―― よし! きたきた! ワンスの読み通り!!
非番の騎士を装ったワンスが、ハンドレッドと別れた、ちょうどその頃。ファイブルは路地裏の建物の中、二階の窓からオペラグラス片手に様子を見ていた。慌ててやってくるハンドレッドに気付かれないよう、室内の壁に張り付いて様子をうかがっていたのだ。
ハンドレッドは普通の男だった。茶髪に少し赤みがかった黒色の瞳。背丈も普通。特徴のない顔。没個性の塊みたいな男だ。詐欺師は顔が良い方が有利であるが、没個性というのも強みになる。
ワンスは人を虜にするような妖艶さを持っているが、それは一度認識されたら忘れては貰えない顔であるということだ。別人になりすますことは難しい。
一方で、ハンドレッドは一度だけでは覚えられないような、思い浮かべようとしてもイマイチ顔が思い出せないような、そんな男だった。別人になりすますことも容易だろう。
ファイブルはそんなことを考えながら、茶髪の後頭部をチラリと観察。そして、ハンドレッドが鞄に手をかけたところで気付かれないように、にょきっと顔を出した。
―― 鞄の鍵ナンバーは三桁……? あー見えない、まぁいっか
ファイブルとしては鞄の鍵ナンバーを知ることも重要だと思っていたが、ワンスからの指示は『鞄の中に鍵が入っているか』と『鍵の本数と色や形』を確認するというものだった。
ファイブルがこっそりと見ていると、ハンドレッドはやたら一本の鍵をじっと見ていた。すり替えられていないか細かく確認しているのだろう。ファイブルはその金色の鍵をじっと見て、なるべく記憶した。
これがワンスならば寸分の狂いもなく記憶することが出来るのだろうが、ワンスはおあいにく様、最も重要な役割を担っているところだ。
そうして確認を終えたハンドレッドは、濃紺の髪・非番の騎士に扮したワンスに向かって、「バーン」と指鉄砲で狙いを定めていたようだった。
―― お、第一段階は突破かな?
ファイブルはニヤリと笑って、窓からそっと離れた。そして、建物の入り口付近に隠れていた二人のレディと合流する。
「よ! 姫さん方々、お待たせ! 読み通りこっちにきたよ」
「こっちも一応スタンバイしてたのに~」
「ミスリー、鞄の傷付けは?」
「バッチリ任務完了!」
ミスリーがサムズアップで答えると、隣にいたフォーリアも慌ててサムズアップをしていた。フォーリアはただ歩いてニルドに会って、それからこの建物に来ただけだから、何が何だかよく分かっていないのだろう。
「よし、じゃあフォースタさん家に戻ろうか。ニルドは戻らないだろうから、三人でワンスの帰りを待とう」
ニルドは今頃、本物の泥棒男を騎士団に連行しているところだろう。もちろん、ワンスが言葉巧みに誘導して、ならず者にハンドレッドの鞄を泥棒させたわけだけどね。
ちなみに、ワンスからニルドへの指示は『美人を保護したと言って、多くは語らずに、ワンスが捕らえた本物の泥棒を騎士団に連行すること』だけであった。ただ職務を全うしているだけのニルドは、フォーリア同様に何が何だか分からなかったはずだ。しかし、悪いことをしているわけではないから、咎めることもできない。
そう。ワンスの計画の要はここにあった。ニルド・ニルヴァンという騎士団でも有名株である麗しい騎士を、あたかも『同僚』であるかのように扱うことで、ワンスを本物の騎士団兵だとハンドレッドに信じ込ませる。だから、ニルドは本職を全うしていればそれでいいのだ。
正直、この手札はジョーカー並に強い。ワンスはニルドの手綱を握ることに全力を掛けた。だから、ニルドにエース・エスタインの名前を告げたのだ。
そうして二時間ほど後、夜もかなり更けた頃にワンスはフォースタ邸に戻ってきた。
「悪い、遅くなった。どうだ? 鍵の状態は見えたか?」
「もちろん」
銀縁眼鏡をカチャリとかけ直しながらファイブルは自信満々にピースサインをしてみせた。ニルドが不在の今は、少し羽を伸ばせるのかな。
「ハンドレッドの鞄の中には詐欺師の商売道具が多数入ってた。一応、鞄の鍵ナンバーも見ようとしたけど、頭が二ってことしかわかんなかった。で、肝心の鍵はこんな感じ。鍵は全部で八個だ」
書き起こしていた鍵束の絵と、ハンドレッドが最もじっくりと確認していた鍵の絵と、そのときの様子などの情報全てをワンスに渡す。
「さっすがファイブル、完璧じゃん! そしたら、この鍵束と鍵の絵で、同じようなものを二セット作っておいて」
「二セット…なるほど。了解~」
ファイブルは絵を折りたたんで、胸ポケットに仕舞いながらニヤリと笑った。大変ノリノリで楽しそうな男だ。
「ミスリーの方は?」
「言われた通り、ワンスが蹴り飛ばした方の鞄の鍵部分にキズは付けておいたわよ。で、鞄は看板の下に置いておいたわ。あれがハンドレッドの鞄よね?」
「よし、ミスリーもよくやった!」
「でもさー、俺が見てる分には、ヤツは鍵部分の傷なんて気にしてなかったぞ?」
「いいんだよ。いつかどこかで『鞄を開けられたかも』と思ってくれればいいんだから」
「おー、なるほど」
「えー!? わっかんない~!」
ミスリーは全貌が分からなくて歯痒いのだろう。ワンスはその様子を愉快そうに眺めるだけで何も言わなかった。
「フォーリアもさすがだな。ハンドレッドの油断を上手く誘った」
「? ただ歩いていただけです。よく分かりません……完全に置いてけぼりです……」
「あー……フォーリアはそれでいいんだよ、そのままでいい。あんよが上手上手」
ワンスが子供にやるようにフォーリアの頭を撫で撫ですると、フォーリアはちょっと不服そうだったが頬を染めている。
それを見たファイブルが『ちょろいな』とワンスに目配せすると、ワンスは深く頷いてくれた。もはや、ちょろいところがフォーリアの長所になりつつある。
さて。ワンスの計画の第一段階は、本物の騎士団兵としてハンドレッドに近付き、彼の『手駒』になることだ。
そのために、もう一度騎士団兵らしい振る舞いや相手の伸し方を復習して鍛え直した。
ワンスは元々身体を動かすことが嫌いであった。身体を動かすくらいなら頭を動かした方が何倍も効率的に事が運ぶからだ。これまで鍛えていたのは逃げ足の速さがメインであったが、金を得るために必要なことであればやり切るのがワンスなのだ。そして、ニルドも認める騎士団兵ぶりを身に付けた。
「さて、次は北通りの紳士クラブだな」
ハンドレッドが見破るか、それともワンスが騙し切るか。詐欺師の直接対決まで、後少し。
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