時は遡る。
ワンスとミスリーの逢瀬?をフォーリアが目撃する前日。ワンスは、商家の跡取り・親友ファイブルを呼び出していた。
「やっほー!ごちになりまーす!」
開口一番にゴチになります宣言をするファイブルに、ワンスは大きく舌打ちをして返した。それでも構わずに、ファイブルはテーブルに並びきれないほど料理を注文しやがった。注文する度に、ワンスの舌打ちが捗ったくらいだ。
「で? 今日はなに?」
粗方、食事が運ばれてきたところで、ファイブルはもぐもぐと食べながらワンスに話を促してくる。ファイブルもよく食べる男であった。
「ダッグ・ダグラスについて」
「侯爵家の次男坊に何かご用でも~?」
ファイブルがもっと聞かせろと言わんばかりに、耳に手を当ててそう言うものだから、ワンスも『事情を話すべきか』と飲み物を一口。
「好奇心旺盛ってのも考えもんだな」
「いいじゃん、噂話も面白くって大好物!」
ワンスは「連動詐欺だよ」と言って続けた。
「フォースタ家が騙し取られた金は、被害者加害者連動詐欺によるものだった。で、辿っていくと、初めの被害者……いや、二番目の加害者がダッグ・ダズラス。発端の詐欺師の情報を吐かせたい」
ファイブルは、口に入れようとしていたフォークをピタリと止めて「まじ?」と呟いた。フォークに刺さっていた肉から汁がポトリと落ちる。
「大真面目」
ワンスもまた呟くように言うと、二人は押し黙った。
ファイブルはフォークを持ったまま一点を見つめていたし、暇だったワンスはグラスの縁をなぞって遊んだ。縁を何周かしていると、グラスからヒューと音が出る。それを合図に、ファイブルはポツリと言葉を落とした。
「女で引っ掛けろ」
そして、フォークの先に刺さっていた肉をパクリと食べた。
「やっぱり? 他にはねぇの?」
モグモグしながら「うーん」と斜め左上を見ながら、ファイブルは次に温野菜を食べた。
「賭けもありだけど、最近は賭け場への出入りが少ない」
「おやまあ、詐欺にでも遭っちゃってパパかお兄ちゃんに大目玉を喰らったか」
「そうみたいだな。妙だな~とは思ってたけど、理由が分かったな、ははは!」
大方、発端の詐欺師に賭けで負けて絞り取られたのだろう。ファイブルは愉快そうに笑った。他人の不幸は密の味、である。
「お坊ちゃんの女の趣味は?」
「第一希望は清楚で貞淑、第二希望は顔、第三希望にスタイル、ってとこだな」
「……常々思ってるんだが、女好きのやつに限って相手に貞淑さを求めるのはどんな意図があるんだ?」
「……俺に聞くなよ」
ワンスは考えた。クズほど女に貞淑さを求める理由ではなく、勿論ダッグ・ダグラスの口を割らせる作戦を考えていた。
―― 女か……清楚、貞淑、顔よし、スタイルよし……うーん、フォーリアを使うか? いや、無理だ。失敗する未来しか見えないな。っつーか、ハジメテがそれって鬼畜すぎ?
鬼畜すぎである。ハジメテじゃなくても鬼畜である。こんなこと言うヒーローがいて良いものか! 色々とダメだろう!
すると、ファイブルが『いいこと思い付いた』みたいな無邪気な顔で言ってきた。
「あ、あれは? フォースタの子! 条件ピッタリじゃーん」
「……ここにも鬼畜がいたか、親友」
「んあ?」
「なんでもない。確かに本人は何でもやるって意気込んでるけどなぁ」
「何でも!? 何でもしてくれんの!? あんな美人に一度でもいいから言われてみたい! ワンスいいな~羨ましいな~」
「そうか?」
「すべての男の夢だ」
―― 好きだの結婚してだのすげぇ言ってくるけどな……
ワンスはフォーリアの突風のような求婚を思い出して、苦笑いしか出てこなかった。
「残念ながら、フォーリアが上手くやれるとは思えねぇな、ぼんやーりしてんだよマ・ジ・で」
「指導してやれば? いひひ~」
「は! 誰がやるかよ。他に二~三人候補がいる。とりあえずダグラスとマッチさせてみるさ」
ファイブルは面白そうに笑って「なんか情報ゲットしたら教えて!」と言いながら、また肉をパクリと食べた。
そしてその翌日、ワンスは借金の取立とマッチの打診をするためにミスリーに会いに行ったのだ。金貸し屋のイチカとして。
「よぉ、ミスリー」
「はいはいはいはい、今月の分ですよどうぞお納めくださいませイチカ様!」
ミスリーが袋に入った『今月の返済』を渡すと、ワンスはニコニコとして愛おしそうに袋を撫でる。ちなみに、フォーリアが目撃したのは、この場面である。はいはい、お察し。
「あんた本当にお金が好きなのね……」
「滞らずに支払ってくれるミスリーも好きだけどな。あ、そうだ。ちょっと頼まれてくんねぇ?」
軽い頼み事をするように、ダッグ・ダグラスとのマッチについて話を持ちかける。ミスリーは奔放なのだ。打診するのも軽い軽い~。
「はぁ? ダッグ・ダグラス? そいつとノーブルマッチでマッチしろって? えー、いいけどさぁ。どんなやつ? 金髪か青い目か騎士じゃないとやる気になんないんだけど」
「お前の好み、偏りすぎてんな……。残念ながら、茶髪で紫色の目だ」
「じゃあヤダ」
ミスリーに、ぷいっと顔を背けられてしまったワンスは、「うーん」と腕を組んで考え込んだ。
「あ、そうだ。この前、フォーリアから2,000ルドを巻き上げる手伝いしたのを、忘れたとか言わねぇよなぁ?」
「うっ……!」
ワンスは底意地の悪さを見せつけた。ニルドからの誕生日プレゼントとやらをフォーリアから取り上げるために、詐欺師を手引きしていた件を持ち出したのだ。
ちなみに、フォーリアには8,000ルドを返しているわけだから、彼女の手元には10,000ルドがあるわけだが……そこはだんまり。
しかし、ミスリーは「頼んだわけじゃないしー」と口先を尖らせて抵抗してきた。ニルド以外に割く時間が惜しいのだろう。
「ったく、仕方ねぇな。マッチを受けてくれるなら来月のノーブルマッチの会費は半額。もしこっちが欲しい情報をゲットしてきたら無料にしてやるよ。それでどう?」
「まじ………!?」
「大真面目」
「よし乗った! よっしゃー! 俄然ヤる気出てきたー! そういう依頼ならじゃんじゃん持ってきてよね、今月シフトキツくてぇー♪」
「……すげぇなお前、頼もしいな」
ワンスはミスリーに『欲しい情報』を教えて、後はお任せすることにした。ミスリーなら上手くやるだろうと、ワンスは思ったのだ。
―― しかし、ダッグ・ダグラスがミスリーを気に入るかだよなぁ
ミスリーは、まあまあ美人の部類には入るが、なんてこった貞淑さに大きく欠ける。勿論、ミスリーにはダグラスの好みを含めて事情は説明してあるから、清楚ぶってくれるに違いはないが。
しかし、ワンスは先程のミスリーの『よっしゃー!』のガッツポーズを思い出して頭を抱えそうになった。どこに忘れた貞淑さ!
ファイブルの助言だと、やはりフォーリアなら固い。固いが、フォーリアが堅いし難い……。どう考えても無理寄りの無理だ。悩ましい。
「っと、もうこんな時間か」
ワンスはフォーリアに夕食を作るように依頼していたことを思い出した。材料費と手間賃を渡して料理を作ってもらう。すっかりお抱えシェフを雇ったような気分だった。
―― 打診だけでもしてみるか……さすがに泣くかな、ははは
ワンスはそうしてフォーリアの家に向かった。ミスリーとの逢瀬?を目撃されているとも知らずに。
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