「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

39話 その可愛さに眩暈がする

公開日時: 2022年12月29日(木) 20:47
文字数:4,737



 ハンドレッドとのポーカー対決の翌日。


 コンコンコン。


 フォースタ邸のドアノッカーを叩いたのは、ニルド・ニルヴァンであった。ワンスに呼び出されたからこうしてフォースタ邸に赴いたわけだが、この日はニルドの方もワンスに用事があった。


「あ、ニルド! いらっしゃい」


 ―― あー、やっぱり可愛い……! 一年中いつ見ても可愛すぎる!


 あれから、ミスリーとノーブルマッチを介さずに一緒に過ごすことはあったが、やはりフォーリアを見るとその可愛さに眩暈がするニルドであった。心根がとてもクズで、大変宜しい。


「フォーリア、今日も可愛いね」

「よー、ニルヴァン。やっと来たか」


 フォーリアの後ろからヒョコッと顔を出したワンスに、ニルドはつい舌打ちをしそうになる。フォーリアの前だ。ガマンガマンと、無理やり笑顔を浮かべた。


「約束の時間ピッタリだが?」

「あ、そうなのか」

「……というか、ワンス。お前はいつから居たんだ?」

「ワンス様は昼食を我が家で食べたのよ、ふふふ」

「昼食!? そんな前から……二人きりで……!?」

「うん、ほぼ毎日食べに来てくれるの! 嬉しくって。すごーくたくさん食べてくれるから作りがいがあるの~」

「ほぼ毎日!? おい、ワンス……?」

「はいはい、分かった分かった。フォーリア、心が落ち着く紅茶でも出してやって」

「はーい」


 フォーリアはパタパタとキッチンに引っ込んでいった。ニルドはワンスの胸ぐらを掴んで、怖い怖い目で睨み付ける。ワンスは胸ぐらを掴まれたまま、器用にスーッと応接室に誘導していた。


「お前、まさかフォーリアのこと……?」

「ったく、どいつもこいつも色恋ばっかだな。勘違いすんなよ……」

「じゃあここで食べる意味は!? 理由は!?」

「メシが美味い、以上」

「自分の家で食べろよ!」

「あ、聞いてくれる? うちの料理人さぁ、おばあちゃんなんだけど、めちゃくちゃ薄味でやたらめったら食材が柔らかいんだよ。基本的にクチャッとしてんの。若い俺の舌と胃袋に全く合わない。ツラい!」

「伯爵家嫡男ならどうとでもなるだろーが!」


 そう言いながら、ニルドはバサッと紙束をテーブルに叩きつけた。とにかく面白くなくて、テーブルがかち割れるんじゃないかという程の力強さで叩きつけてやった。


「あ、戸籍の照合できたんだ。結構時間かかったな。どう? 嘘じゃなかっただろ~?」


 なんと!ワンスは本当に伯爵家嫡男になっていた。フォーリアと出会ったときはただの侍従頭であったが、僅かな期間で本当にワンディング伯爵家を乗っ取っていたのだ。


 ワンディング伯爵当主は偏屈な爺さんであったが、詐欺師のワンスにとってみれば『とても扱いやすい』お爺さんだ。ワンスがとても役立つ人間だということが分かると、ふんぞり返って偉そうな態度を取り、伯爵家の全ての仕事をワンスに丸投げしてくれた。偏屈爺さんはここ二年は領地に引きこもり、釣りに没頭しているのだとか。

 そして、あれこれと仕事上の書類にサインを頼んでいたら、いつの間にか養子縁組の書類にまでサインをしてくれた。


 とはいえ、ワンス・ワンディングは本名であるが、それだけが本名というわけではない。ニルドは調査しきれなかったが、実はワンスには戸籍が二つあるのだ。もう一つの本名が、エース・エスタインというノーブルマッチのオーナーの名前である。


 戸籍を二つ得るというのも、やろうと思えば出来なくはない。そのうち片方の戸籍上で伯爵家嫡男になった、ということだ。




 ニルドは紙束を見下ろしながら、ワンスを怪しんでいた。


「しかし、こんな胡散臭いやつが伯爵家嫡男なんてことあるか……? 納得いかない」

「俺って養子縁組だからさー。ニルヴァンみたいに小さい頃から貴族教育受けてましたってわけじゃないから」

「と・に・か・く! 嫡男ならフォーリアに手出すなよ? フォーリアは入り婿じゃないとならないんだから」

「はいはい、分かった分かった」


 そこでフォーリアが紅茶を持って応接室に入ってきた。紅茶は三つ。お茶請けにクッキーを少し。それをテーブルに置こうとして、紙束に気付いた。


「お待たせ~。あら? この紙はなに??」


 そう言って、テーブルの端っこにトレイをそっと置いて、食い入るように紙をじーっと見た。すると、だんだんとフォーリアの瞳がキラキラと輝き出す。まるで宝物を見つけたような、とっても素敵な出来事があったような、そんな輝きだった。


 ―― ワンスの戸籍情報だけで、そんな顔に!?


 ニルドは慌てて紙を取り上げて背中に隠した。


「これは……機密情報、だから」

「え? 俺って機密扱いなの? へ~?」


 ニルドは、ニヤニヤ顔のワンスに絡まれ、肩に肘を置かれた。とても煩わしくて、ギロリと睨んでワンスの肘をバシッと叩いて除けると、ワンスは「うわっ」と言いながら体勢を崩していた。ひ弱なやつめ。


 一方、フォーリアのキラキラビームは止まらない様子であった。


「ワンス様の本当の名前が分かりました……!」

「いや、だから本名だって言ったじゃん。信用ねぇな」


 偽名を何個も持っている人間に、信用など無くて当たり前だ。


「ワンス・ワンディングが本名と分かったので、あとは血判さえあればいけますね! ふふふ」

「おいおい、なにする気だよ……怖っ」


 ワンスはそっと両手を背中に隠した。


 婚姻届を出すためには、本名と血判血の指紋が必要だ。フォーリアは、ワンスとエースが同一人物だと気付いたときからずっと、やたら本名を知りたがっていたわけだが、それはこの為だったのだ。なんと恐ろしい……ミスリーの歪んだ愛と良い勝負である。



「っておい! 二人の世界に入るな! フォーリア、やっぱり本気でワンスのことを好きなのか? 金のために好きなフリをしているんだよな……? な?」

「え? お金?」


 そこで、ワンスがパーン!と大きく手を叩いた。まるで先生が生徒を黙らせるような威圧感があった。生徒側の二人はビクリと身体を震わせて、思わず直立不動。


「お喋りはそこまで。さて、今日は夜会の準備に取りかかる」


 夜会。夜会とは何だろうか。ニルドは頭に「???」とクエスチョンマークを浮かべた。横を見るとフォーリアも「???」状態。そして、二人で視線を合わせて仲良く首を傾げた。この二人、素直なところがとてもよく似ている。まるで兄妹のように。平たく言うと、容易い。手を叩いただけで誤魔化されるとは、容易いがすぎる。


「二人ともオーランド侯爵家は知ってるか?」

「ああ、騎士団の管轄をしている大貴族だ」

「私は何か聞いたことあるな~って程度です」


 フォーリアのことは、もはやどうでもいいのだろう。ワンスは主にニルドに向かって話をしているようだった。 


「二ヶ月半後に夜会がある。オーランド侯爵家主催のものだ。ニルヴァン家に招待状は来るよな?」

「あぁ。騎士団兵の内、伯爵家以上は招待されるはずだ」

「よし、それにフォーリアを連れて二人で出席してほしい。そして、オーランド侯爵に少し長めに挨拶をしてほしい」

「え! まじ!?」


 ニルドは嬉しさと戸惑いが混じり合った。着飾ったニルド史上最強に可愛いフォーリアをエスコートして、密着してダンスなんか踊っちゃった日には、もうそのまま婚姻届を出しちゃうくらいに舞い上がりそうだった。


 しかし一方で、これまで必死にフォーリアをかくまってきたのに、ここで公の場に彼女の美貌をさらけ出して良いものか……という戸惑いがあった。あと、脳裏にすこーしだけミスリーがよぎった。よぎっただけだ。別に恋人関係でもないのだから、罪悪感など感じなくてもいい。うん、大丈夫だ。


「嬉しいけど困る! ワンス、俺はどうしたらいい!?」

「落ち着いたらいいと思う」


 ちなみにオーランド侯爵家は、国庫輸送のルートを承認している貴族だ。騎士団長がその素案を提示し、オーランド侯爵家が承認するという管理方法である。

 

 ワンスは以前、騎士団本部に忍び込んだときに『騎士団長作成のルート素案』はすでに見ているが、それがそのまま承認されるかは分からなかった。ただ、過去の実績一覧を見たときに、オーランド侯爵は素案をそのまま承認し続けていた。今回もそうなるだろう。


 とは言え、ワンスは国庫輸送を詐取しようとしているわけではない。ハンドレッドの資産を詐取しようとしているのだ。だから、ぶっちゃけ国庫輸送のルートがどうであれ無関係。


 では、何故オーランド侯爵家にちょっかいを出すのかと言えば、ハンドレッドを国庫輸送詐取に夢中にさせるためだ。もっともっと深く夢中にさせ、そして彼が他に余所見浮気している間に資産本命を奪う。

 


 そこで、今度はフォーリアが挙手をする。


「あのー、私、夜会に出たことないです」

「だよな。そんな気はしていた。ダンスは?」

「お母様が生きていた頃はデビュタントに備えて教えてもらっていましたが、その前にお母様が亡くなってしまったのでそのまま……。お酒を飲んでノリノリになったお父様と、時々家で踊るくらいです」


 フォースタ家の娘が親孝行すぎる……! 酒臭い父親とノリノリで踊ってくれる娘なんて世の中にいたのか! いい娘だなぁ。


「分かった。ダンスは練習するとして、最悪は断るようだな。仕方ない」

「いや、一緒にたくさん練習しよう、フォーリア。俺が教えるよ」

「まじ? ラッキー! ニルヴァンがやってくれるなら、それが一番いいや。当日は二人で踊るんだから手っ取り早い」


 ワンスがダンスの練習をニルドにポイッと任せると、フォーリアが不服そうにしてワンスをジトッと見ていた。『ワンス様がいい!』と全身で伝えている。ワンスはワザと目を逸らして、気付かぬフリ。処世術である。


「あと、ドレスはこっちで用意するから」


 ワンスがそう言うと、フォーリアは飛び跳ねて喜ぶ。


「え! ドレスですか! 楽しみです~」


 そして、勿論、ニルドが待ったをかける。


「待て! そのドレス、まさかワンスが仕立てるわけじゃないだろうな?」


 ニルドはワンスに勢いよく詰め寄った。ワンスは「うげ」と小さい声を零しつつ、面倒そうな顔をしてニルドからサラリと距離を取る。


「本当に面倒なやつだな。ドレスのデザインは重要な作戦の一つなんだよ」

「いや、フォーリアの初めての夜会ドレスだ。絶対に譲れない」


 ワンスは仕方なさそうに、やれやれという顔をしていた。


「ダメだ、ここは譲らない。しかし、どうだろうか。もしニルヴァンがどうしてもというなら、仕立て代を出すくらいは譲ってやってもいいが……それ即ち、ニルヴァンが仕立てたと同義になるだろう」

「わかった! ならば金は俺が出す!!」

「ナンダッテ!? よし、それでいこう。フォーリア、ニルヴァンにお礼を」

「はい! ありがとうございます!」

「いいんだ、フォーリア。着飾った君をエスコートできる権利を貰えたんだ。それが最高のお返しだよ」


 ワンスはニルドの甘い戯れ言でスタンディングオベーションした鳥肌を抑えるように腕をさすりながら、ドレスの契約書をサラリサラリと作成していた。さすがである。ニルドはすぐさまサインをした。こちらもさすがである。


「じゃあ、二人はそこらへんでダンスの練習でもやっててくれ。後で見に行くから」


 ワンスはそういうと、何やらたくさんの書類を抱えて応接室のテーブルで仕事をし始めたではないか。


「何やってんだ?」

「ドレスの発注指示書を作ってる。布選んだり、パターンと……あ、フォーリア。明日この店に行って採寸して貰って。話は通してあるから」

「はい! えっと、このお店は……?」

「俺の店。ドレスの工房。もういいだろ? お喋りはそこまでにして、サッサとダンスの練習しろ」


 仕事モードのワンスに、二人は応接室からポイッと締め出されてしまった。


「ワンス様ってドレス工房も経営してるの……?」

「あいつ何者?」


 二人は首を傾げながら、とりあえず言われた通りにダンスの練習を始めた。



 





 

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