ハンドレッドの案内で青い屋根の家に着くと、ニルドがハンドレッドの鞄の中から鍵束を出した。
「何色の鍵だ?」
「シルバーの小さめの鍵」
ニルドがカチャカチャと鍵束から鍵を選んで、玄関のドアの鍵穴に差し込もうとした。
「ん? 鍵が開いてる」
ニルドの一言で、ハンドレッドは『はーーぁ』と深くため息を漏らした。ハンドレッドは初めてと言っても良い、騙される側に立っているのだ。彼のメンタルは乱高下、割とボロボロである。
「中に入る、警戒を怠るな」
先に中を確認した騎士団兵からの報告を受け、残党がいないことを確認した第一騎士団長の掛け声で、ハンドレッドを囲みつつ騎士団兵は青い屋根の家の中に入っていった。
「まずは証拠の提供からだ。場所は?」
「金庫室……いや、たぶん右奥の書斎スペースだろうなぁ。どうぞご自由に」
やけっぱちである。朝、ここから逃げ出す際に全部の証拠を金庫室に置いて逃げてきたが、どうせ鍵は複製されているのだろう。ならば、証拠書類は綺麗に整頓されて書斎スペースにまとめて置いてあるに決まっている。なぜ分かるのかと言えば、ハンドレッドならそうするからだ。
書斎スペースに行ってみると、やはりキチンと揃えられてデスクの上に置いてあった。
「これか?」
「あぁ……これで全部かどうか少し見ても?」
「いいだろう」
ニルドがテーブルに広げるように資料を並べると、やはり抜き取られているものがあった。ワングから貰った国庫輸送の資料、ワングと交わした借用書類、そしてワングからの手紙だ。
「……ははは」
乾いた笑いしか出なかった。ははは。
―― ん? 待てよ、ダッグ・ダグラスからゲットした国庫輸送のメモやニルド・ニルヴァンの調査報告書もない……何か関係があるのか?
ハンドレッドは目の前にいるニルドを少し観察したが、ここで問い質してもニルドが答えるわけもない。
「……次に本丸の金庫室だ。寝室の隠し扉に金庫室がある」
「分かった」
そうして金庫室にいくと、ニルドはハンドレッドからの指示で鍵束から金色の鍵を選んだ。カチャカチャと鍵穴に差し込んでみるが、回らない。
「鍵が違うみたいだが」
「……見せてみろ」
ハンドレッドは鍵をじーっと見て「違う……」と一言呟いた。
―― すり替えられてる。あーー! あのとき渡した。ワングに渡した!
ハンドレッドは全く気付かなかった自分に驚いた。いや、むしろ相手のスキルに驚いたと言うべきか。あのとき、確かに金庫室の鍵をワングは掛けていた。それはハンドレッドが確認した。ということは、ハンドレッドの目の前で鍵を掛け、一瞬で鍵をすり替えてハンドレッドに模造品の鍵束を返したということだ。驚くべきスキルだ。
ハンドレッドはてっきり『一度見たものを寸分の狂いもなく複製できる超記憶能力者』の協力を得て鍵を複製したのかと思っていた。複製などされていなかったのだ。
その瞬間、ハンドレッドは分かってしまった。
―― あ……そういうことか! 巨大金庫を私自身に開けさせるために!?
これまでワングがやってきたことは、全部その為だったのだ。北通りで鞄を奪わせたのも、走りゆく馬車に乗った女詐欺師に模造品の鍵束を持たせたのも、全てハンドレッド自身に巨大金庫を開けさせるためにやったことだったというわけだ。お抱え鍵屋は裏切ってなどいなかった、とんだ濡れ衣である。
「はーーーぁ。ニルド・ニルヴァン、金庫室の鍵は掛かってないんじゃないか?」
ハンドレッドが諦めたように言うと、ニルドは不思議そうな顔をしながらグッと力をかけて押してみると、ギーィと音を立てて開いたではないか。
そして、金庫室の中は。
「空っぽ……ははは」
朝、巨大金庫は開けっ放しで出てきてしまった。時間がないからと、金庫室の鍵しかかけなかった。勿論、宝石類は全部キレイさっぱりなくなっていた。
―― 口約束もお約束ってことか
ハンドレッドはあのときワングに言ってしまったのだ。全部あげると、テキトーに約束をした。彼はその約束をキッチリと履行したというわけだ。突然『全部欲しい』なんて妙なことを言い出したとは思ったが、あの口約束は絶対に必要なことだったのだろう。だって、彼は詐欺師であって、泥棒ではないのだから。
ハンドレッドはワングの正体が知りたくてたまらなかった。絶対の自信があったのだ、誰のことも騙せるし、誰にも騙されないという絶対の自信が。それにも関わらず、まんまと全て空っぽになるまでやられた。どうしても正体が知りたかった。
「ニルド・ニルヴァン、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「三ヶ月前、北通りで物盗りを捕まえたという濃紺の髪の男と話をしていただろう? あの男とはどういう関係だ?」
「濃紺……あぁ、あれは知り合いだ」
「名前を教えてくれ」
ハンドレッドが真剣な目でそういうと、ニルドは少し迷ったように視線を彷徨わせてから、小さく息を吐いた。
「エース・エスタインだ」
「……は!? エース? あのエース・エスタイン? あの男が!?」
ハンドレッドは度肝を抜かれた。まさかここでそんなビッグネームが出てくるとは思わなかったからだ。高位貴族には超がつくほどの有名人。興した事業は全てヒット。今では一種のブランド化している、超切れ者と噂の男。
となると、騎士団長が秘匿したハンドレッドの国庫輸送詐取計画の情報提供者もエスタインで間違いないだろう。
―― エスタインと言えばノーブルマッチ……。やっぱりミリーもか!!
「うっわー……やられた」
ハンドレッドは縛られたまま床に膝を突いてしまった。朝、カフェで鍵屋とミリーが一緒にいた時点で予想はしていたが、やはりそうだったのか。余程ショックなのだろう、ハンドレッドはしばらく固まって泣いてるのかな?ってくらいには俯いていた。罪作りな女である。
ハンドレッドの目の前にいる金髪男が、ミリーの大本命であるというこの因果。お互いに知らないこととは言え、何とも言えない味わいがある。
「おい、ハンドレッド? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……ツラい」
―― それにしても、なぜエスタイン自らが出てきたんだ?
エスタインにここまでやる動機があるのだろうか。ハンドレッドはエスタインの琴線に触れた記憶が全く無く、不可思議でしかなかった。何なら北通りで物盗りを捕縛したときが初対面のはずだ。
エース・エスタインといえば平民出身でありながら、その多才さでヒエラルキーを上り詰めた人物である。しかし、殆ど誰も会ったこともなければ見たこともない。エース・エスタインがオーナーの店で働く従業員でさえ、会ったこともないという。
そんな不思議な男が、どうしてハンドレッドに詐欺対決を仕掛けてきたのか。心当たりは何もなかった。
「ん?」
ガックリとしゃがんだまま視線を滑らせると、ふと部屋の隅にトランクケースが一つだけ残っているのが見えた。
「そのトランクケース、開けて見せてもらってもいいか?」
ハンドレッドがそう言うと、ニルドは一つ頷いてトランクケースを開けた。
「中身は…二十万ルド。財産はこれだけか?」
「二十万ルド…借金はキチンと返しましたよってことか。笑えるな、律儀なことで」
ハンドレッドが「ははは」と乾いた笑いを連発していると、騎士団長が不機嫌そうに問い質した。
「他の金はどうした? お前には詐欺被害者への返金義務がある」
「ああ、他の金は全部エー……」
そのとき慌てたようにバタバタと金庫室に入ってくる騎士団兵が一人。その慌ただしさにハンドレッドの言葉は遮られた。
「ご報告いたします!」
「どうした? 何かあったのか」
「本日昼前にレッド・ハンドレッドの名義で王都中の孤児院に寄付がされていました! その額、七百万ルドです!」
「「「七百万ルド!?!」」」
金庫室にいた全員が声を出して驚いていた。全員である、全員。寄付をした名義人であるハンドレッドでさえ驚いていたのだから、本当に驚きである。
「ハンドレッド……お前、まさか……そういうことだったのか……?」
「え?」
「ここにあった金を全て寄付したというのか……」
「は?」
騎士団長は目を潤ませながら、手で口元を覆った。どえらい感動している様子である。他の騎士団兵も「こいつ……」「何だよ、粋なことしやがって!」「義賊ってやつだな」「国庫輸送も寄付目的か?」「まじかっけーっす!」とか言い始めてるではないか! みんな美談が大好きだな。
「待て待て待て……私ではない」
思考が追いつかないと言った様子でハンドレッドがぽつりと呟くと、騎士団長は「粋なやつだな、そういうことにしておいてやるよ!」とウインク一つで返事された。
―― え? え? なにこの展開??
ハンドレッドは困惑した。七百万ルドといえば、ここに置いてあった金の半分の額だ。ちょうど半分。ピッタリと半分。もう半分は確実に盗られているわけだが、それをこの場で告げて良いものか……。
そうなのだ。ハンドレッドは賞賛に弱かった。他人からの羨望の眼差し、賞賛絶賛、拍手喝采、そういうものが大好物であった。
先程まで虫けらかゴミ溜めを見るような目でハンドレッドを見下していた騎士団兵たちが、孤児院に超多額の寄付があったことを知った途端、崇めるような賞賛の目に変わった。
正直に言おう。最高に気持ちが良かった!!
かと言って『私が孤児院に寄付しました!』なんて大手を振って言える訳もなかった。この国のどこかで濃紺の髪の男がほくそ笑んでいるかと思うと、エスタインの威を借りているようで我慢ならなかった。
かと言って、これを否定して『自分はエース・エスタインに騙されて財産を失いました~。奴を捕まえてください!』なんてカッコ悪いことも言えやしない。孤児院に寄付をしたという美しいニュースはすぐに王都中を駆け回るだろう。それを否定するならば、エスタインに負けたと王都中に言いふらすようなものだ。そして賞賛はエスタインのものとなる。
なんてこった! 否定も肯定もできやしない! この七百万ルド寄付分の賞賛が、ハンドレッドへの口止め料というわけだ。
―― 口を噤んでおこう……
そうやってハンドレッドは全てを黙秘した。
それでは、ここでプロローグに戻ろう。
半年に一度の国庫輸送の日。
ある男が騎士団に捕縛されたというニュースが、王都中を駆け巡った。その男は詐欺師。稀代の詐欺師として、界隈では有名だった。
騙されていた人々は歓喜し、金を返せと騎士団に詰め寄った。しかし、騎士団が捜索したところ、驚くことに詐欺師の財産はほとんど無かったのだ。人々は怒り狂った。我らの金をどこにやったのかと。
時を同じくして、もう一つのニュースが報じられた。王都中の孤児院に多額の寄付があったというのだ。
その二つのニュースによって、とある噂が流れ始める。彼は義賊で、詐欺で儲けた全額を孤児院に寄付したのではないか、と。
しかし詐欺師は口をつぐみ、何も言わなかった。
美学を持つ詐欺師への賞賛が、王都を包んだ。
果たして、その真相は。
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