「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

58話 愛おしいからじっと見る

公開日時: 2023年1月9日(月) 14:51
文字数:3,444



 ワンティング家での生活初日ではあったが、フォーリアは早速夕食を作ってくれて、ワンスは美味しい夕食をたらふく食べて満腹満足。そして、風呂やら何やら寝支度を整えた彼女が隣の部屋に入ったことを確認した後、ワンスは出掛ける支度をして、そっとワンティング家を出た。


 月が灯る、真っ暗な夜。この日は、時を同じくして、ミスリーとハンドレッドがマッチをしていた夜だ。ちょうどベッドの上でオーランド侯爵の話をしている頃だろう(cf.54話)。


 そもそもに、なぜハンドレッドとのマッチをミスリーに依頼したのか。理由は色々あるが、一番の理由はハンドレッドの時間を拘束するためだ。ミスリーがハンドレッドを構っている間、確実にハンドレッドの時間が埋まっていることになる。



 その時間、ワンスが何をしていたか。


 ワンディング家を出たワンスは、馬車を乗り継いでヒイス・ヒイルの隠れ家にやってきた。ヒイスはとっても悪いことをするときに使う名前だ。


 ヒイスの隠れ家には武器や拘束具、偽造身分証、偽造紙幣なんかも置いてある。どんなときに使うんだよ……と思ってはいけない。彼は犯罪者なのだから色んなことに使うのだ。


 ワンスは、ヒイス用の目立たない服に着替えて、茶髪のカツラの上から更に帽子をかぶった。そして、よく手入れされたピッキング道具やナイフなどの武器を持って家を出ると、足取り軽くオトモダチの家に向かう。ハンドレッドの『青い屋根の家』で、ちょっとイタズラをするのだ。


 尚、イタズラは今回の『青い屋根の家』が初めてではない。ハンドレッドの跡をつける→住処を特定→ノーブルマッチでハンドレッドの予定を確実に埋める→ワンスが住処を調査する。このサイクルは、すでに四回目だ。


 過去三回は、資産がほとんど置いていない住処ばかりだった。ワンス的にはハズレだ。今回の青い屋根の家は、鍵屋が頻繁に訪れているという事前情報をゲットしていた為、ここが本命であるとワンスは確信していた。


 本命であるが故に、事は慎重に運ばれる。国庫輸送まであと十三日。金を動かしようのない直前期であるこの時に、この青い屋根の家の中を確認したかった。



 青い屋根の家は普通の一軒家だった。ワンスはまず、グルリと一軒家の周りを歩く。一つだけ取っ手付きの窓があったため、試しにグッと取っ手をひねってみたが、しっかりと施錠されていた。玄関から向かいの家は見えるが、割と塀が高いため隣接した家からはほとんど何も見えないだろう。


 次に、ワンスは玄関から近い塀に身を隠して、玄関扉をじっと見た。侵入したことが分かるような細工がされていないか確認した後、ピッキング道具をサッと取り出す。そして、玄関にスッと近付き十秒ほどで解錠させた。プロの泥棒並の速さだ!



 ―― ハンドレッドにはなるべく早く来てほしいよなぁ。キズくらい付けといてやるか。親切丁寧~♪


 そう思って、鍵付近に浅い傷を一つ残しておいた。


 慎重に扉を開けたが、やはり特に細工などはされていなかった。侵入した痕跡が残らないように、まずは見て覚えてから足を踏み入れる。もし万が一に何か痕跡を残してしまっても、記憶通りに戻せば問題ないからだ。さすがに中に侵入したことがバレると面倒だ。ここは慎重にいこう。


 そうして覚えながら移動していくが、詐欺師らしいものはあまり見当たらない。国庫輸送の計画がわかるようなものを置いてあるかと思いきや、それは他の住処に置いてあるのだろう。過去三回の住処調査でも見つからなかったため、きっと五つ目の住処にあるはずだ。



 さて、ワンスがここに来た目的は、金庫室を見るためだ。まあそれでも書斎スペースなどを適当に漁りながら、オトモダチの家でゆっくり過ごしていた。


 しかし、それにしても、目当ての金庫室が見当たらない。どこかに隠し扉があるのだろうか。ワンスは自分ならどうするか考える。 


 ―― 大抵は寝室だよね


 一番長く居る場所。寝ている間も見張りたい。それが詐欺師の心理だからね。そう思って寝室に向かうと、案の定クローゼットの奥に隠し扉を見つけた。隠し扉には鍵はなし。開けてみると、地下室に通じる薄暗い階段。ワンスは見て覚えながらも、足取り軽く階段を降りた。


 階段を降りながら途中で角を曲がると、鉄製の重たそうな扉がドーンと現れた。金庫室なのだろう、いかにも『ここに金が入ってますよ』という感じの扉で、ワンスのテンションはグイッと上がる。


 ワクワクと鍵穴を覗いてみるが、さすがにここはピッキング不可能な特殊仕様であった。


 ―― これがハンドレッドが持つ金色の鍵の『扉』ってわけね



 ワンスは扉をじっと見て、愛おしそうに一撫でした。心底、金が大好きな男である。



 名残惜しいが、これ以上は進めない。ワンスは階段を昇って全てを元通りにした。クローゼットの服の掛け方からハンガーとハンガーの間隔まで、寸分の狂いもなく全て元通りに。完璧だ。


 そして、帰るかと思いきや寝室のベッドの下を覗いた。いやいや、別にハンドレッドのそういう本を探しているわけではない。断じて違うよ?

 

 ワンスは少し嫌そうな顔をしながらも、まぁ許容範囲だなと思って、ベッド下に潜り込む。そこまでほこりっぽくはなく掃除はされていたが、やはり何となく嫌だった。致し方ない。掃除しておいてくれて有り難う、なんてハンドレッドに感謝をしてみたり。


 ―― もうそろそろ帰ってくるかな~


 ワンスはドキドキワクワクしながら、ハンドレッドの帰りをベッドの下で待った。自分が女であったならフカフカのベッドの上で待てたのにな……なんて下らないことを考えることしばらく。ガチャガチャダダダダと慌てた様子で家の中に誰かが入ってくる音が聞こえた。


 ―― きたきたきた! おかえり~!


 ハンドレッドは玄関扉の傷に気付いたのだろう。慌てた様子でクローゼットの隠し扉に入っていった。それを確認したワンスは、音を立てないようにベッド下から這い出て、ハンドレッドの後ろを付いていく。


 階段を降りながら角を曲がると、金庫室の扉はすでに開いていた。バレないようにそっと覗くと、トランクケースがズラッと綺麗に並んでいる。ワンスは、その光景に大歓喜! うっとり惚れ惚れしてしまった。


 そして、奥にはメンテナンスが必要な厳重な巨大金庫。手順があるのだろう、ハンドレッドは焦りながらも手順通りに開けているようだった。


 ―― よし、やっぱりこの青い屋根の家がメインバンクってことだな。了解了解~


 ワンスはここが引き際だと見極め、そっとその場を離れた。これ以上の滞在と接近は、奴にバレる可能性がある。リスクを取る場面ではない。

 ハンドレッドが金庫に夢中になっている隙に、ワンスは悠々と青い屋根の家を出た。


 夜の街を歩きながら、ひとつ大きく伸びをする。そして、そんなに付いてはいないほこりをパパッと払って帽子を脱いで月を見上げた。


「あー、欲しい!」


 闇夜に吠えるように、小さくそう呟く。その瞳は、子供が玩具屋のショーウィンドウを眺めるようにキラキラと輝いていた。淡い黄色の瞳が月の光に照らされて、金色とも言える輝きを放っていた。


 

 


 ヒイスの隠れ家に一度寄って着替えてからワンディング家に戻ると、もう深夜と言える時間だった。


 ワンスは埃っぽい身体をシャワーで流してサッパリしてから、キッチンに置いてあったフルーツを適当にパクパクと食べた。ちなみに、出掛ける前にフォーリアが作った夕食をたくさん食べているわけで、本当によく食べる男だ。


 そうして、ある程度お腹が膨れた後に、歯を磨いたり何だりして、私室に置いてあるマスターキーを取り出した。


 この家は、玄関と勝手口の一枚目の扉を除いて、全ての扉がピッキング不可能な特殊仕様の扉だ。その全ての扉のマスターキーを持っているのは、ワンスのみ。あとは、それぞれの私室の鍵や役割分担に合わせた鍵を使用人に配布している。


 ワンスは、そのマスターキーをクルリクルリと指先で回しながら、私室の隣にあるフォーリアの部屋の前にやってきた。

     

 マスターキーを鍵穴に差し込み、躊躇ためらうこともなくカチャリと開ける。他人の家にピッキングで侵入した後だ。隣の部屋にマスターキーで入ることなど、戸惑う余地なし。


 フォーリアは、ベッドでスヤスヤと寝ていた。さすがに疲れたワンスは、ふぁ~と大きく欠伸をして、ベッドに入った。


 フォーリアに何回かキスをして、ちょっとそこかしこ触ってから、彼女をじっと見て愛おしそうに一撫でした。まるで宝物を守るように、ギュッと彼女を抱き寄せてから眠りにつく。



 国庫輸送まで、あと十三日。







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