「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

61話 甘くて爽やかな香り、合わせ技一本

公開日時: 2023年1月13日(金) 08:06
文字数:4,041



「ワンス様、来ました」

「うわ、まじ? 来ちゃったか、怖っ!」


 ワンスはやたら美味しいランチをご機嫌で食べた後、私室に戻って仕事をしようとしたが、そこで帰宅してきたテンに呼び止められ、事の次第を聞いた。さすがのワンスも背筋がヒヤリと凍った。


「茶髪に赤黒い目をした男は、郵便屋の格好をしていました。指示通りに、フォースタ家は没落して田舎へ引っ越したと伝えておきました」

「助かった。テン、ありがとう。フォースタ家監視の仕事は一旦完了。空き家は売らずに持っておく。しばらくは放置で」

「分かりました」


 ワンスは私室に戻るのを止めて、その足ですぐにキッチンに向かった。当事者であるフォーリアに知らせる必要があるからだ。




「るるる~♪ それは恋~♪ 騙されたってぇ~恋ぃ~♪」


 ワンスの凍った背中とは対照的な背中。キッチンでは鼻歌交じりに食器を洗っているフォーリアがいた。彼女は何も知らないから当然のことだが、年中無休で呑気なやつだな……なんて、ワンスは思ったりした。


 そして、そのまま三分くらいフォーリアの背中を黙ってじーっと見てから、歌の切りの良さそうなところで声をかける。


「どんなぁ~貴方でもぉ♪ 好きっ♪」

「フォーリア」

「あら? ワンス様、どうしました?」

「片付けありがとう」


 そう言いながら、ワンスは皿洗いをするフォーリアを後ろからギュッと抱きしめた。


「うぎゃ!!」

「……色気のねぇ声だな」


 声に色気はなくとも、香りにはそれがあった。柔らかい髪から甘い香りがふんわりと漂って、食器洗いの洗剤の香りと混ざって合わさった。甘い爽やかな香り、合わせ技一本。


「急に近いです! 予告をお願いします! お皿を落とすところでした」

「え、まさかの予告制? 色気の枯渇が大問題だな」

「あとくすぐったいです、ふふ」

「……はぁ、少し分け与えてやるか」


 脇腹付近にあるワンスの腕が落ち着かないらしく、フォーリアは小さく笑いながら身じろいでいた。泡のついた手ではどうにも出来ないのだろう、それを分かっているワンスはフォーリアのうなじに軽くキスをして、首筋、肩、鎖骨……と、分け与えるように何回も軽いキスを落とす。それを受け取ったフォーリアは、次第に「ん……」と声が甘くなってきて、少し身体を震わせた。


「……くすぐったい……ん」

「したい。今夜、いい?」


 もう色々と何でも言うことを聞かされているフォーリアだ、すぐに意味が分かったのだろう。白かったうなじが瞬く間に桃色に染まって、甘い香りが少し濃くなった気がした。分け与えは大成功。


「そんなこと……聞かないで、ください」

「予告制だろ?」


 二人の視線が絡まって、フォーリアの手についた泡が滑るようにストンと落ちていった。まだ手に少し残る泡をそのままに、二人はどちらからともなく自然にキスをする。予告無しで。


 少しずつ深くなるキスに、フォーリアが覚えたてのそれで一生懸命に応えるのを見て、ワンスはキスをしながらも少し笑って彼女の頭を撫でた。


「上手。……って違う。こんなことしてる場合じゃなかった」


 こんなことをし始めたのは貴方からでしょうに。ワンスは思い出したように「ハンドレッドのことなんだけど」と続けた。


「……うん?」


 存分に分け与えすぎたのだろう。フォーリアはとろんとした熱っぽい目でワンスを見つめていた。ワンスは一瞬、視線を左から右に彷徨さまよわせた後に、その熱に応えるように、また唇を重ね始める。


 そうして何分くらいキスをし続けただろうか。水道の蛇口から水が垂れてポチャンと小さく音が立った。それを合図にワンスはキスを止めて、首を横に振った。


「……って違う違う。フォースタ邸にハンドレッドが来た」

「え!!?」


 ワンスの衝撃発言に、フォーリアは一気に顔面蒼白。分け与えてせっせと溜めた色気は、栓を抜かれて一気に枯渇した。もうカラッポ。一滴も残らなかった様子に、ワンスは少しだけガッカリしながらも真面目に話を続ける。


「今日の昼前のこと。郵便屋を装って訪問したらしい」

「お父様は!? 大変! 私、一度家に帰ります!」


 エプロン姿のまま慌ててキッチンを出ようとするフォーリアを「大丈夫」と止めて、ワンスは信じ込ませるようにじっと彼女の目を見た。


「夜会の日以降、フォースタ伯爵には軽く事情を説明して領地に行ってもらってる。フォースタ邸は現在、誰も住んでいない。だから大丈夫だ」

「え! そうだったんですか! はぁ~良かったです、ありがとうございます~!」


 夜会の日にワンスが出した手紙により、翌朝にはフォースタ伯爵は領地に引っ込んでいた。元々、金策に走り回っていた関係上、ハンドレッドとかち合う可能性は低かったが、やはり万が一のことを考えてワンスはそうさせていた。


 ちなみにフォースタ伯爵は現在、ワンス考案の『効率良く作物を育てる方法』を教えられ、領民と共に畑を耕して作物を育てている。そして、『才のない自分が金策に走るよりも、身体を動かして作物を育てた方が何倍も食うに困らない』と思い始めていた。領民ともめちゃくちゃ仲良しとのことだ。事が片付いた後、王都に帰ってくるのだろうか……。別の意味で心配である。



「万が一を想定しておいて命拾いした」

「ワンス様のおかげです、ありがとうございます」


 ワンスは『そもそもに俺の読み間違えが原因なんだけど』と思ったが、思うだけに留めた。こういうところがズルい。


「というわけだから、フォーリアは事が片付くまでは、これまで通りワンディング家にいること」

「はい! お世話になります」

「俺はこれから少し出掛けてくるから、何かあったらテンかハチを頼って」

「はい。夕食はどうしますか?」

「家で食べる」


 食い気味に即答である。どんだけフォーリアの料理スキルが高いのかと。


「行ってくる」

「お気をつけていってらっしゃいませ」


 ワンスはチュッと軽くキスをして、キッチンを出た。……あれ、新婚なのかな?


 勿論、夜は色々と何でも言うことを聞いてもらって、気持ち良く……ではなく、心地良く一緒に寝た。







 そして、翌日の夜。



 ―― おじゃましまーす



 ミリーとハンドレッドが最後のマッチをしている間(cf.60話)、ワンスはまたもや青い屋根の家に遊びに来ていた。今回は金庫のためではない。割と、正義を背負った理由のためだ。


 ワンスは前回と同様に細心の注意を払って記憶をしながら、ハンドレッドの家に侵入した。今回は寝室には寄らずに、書斎スペースをじっくりと味わうつもりだ。


 書斎のデスクの上は綺麗に片付けられていた。ワンスもそうだが、働き者の詐欺師は大抵綺麗好きである。こうやって空き巣に入られでもしたら大変だからね。


 ワンスは書斎スペースをグルリと見渡して、やはりここだろうとデスクサイドの鍵付きの引き出しに狙いを定めた。どうして『ここ』だと思ったかと言えば、ワンスならそうするからだ。


 ワンスとハンドレッドは同じ生き物詐欺師だ。ハンドレッドは、鏡に映したワンス自身。自分ならどうするかを考えるだけで、大体のことは正解に辿り着く。職業上の性格として違うのは、美学くらいだろうか。


 そして、前回同様に手入れされたピッキング道具を広げて、カチャカチャと音を立てること五秒。秒殺で鍵を開けた。手慣れすぎていて怖い。引き出しの中を覗くと、一番上に手紙が置いてあった。


 ―― お、ワングからの手紙じゃん。読んでくれて嬉しいなぁ。縦読み気付いたかなぁ


 悪戯っ子のワンスは書類の一枚一枚、重なり方や方向を覚えながら、その内容を記憶に収めていった。全く便利な頭脳だ。


 ―― ふーん、馬車を丸ごとすり替え作戦か。派手好きだなぁ


 富に加えて名声が大好物のハンドレッドの考えそうなことだと、ワンスは彼の顔を思い浮かべながら、うんうんと暗い闇の中で頷く。自分ならどうやって国庫輸送を詐取するかな~、なんて考えてみたり。


 そして、また何枚か手早く記憶していくと、そこでピタリと手が止まる。止まった手は、珍しく少しだけ震えていた。


 ―― 『フォーリア・フォースタ』……これか


 昨日、ハンドレッドはフォースタ家に来ていた。奴は彼女に行き着いていたのだ。ニルドを深く調べたのだろう、たった一文だけであったが、確かにフォーリアの名前がそこに載っていた。その一文だけで、ワンスの目の色を暗くするには十分だった。



 今日、青い屋根の家に来たのは、ハンドレッドの『国庫輸送詐取さしゅ計画』を調べるためだ。先日、ワンスがここに入った際、ハンドレッドは大切な資産を盗られることを少しは恐れたはず。ワンスはそう踏んでいた。となると、最も時間を費やす国庫輸送詐取の計画書類は他の住処ではなく、この青い屋根の家に移動させるはずだと。


 予想は的中。先日はなかった国庫輸送の計画資料がわんさか出てきたというわけだ。


 しかし、もう一方の予想は外れた。まさか本当にフォーリアまで辿り着くとは、ワンスは思っていなかった。これは真実として、本当に思っていなかった。


 だが、一度読み間違えたことでワンスは慎重になっていた。そのおかげで事前に購入しておいた空き家にテンとハチを張り付かせ、ハンドレッドに偽情報を流すことに成功したのだ。


 本来、ワンスは効率を重んじる。失敗を恐れすぎてあれやこれや無駄に準備するよりも、要所に力を注いで、もし失敗したならばリカバリーすれば良いというのが彼のスタンスだ。だから、普段であればこんな手回しはしない。念には念を入れておいて助かった。


 テンによって流された偽情報によって、幸運なことにフォーリアが女詐欺師とは断定されなかった。ニルドの報告書におけるフォーリアの記載もたった一文、オマケ情報のような扱いだ。このままスルーしても大丈夫だろう。


 だが、ワンスはもう既に決めていた。昨夜、隣で眠る彼女の寝顔を見て、決めていた。


 少し暗くなった目と冴え渡った頭脳で、ひたすら資料を記憶していく。ハンドレッドをえぐるように、奴の頭の中全てを自分の頭に詰め込むように、ひたすらページを捲り続けた。

 

 これら全てを、騎士団にリークするために。


 国庫輸送まで、あと七日。








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