「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

8話 好きな人はずっと一人だけ

公開日時: 2022年11月27日(日) 15:04
文字数:3,710



「よぉ。覗き見とはイイ趣味だなぁ?」


 フォーリアをカフェに残して席を外したワンスは、覗き見をしていた人物の背後に立っていた。


 建物の陰からカフェにいたワンスとフォーリアをじっと見ていた人物、ミスリー・ミスラである。ワンスはであるミスリーに気付いて、カフェの席を立ったのだ。

 

「げ! ! 帰ったんじゃないの!?」

「席を外しただけ。お前が覗き見をしているとこ、バッチリ見えてたぞ?」

「うぐっ!」

「やるならもっと上手くやれよな?」


 ワンスがギロリと鋭い目で睨むと、ミスリーはバツが悪そうにして視線を逸らした。


「ねえ、フォーリアと知り合いなの? もしかして借金の取り立てでもしてんの?」


 腕を抱えて何かを守るようにしているミスリーに、ワンスは問い質された。ワンスは、ミスリーを見下して「はっ!」と笑ってやった。


「別に? ただお茶していただけだ。お前と違って、あの子は俺に借金はねぇからな」


 そう、ワンスとミスリーの関係は『金の貸し主と借り主』なのだ。

 正確に言うと、ミスリーの母親がワンスに金を借りたまま死んでしまい、母親の借金をミスリーが返しているという状況だ。


 ミスリーにとって、ワンスは金貸し屋の『イチ1カ・イチリス』。ワンスが詐欺師であることは知らない。ワンスは手広く金を稼いでいた。


「お前、フォーリアと親友なんだってなぁ?」

「……そうだけど」

「で、こんなとこでフォーリアを覗いて何してんだ?」

「別に。イチカとカフェにいるのを見かけたから、フォーリアが心配で見ていただけよ! あの子をどうする気? 借金漬けにでもする気?」

「ふうん?」


 ワンスはミスリーの質問には答えなかった。心の底からミスリーを馬鹿にしている目で見下すだけ。勿論、本当に馬鹿にしているわけではなく、金貸し主として優位に立っていることを忘れるなよと、暗に示しているのだ。

 

 そのとき、カフェの方向をチラリと見て、ミスリーの肩が僅かに震えた。ワンスは、勿論それを見逃さなかった。


 ―― なんだ?


 ワンスも建物の陰からカフェを覗こうとすると、ミスリーがバッと立ちはだかるようにして、邪魔をするではないか。


 ワンスが右にズレると、ミスリーも移動する。左にズレると、また移動してくる。道端で『あ、あ、ごめんなさい! 私たち気が合いますね!』ってなっちゃう人たちみたいだ。

 ミスリーが五回ほどディフェンスをしたところで、ワンスはため息をついた。


「お前、馬鹿なの?」

「……ちっ、分かったわよ」


 諦めたミスリーをどけてカフェを見ると、例のカタログ詐欺の二流詐欺師とフォーリアが話しているではないか。それを見た瞬間、ワンスは「ぶふっ!」と吹き出した。


「なんだよ、そういうこと? あはは! 面白いことすんなぁ、ミスリー! 見直したよ、いいねぇ」


 ワンスは、全部把握してしまった。フォーリアがやたら詐欺に遭うのは、ミスリーがそれを手引きしていたからだ。そして、その理由は。


「へー、そうかそうか。ニルド・ニルヴァンか。笑えるな」

「え、え? なななんで!? なんで分かんの!? さいあく! 最悪なんだけど!!」


 ミスリーがノーブルマッチ貴族の出会いの会員になるために仲介をしてもらったという話。その仲介者が、このワンスだったのだ!

 というわけで、ミスリーがニルドをひどく気に入っていることは、ワンスはよーく知っていた。


「ニルド・ニルヴァンとマッチするようにオーナーにお願いしてくれって、お前が頼んできたんだろーが。それだけニルドがお気に入りってことだろ?」

「うっ!!」

「そして、ニルドのお気に入りが、あのフォーリア」

「なんで知ってんのよ!?」

「で、フォーリアを詐欺に引っ掛けて、金を奪って没落・平民落ちさせ、ニルドとの婚姻の可能性をゼロにするのが、お前の目的ってことだろ?」

「ぐっ!!」


 全部バレてしまったミスリーは、路地裏にしゃがみこんで「くー!」と悔しそうにしていた。

 ワンスは全く気にすることもなく、顎に手をやって思案し始めた。


「フォースタ家が全財産なくしたっていう詐欺も、お前が誘導したのか?」

「ちがう! ちがうわよ!」


 ミスリーは慌てて立ち上がり、すがるようにワンスを見た。


「確かに、没落させたい気持ちもあったけど! でも、あれは私じゃない。噂じゃ、ものすごい詐欺師に引っ掛けられたって聞いているけど」

「ものすごい詐欺師?」   

「詳しくは知らない、酒場で聞いただけだから。私は……フォーリアのお父さんに恨みはないし……。詐欺師の手引きも、ちょっとした憂さ晴らしみたいなもんよ」

「ふーん、まあどうでもいいけど」


 ワンスは、ミスリーの事情なんてどうでも良すぎて全く興味が沸かなかった。しかし、そこで『お?』と、ワンスは思い付いた。フォーリアから謎の告白と求婚をされまくったことを思い出したのだ。


 ―― あそこまで好かれているとは、想定外なんだよなぁ


 ワンスは、ちょろすぎるフォーリアが不可解でならなかった。大して関わりもないのに、何故あんなに好き好き光線を出してくるのか、全く理解ができなかった。もはや、フォーリアが謎の生き物に見えていた。


「なあ、ニルドとフォーリアを邪魔したいなら、フォーリアに男をあてがった方がいいんじゃないか? あの見た目だ。馬鹿そうな男爵の次男くらいなら、婿入りすんじゃねぇの?」


 ワンスがふと思い付いて言うと、ミスリーがキッと睨んできた。


「そんなこと、とっくにやってるわよ!」

「何故うまくいかない? ……あー、ニルド・ニルヴァンか」


 ミスリーは、イライラした様子で「そうよ」と言った。


「ニルドが邪魔するのよ。ニルドってほら、すっごーく格好良くて素敵でしょ。だから、どんな男を派遣しても、大抵はニルドに潰される」

「なるほど」

「それだけじゃないのよ! フォーリアも難しくて……」


 フォーリアに対する言葉で、『難しい』とは似つかわしくない。ワンスは首を傾げた。


「誰をあてがっても、フォーリアが落ちてくれないのよ。ああ見えて、すっごく身持ちが固いのよ、あの子」

「はぁ? 嘘だろ」


 ―― 過去最高にちょろいけど……


 何もしていないのにストンと勝手に落ちてきたフォーリア。あんなに容易い女は初めて見たというのに、誰をあてがっても落ちてくれないとは、これ如何に。


「本当よ。好きな人だって今まで一人だけだし。恋人もいたことない。……あ、でも! 最近好きな人が出来たって言ってて」

「……あー、そう……」

「ワンス・ワンディングって知ってる? 伯爵家の嫡男なんだけど」

「うん、まあ知ってはいるけど」


 ―― 俺だよ……ははは


「ホント!? どんな人? 伯爵家嫡男ってことはフォーリアとは、どうにもならないのかなぁ」

「あー、うん、そうだな。かなり難しいと思う」


 ワンスは、うんうんと深く頷いた。


「なんで!? フォースタ家を途絶えさせて、ワンディング家に嫁入りしてもよくない!?」

「うーん、そういう問題とは、少ーし違うような気がしている」 


 ワンスは、深く首を傾げた。


「なによ、歯切れが悪いわねぇ。うーん、いっそのことフォーリアのお父さんに後妻をあてがって、弟を作らせる方が早いかしら……いや、それだとニルドがフォーリアに求婚しちゃうわね」

「お前すげぇこと思い付くな、ちょっと引くわ」


 そこで、ワンスがフォーリアをチラッと見ると、詐欺師に大分やりこめられている様子で、オロオロとしていた。あと少しでサインをするか、あるいは泣き出すか、といった状況だった。


 ワンスは一つため息をして、ミスリーに「俺はカフェに戻るからな」と告げた。


「え、ちょっと! 契約するまで待ってよ」

「……あのなぁ、フォースタ家に金はないぞ?」

「フォーリアには2,000ルド残ってるはずよ。それを奪ったら、一切なにもしない。フォーリアのことは……私だって好きなのよ。姉妹みたいに思ってる。ただ、ニルドの本命ってのが気に入らないだけ。没落も待ったなしだしね。もう手を引くわ」

「ほう?」

「元々は10,000ルドだったけど、残り2,000! 絶対!」

「やけにこだわるな」 

「あの10,000ルドはね、ニルドが誕生日プレゼントとか言ってフォーリアにあげたお金なの! 絶対許せない、根こそぎ奪い取ってやる……!!」


 鬼のような形相でカフェの方向を睨むミスリーに、ワンスは少しゾッとした。ミスリーのお気に入りがニルドであることは知っていたが、ここまで執着してるとは思っていなかったのだ。

 

 ―― それにしても、誕生日プレゼントに10,000ルド? すげぇ入れ込みようだな


 宝石でも何でもあげることは出来ただろうに、フォーリアが一番必要な現金を選んだのだろう。きっと男としては、苦渋の選択だったに違いない。


 そんなプレゼントを惜しげもなく、どこぞの男ワンスに渡されてしまったニルド。なんとも可哀想である。こうなるとプレゼントは現金じゃない方が良かったのでは。


 ―― どれくらい稼げるもんか試してみるか


 ニルドに限らず、フォーリアのあの容姿を利用して稼ぐことも出来るかもしれないと、ワンスは思った。


「ま、お前はお前で勝手にやればぁ? 俺の知ったことじゃねぇしな。2,000ルド、奪えるといいな? じゃあな」


 手をヒラヒラしながら踵を返すワンスの背中を、「ちっ!!」と大きな舌打ちの音が見送ってくれた。



 


 

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