「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

5話 ぜーんぶやってあげるから

公開日時: 2022年11月24日(木) 16:01
更新日時: 2022年11月25日(金) 08:49
文字数:4,264



「やあ、フォーリア」


 輝く淡い金色の髪。吸い込まれそうな青色の瞳。スラッとした長身、そして騎士として鍛え上げられた身体。女性の憧れが全部詰まっている社交界の王子様。それが2ルド・ニルヴァンだった。


「ニルド、いらっしゃい。ふふ、元気だった?」


 ニコッと微笑むフォーリアに、ニルドの胸はきゅんと鳴った。


 ―― うっわ! めっちゃ可愛い、好きすぎる!


 ニルドは女たらしの脳みそ下半身野郎だったが、その実、フォーリアにものすごーくピュアな片思いをしていた。


 出会いは、やっぱり八年前。ニルドが十二歳のときだった。どういう理由があったのかは知らないが、親に連れられてフォースタ家に来たのが始まり。


 一目見た瞬間に恋に落ちた。


 少しピンクがかった金色の髪、エメラルドみたいなキラキラした瞳。白くて触ったらスルリと滑り落ちてしまいそうな肌。その白い肌に包まれたスタイルの良い身体。文句なしに可愛く、美人。それがフォーリア・フォースタだ。

 

 八年間、ずっとずっとニルドの大本命に君臨し続けているのが彼女だった。


 ちなみに、ここまで全員が八年前に出会っていて、一目惚れをしている。何とも簡単なことだ。



「なぁ、フォーリア。フォースタ伯爵フォーリアの父親の詐欺の件、騎士団に通報しなくて本当にいいのか?」

「うん……お父様が自分がやるからって聞かなくて」


 先月、フォーリアの父親であるフォラン・フォースタ伯爵が詐欺の被害に遭っていた。金を騙し取った犯人は、フォースタ伯爵の昔からの友人だった。

 騎士団に通報すれば金は戻るが、旧知の友人が逮捕されてしまうだろう。フォースタ伯爵は、通報せずにどうにか解決しようとしているのだ。


 一方、ニルドは友人として、フォーリアから相談を受けていた。ニルドがニルヴァン伯爵家嫡男かつ、第一騎士団の騎士団兵であったからだ。


 ニルドは通報することを勧めているし、本来ならば立場的に騎士団本体に黙っているわけにはいかない。しかし、フォースタ伯爵の気持ちをおもんばかると、なかなか強行手段には出られない。

 というか、正直なところ下手なことをしてフォーリアの父親に嫌われたくない。フォーリアが好きだからだ。


 ニルドは、フォーリアと結婚したかった。しかし、フォーリアはフォースタ家の一人娘。そして、ニルドはニルヴァン家の一人息子。二人が婚姻を結ぶ時は、どちらかの家が途絶えるという運命にあるのだ。


 この話を誰かが聞いたならば、悲恋だと思われるかもしれない。しかし、事実は異なる。

 恋愛的な意味で、ニルドはフォーリアにこれっぽっちも好かれていない。それが、彼女の態度から丸わかりであったのだ。面倒見の良い近所のお兄ちゃん的なポジションであることを、ニルドは自覚していた。

 これもまた、善良な人間からすれば、可哀想な境遇だと思われるかもしれない。だが、ここで事実を並べれば、彼は脳みそ下半身野郎である。



「騙し取った犯人の名前は分かったか?」


 ニルドがそっと問い質すと、フォーリアは首を横に振った。


「私がニルドに相談しているのを分かってるみたいで、お父様は教えてくれないの」

「そうか……本当はもっと協力したいんだが」

「ううん、ありがとう」

「そうだ! これお土産」


 これ以上、どうしようもないと判断したニルドは、重苦しいこの空気をどうにかしたくて手土産のお菓子をフォーリアに渡した。


「わぁ! ありがとう~」


 パァっと顔を輝かせるフォーリア。詐欺事件の話がサクッとお菓子に負けた。しかし、ニルドはそんなフォーリアも大好きだった。


 ―― ぁぁあああ! かわいいー! めっちゃ可愛い! なんだよ、なんでこんな可愛いんだ!! 今すぐキスして押し倒してどうにかしてやりたい! なんで俺は次男じゃないんだ! 親父の馬鹿野郎!!



 八年間、ずっとこんな感じである。しかし、一途とは言い難い。フォーリアが大本命であるにも関わらず、昔から女を取っ替え引っ替え。フォーリアが男と話そうものなら全力で阻止するくせに、実は陰で遊び倒しているのだから。


 そうしてこじらせた結果が、ノーブルマッチ捌け口の会員になるという最悪の結果に繋がるというわけだ。

 中でもミリーミスリーは特にお気に入りだった。甘え方が可愛らしく、相性も抜群。フォーリアでは補えない部分をミリーで補うという最低男だ。クズっぷりがとても清々しい。


 ちなみに、ミスリーとフォーリアが親友であることなど、ニルドは全く知らない。そして勿論だが、ミスリーとニルドのアレな関係のこともフォーリアは知らない。何とも微妙な状態である。



「あ、ねえねえ、ニルドに聞きたいことがあったの」


 お菓子を食べながら、あーだこーだ仲良くおしゃべりをしていたが、ニルドが紅茶のおかわりをお願いしたところで話題が変わった。


「ん? なに? 何でも答えるよ」


 ニルドは、それはもう嬉しくて彼女が可愛くて、やたらとニッコニコとしていた。大本命と過ごすこの時間が、彼にとって最も尊い幸せな時間なのだ。


「ワンス・ワンディング様って知ってる?」

「うーん? ワンディング伯爵家の人間か?」


 ―― あれ? なんか最近もどこかでワンディングのこと聞かれたような……あぁ、ミリーだ


「そうそう、この前ねぇ、詐欺に遭っちゃって」

「詐欺!? また!? どうしてそんなことに……はぁ」

「ごめんなさい、だって宝石が安かったんだもの…。安く買って高く売ればお金儲けできるかなって思ったの」


 上目遣いで謝る姿が可愛すぎて、ニルドはきょどきょどしながら「まったく、仕方ないな」とか言ってしまった。一番仕方がないやつは誰だろうか。


「いくら取られた? 生活に困っていないか? 何なら俺が……」

「あ! 違うの違うの! 結局ね、契約書にサインする寸前で助けてもらったの」

「へぇ、いい人がいたもんだな」

「そうなの! それがワンス・ワンディング様って方なの」


 そのとき、フォーリアの目がいつも以上にキラキラと輝いたのを、ニルドは見逃さなかった。


 ―― ワンス・ワンディングか……


 フォーリアは美人だ。だから、驚くほどモテていた。しかし、近付いてみると家がものすごく貧乏だし少し頭が足りていないので、本気で求婚はされていない様子であった。所謂、愛人枠というべきか。ちょっと粉をかける的な目的で異常にモテていたのだ。

 勿論、ニルドは我慢ならなかった。害虫駆除は彼のライフワークみたいなものだった。


「ワンス・ワンディング……。知らないな。そいつがどうかした?」

「え! ううん、どんな人なのかなーって思っただけなの~」

「ふーん、そう」


 ニルドは考えた。ここで放っておくと、考えなしのフォーリアのことだ。突っ走ってワンス・ワンディングとやらに、やたらめったら接触するだろう。それはとっっっても面白くない。


 自分のものにならないフォーリア。

 ならば、誰のものにもならなければいい。


 ーー に聞いてみるか


「フォーリアが気になるなら、友人に聞いてみるよ」

「ぇえ!? そんなの申し訳ないわ。いいのいいの、ちょっと気になっただけだから」

「大丈夫。俺に任せて」


 ニルドはニコリと微笑んだ。


「ぜーんぶやってあげるからさ」


 フォーリアはちょっと戸惑う様子を見せながらも、「ありがとう」と言って微笑み返してくれた。


 ―― うぐ! 可愛い!! 好きだ!!


 しかし、今日もニルドの気持ちが伝わることはないのだ。どす黒いピュアな片思い、である。





 そして、この日の夕方、ニルドはニルヴァン家の屋敷にファイブルという男を呼び寄せた。


「遅いぞ、ファイブル」

「申し訳ございません、ニルド様。少し立て込んでおりまして、へえ」

「俺からの呼び出しは時間厳守だ」

「へえ、ニルド様。申し訳ございません」


 ニルドは、眉間に皺を寄せてソファに背を預けて座っていた。長い脚も腕も組んで、ものすごく踏ん反り返っていた。それにしても……このスタイルの良さには誰もが驚くことだろう。


「へえ、それで今日はどうされました?」


 ファイブルは相当急いで来たのだろうか、ずり落ちた眼鏡をサッと直していた。そして、少し皺になったジャケットをグイッと引っ張りながら、ニルドが座るソファの横に猫背で立っていた。少し屈んでお伺いをする姿は、まるで下っ端侍従のようだ。


 しかし、ファイブルは侍従ではない。彼は、国で一、二を争う大商会『ファイザック商会』の跡取り息子であった。商人は、顔が広く様々な情報を持っている。貴族と平民のちょうど境目、とても役立つのが商家の人間だ。

 

 そこでファイザック商会の上客であったニルドは、困ったことや面倒なことがあると、全部ファイブルに丸投げしていたのだ。ファイブルは、とても役に立つ男だから。

 買い物は勿論のこと、誰かへのプレゼント選びも、観劇のチケットを取るのも、レストランの店選びから予約も、そしてフォーリアへの手土産を用意するのも。二ルドは、いつもファイブルに命じる。全部、全部だ。


 そう。ノーブルマッチの会員になったのも、ファイブルの伝手だった。


 二ルドはファイブルを下僕だと思っている。上客だからなのか、ニルドが怖いからなのか、ニルヴァン伯爵家にすり寄りたいからなのか。何を頼んでも、どんなに態度を悪くしても、ファイブルがニルドに反抗することなど、一度たりともなかったからだ。眉の一つも動かさないで命令を聞くファイブルの姿に、二ルドもある種の信頼を寄せていた。


 どんなときもニルドに絶対服従の情けない男。それが二ルドの知るファイブ5ル・ファイザックなのだ。


「ファイブル。お前、ワンディング伯爵家を知ってるか?」

「ワンディング……へえ、取引がございますよ」

「そうか! ならば、ワンス・ワンディングってやつは知ってるか?」

「ワンディング伯爵家の跡取りですよ」

「嫡男か!」


 ―― 俺と同じ! フォーリアと婚姻は結べない!


 ニルドは、心底ホッとしてにやにやと笑ってしまった。どす黒いピュア片思い野郎という感じの笑いだった。とは言え、フォーリアの様子を思うと、このまま放っておくのも危険だ。


「ワンス・ワンディングとはどんな男だ? 風貌は? 年齢は? 身長は? 俺より顔はいいのか?」

「申し訳ありませんが、実際にお会いしたことはないんですよ」

「なんだよ使えないなぁ」


 ニルドは、あからさまにガッカリして、不満であった。不満そうな顔をしていても、やたら顔が良い。


「へえ、申し訳ございません。お調べしましょうか?」

「ああ、なるべく早くやれ」

「へえ、お任せ下さい」


 ニルヴァン家の豪華な調度品にシャンデリアの光が反射して、ファイブルの眼鏡を照らしていた。銀縁の眼鏡がやたらキラリと光ったことに、ニルドは全く気付かなかった。


「ぜーんぶやってあげますから、へえ」


 

 

 


初回なので五話まとめて投稿させて頂きました。


以降、毎日一話ずつ投稿していきます!

縁があってお読み頂いている方、ありがとうございます。

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