「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

60話 大切なものは一つも手の中に残してはいられない

公開日時: 2023年1月9日(月) 14:53
文字数:3,652



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親愛なる友、レッドへ


 やっほー! 元気してる? 俺は元気!


 この前言われたファイザック商会の跡取り息子のことだけど、ちゃんと会えたよ! めっちゃいいやつだった! 相変わらずアップルパイは好きみたいだったよ。


 さり気なくニルヴァンのことを聞いたけど、最近は呼び出しがないから分からないって。でも、買い物の注文は手紙で来るらしく、ここ最近買ったものを教えて貰ったよ! 何かの役に立つかな?


【ニルヴァンの買い物メモ】

・革靴

・ネクタイ

・針金の束

・椅子

・たくさんのトランクケース

・ダイヤモンドのネックレス

・クロスボウ


 もうすぐ国庫輸送で警備が忙しいんだ。国庫輸送の後にまた会おうな! 犯人が捕まりますように!!


親友・ワングより


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「クロスボウ……力ずくで奪う作戦か?」


 国庫輸送まで、あと八日。午前中のまだ早い時間。レッド・ハンドレッドは青い屋根の家で、ワングからの手紙を読んでいた。読み終えると、机一面に広げられた国庫輸送の計画書の上に、無造作に手紙を置く。


 ハンドレッドの詐取計画は、国庫輸送で使われる数台の馬車を丸ごとすり替えるというものだ。


 ワングから得た情報によると、チェックポイントのうち王都と南の領地の間にある大きな森。この森の道中で、一つだけチェックポイントが設けられていた。


 チェックポイントでは、馬の入れ替えや騎士団兵の入れ替えが行われる。本来ならば敵襲を防ぐためにひらけた場所がチェックポイントとして選ばれるのだが、南側と王都の間にある森は大きく、通り抜けるのに長時間かかる。どうしても森のどこかでチェックポイントを設ける必要があるのだ。


 勿論、森を迂回するルートも多数あるのだが、今回は森を突っ切るルートが騎士団長の素案として提出されていた。ミリーから得た情報と併せると、この素案がそのまま承認された可能性が非常に高い。


「輸送金額からしても、ワングの資料通り馬車の台数は四台で間違いなし。騎士団兵の人数は四十二人。馬、制服、剣等の小道具、偽造許可証、偽造身分証。全て森のチェックポイントの三キロメートル手前で手配済み。逃走ルートも確保済み、と……」


 すり替えるもの全てを準備し、ここ数日は当日の逃走ルートを確保・確認をしていた。何回か現地にも赴いて入念に下調べも行った。うん、準備万端だ。


「唯一の懸念は、あの女詐欺師……か」


 やつらがどこで仕掛けてくるのか。強奪計画なのであれば、敢えてチェックポイントを外し、輸送馬車が森に入ってすぐを狙う可能性もある。そうするとハンドレッドが盗る前に盗られてしまう。


「しかし、報告によるとニルド・ニルヴァンに不審な動きはない。うーん、どういうことだ? 諦めたのか?」


 ハンドレッドは金で雇った人間を使って、ニルドを徹底マークしていた。しかし、その報告によると、普通に勤務して普通に家に帰り、何も怪しいこともなく生活していた。女詐欺師もオーランド侯爵の夜会以降、一度も見ていない。


 しかし、ニルド・ニルヴァンを調査した報告の中で、唯一気になる点があった。


「美人令嬢、フォーリア・フォースタねぇ……」


 『ニルドはフォースタ家に時折訪れており、フォースタ家には美人令嬢フォーリア・フォースタがいる』という報告があったのだ。報告書にはその一言だけで、全く有用な情報ではないオマケ程度として書かれていたが、ハンドレッドはそれが引っ掛かった。絵姿は確認できなかったが、調べてみるとどうやら相当な美人との噂。『美人』という情報がとにかく気になった。あ、よこしまな意味ではなく、女詐欺師と同じく『美人』だからだ。


 そして、フォースタと言えば、ダッグ・ダグラスを使って仕掛けた被害者加害者連動詐欺の終着点だ。ハンドレッドはそれを把握していた。自分に恨みのある人間が復讐をしようとしている、そんな気がした。


「同一人物か? ……うーん、フォースタか。行ってみるか」


 そう言うと、ハンドレッドはクローゼットの中から郵便屋の制服を取り出し、鞄と共にそれを持って家を出た。途中で、その制服に着替えて足早に向かった先は。



 コンコンコンコン。

 コンコンコンコン。



「フォースタ様ー? 郵便でーす」


 フォースタ家のドアノッカーを鳴らして、何回か呼びかけても一切返事はない。ハンドレッドは庭の方へグルリと回って確認するが、庭は手入れがされていない様子。


 ―― 誰も住んでない?


 窓ガラスは埃をかぶっていたし、窓から覗く限り人の気配は感じない。ハンドレッドの情報では、フォースタ家は全財産を失ってしまい、没落寸前だという。もしやに、もうすでに没落してしまったのだろうか。


 夜会の女詐欺師の様子からすると、とても没落してしまった貴族令嬢とは思えなかった。あの女は真新しいドレスに身を包み、憎らしいほどに綺麗に飾られていた。女詐欺師とフォーリア・フォースタは別人なのだろうか。

 しかし、勘が働いたという事実を、ハンドレッドは簡単に見過ごせなかった。


 玄関前でしばらく思案していると、向かいの家から人が出て来た。ハンドレッドは郵便屋の制帽を少し目深に被り、向かいの住人を追いかけた。詐欺師は色んな顔を持つ。人好きのする笑顔を貼り付け、働き者の善良たる郵便屋の顔をして話かける。


「すみません、少々お伺いしても宜しいでしょうか?」

「はい、なにか?」

「お向かいのフォースタ様宛ての郵便があるのですが、住んでおられる気配がなくて……ご存知ですか?」

「向かいの伯爵家の方なら、没落して田舎に引っ越しましたよ。もう一ヶ月は前ですよ」

「……そうですか」

「もういいですか?」

「ええ、ありがとうございます」


 向かいに住む黒髪の背の高い男は、軽く会釈をしてスタスタと歩いて行ってしまった。無愛想な男だが、言い切るところを見るに確実な情報なのだろう。



 ―― フォーリア・フォースタとは別人か


 自分の仕掛けた詐欺ので、また一つ人の善い貴族が潰れてしまった。大変申し訳ない気持ちでいっぱいになったハンドレッドは、帽子を取ってフォースタ家に深々とお辞儀をする。その顔は、愉悦と快楽が混じり合った、働き者の邪悪な詐欺師の顔だった。詐欺師は色んな顔を持つ。





 そして、翌日の夜。

 

 国庫輸送まで、あと七日。その日、ハンドレッドは少しだけ憂いを背負っていた。大仕事が控えているため、ノーブルマッチでの逢瀬も出来なくなるからだ。大仕事前の最後にと、国庫輸送の七日前のこの日。ハンドレッドはミリーと会っていた。


「やあ、ミリー」

「こんばんは、レド! 会いたかった~」


 相変わらずの可愛らしさで、ミリーは疲れたハンドレッドを完璧に癒してくれた。最近では、ミリーと会うこの時間が楽しみだと言い切れるほどに、正直言って結構ハマっていた。


 だから、ハンドレッドは少しだけ寂しくなった。


 いつも通り、ここには書けないあれやこれやが行われた後、ハンドレッドは心底残念そうに、そして名残惜しい気持ちを吐露するように、ミリーに告げる。


「実は、しばらく仕事が忙しくて会えなくなりそうなんだ」

「え! うそ、やだ!」


 ハンドレッドの言葉に、ミリーは嫌がるように駄々をこねた。ハンドレッドは、その駄々をこねる姿がものすごーく可愛く見えてしまい、国庫輸送を詐取する計画なんて止めちゃおうかな~なんて考えたりもした。考えただけだけど。


「仕事ってなに? いつまで? またマッチはできるの?? ノーブルマッチ辞めないよね?」


 焦るように矢継ぎ早に質問をするミリーに、ハンドレッドは心中有頂天だった。しかし、そこは詐欺師。何でもないように小さく微笑んで「わからない」と言って続けた。


「しばらく王都を離れるんだ。仕事が片付いたら戻ってくるとは思うけれど、何時とは約束できない」

「え……そんな……」

「ミリー……」


 ミリーは瞳を潤ませて、寂しそうにシーツをギュッと握りしめていた。その握りしめた華奢な手が愛しくて、ハンドレッドはやっぱり少しだけ寂しくなった。


 ハンドレッドは、これから国を揺るがす大犯罪を犯す。成功しても失敗しても、どのみちしばらくは王都にはいられない。もしかしたら、一生。



 詐欺師とは、孤独で寂しい生き物だ。金も宝石もスリルも夢も全て簡単に手に入るのに、大切なものは一つも手の中に残してはいられない。いつもどちらか一方を選択させられ、そしていつも彼らは大切じゃない方金やスリルを取って生きていく。そういう生き物なのだ。人を騙して生きるごうとは、そういうものだ。


 ハンドレッドは、ミリーの赤混じりの黒髪をふわりと優しく撫でた。その優しい手には愛とか恋とかそういう大切なもの感情が、少しくらいはあったかもしれない。でも、それは選ばない。


「お別れだ、ミリー」


 でも、ミリーはハンドレッドの言葉を遮るように、首を小さく横に振って微笑んだ。


「ううん、またきっと会える。そんな気がする」


 ハンドレッドは「そうだといいな」と小さく呟いた。その顔は、寂しい気持ちと愛しい気持ちが混ざり合った、ただの孤独な男の顔だった。本当に、詐欺師は色んな顔を持つ。



 国庫輸送まで、あと七日。






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