう触れてしまいそうというその瞬間、どこからともなくハンカチが飛んできた。
「うわっ! な、なんだ、ハンカチか」
ダグラスは鳥か何かだと思ったのだろう、ハンカチをサッと避けていた。そのおかげで距離ができ、フォーリアは息を吹き返した。
―― ハンカチ!! ワンス様ー!!
ワンスの作戦その十二『必要な情報を聞き出して、もう撤退しても良い場合はハンカチを投げる。手洗いにいくと言って立ち去れ!』
ちなみに作戦その七から十一はフォーリアが全てすっ飛ばしたためお蔵入りだ。残念だ。
「おおおおてあらいにイッテキマス!!」
大きな声で叫ぶようにトイレにいくことを告げて、そのままフォーリアは家に帰ったのだった。フォーリアの後ろ姿は、トテチテタと聞こえてきそうな歩き方だった。初詐欺デビュー、おめでとう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!