ダグラスから情報をゲットしたワンスは、鼻歌交じりの超ご機嫌で、フォースタ家へ戻った。コンコンコンと軽くドアノッカーを鳴らすと、髪の毛がずぶ濡れのフォーリアが出迎えてくれた。
「……なんで髪がずぶ濡れなんだ? ここだけ雨降った?」
「ワワワワワンス様ぁぁああ!」
そうやって叫ぶと、うわーん!と声をあげて泣きそうなレベルでフォーリアは顔を歪めた。ギリっギリ泣いてはなかったが、もう今にも涙がこぼれそうだった。
「あ、そういうこと? 感動の涙的なこと?」
「ちがいますぅーーー!! あのダグラスって人に触られたのが気持ち悪すぎてお風呂に入ってました!!」
「あ、そうなんだ。会話は聞いてたけど、見てなかった。お疲れ~」
「軽い! 軽いです!!」
「ははは! 上手くいって良かった良かった」
ワンスはやたら上機嫌だった。ターゲットがレッド・ハンドレッドだと分かり、想定よりも胸踊る展開にテンションが上がっていた。
「よよよよかった……? よかった? ワンス様ひどい! あんなことされたのに! ひどい!!」
「あー、はいはい。慰めればいいってことな、よしよしはいはい」
そんなおざなりな慰めは全く効かず、フォーリアが「ひどいひどい」とずっと呟く人形と化してしまった為、ワンスは面倒に思いながらも彼女をソファに座らせた。
「いやー、お前すげぇな。店先でダグラスを見事に引っ掛けたときは見直したわ」
そう言いながら、ふわふわの真新しいタオルと髪ブラシを洗面所から取ってきて、フォーリアの背後に立って髪を拭いてあげた。なぜタオルの場所を知っているのか、怖い男だ。
「ワワワワワンス様!?」
「んー? 頑張ったからご褒美タイム」
「ぇえ……? うそぉ……?」
フォーリアはデロデロに溶けて液体となり、髪についた雫と一緒にタオルに吸われていた。幸せの絶頂だ。頑張って良かったと、フォーリアは人生で初めて思っていたのだろう。噛み締めるように、タオルのふわふわに身をゆだねていた。頑張っても大抵報われない残念な人生だったからね……。
「さて、こんなもんだろ。うん、ツヤツヤ~♪」
ワンスは満足に頷いて、フォーリアの髪をサラリと撫でた。
「ワンス様、私、生きててよかったです幸せです……うぅ……」
「え、これだけで? とんだ不幸な人生だな」
温度差がすごい。
「は! そう言えば、上手くいったんですか? 私、ちゃんとできてました?」
フォーリアはダグラスに触られたことが強烈すぎて、カフェ以降の殆どの記憶を手放してしまっていたらしい。忘れるために相当な努力が必要なワンスからしたら、驚愕的な脳の作りだ。ある種の才能である。
「あー。うん……途中、茂みの中でずっこけたけど、概ね良好だった。よくやったと思う。何より持って生まれた才能だな。ここまで使い道があるとは思ってなかった」
フォーリアの前では大抵真顔のワンスが、ニコッと笑って褒める。フォーリアは目を瞬かせて、大きく丸い瞳をさらにまん丸にしていた。
「……ワンス様が、笑ってくれた」
彼女が物珍しそうにワンスを見てくるものだから、またニコッと笑って「ん? なに?」と返す。非常に珍しいご機嫌ワンスである。フォーリアは顔を真っ赤にして、感激で震えていた。
「さて、相手の詐欺師が分かったところで、今後のことを考えたい」
「はい!」
「……そうだよな、お前はどうすっかな」
「どうするって? まさかクビですか!? 仕事のパートナーになったんじゃないんですか!?」
「……あ、そうだった。そうだ、お前は俺が認めたパートナーだ」
ワンスが死んだ目でそういうと、フォーリアは嬉しそうに「やったぁ!」と両手を胸の前で小さく手を握って喜んでいた。パートナー認定、おめでとう。本当にお目出度いことで……。
ワンスは残念なフォーリアからそっと距離を取るように立ち上がり、壁掛けランプの中のロクソクに火を灯した。もう外が暗くなったからだ。ロクソクの場所も勿論把握してる。怖い男である。
そして部屋が少し明るくなってからフォーリアの顔を改めて見ると、頬が少し赤くなっていることに
気づいた。
「フォーリア、その頬どうした?」
ワンスはフォーリアに近付いて頬をまじまじと見ると、赤く小さな傷が出来ていた。上から化粧で隠したのだろう、近付いてやっと気付くレベルだったが。
すると、フォーリアがまた変な顔で泣くのを我慢し始めたではないか。「うぅ……」と小さく声を漏らして歯を食いしばっていた。変な顔を見て、ワンスはまた少しだけテンションが上がったけれど、フォーリアはそれに気付かずに話をしてきた。
「あのダグラスって人が、キスしてきたのでゴシゴシ洗ったんです! 思い出したら震えが……きもちわるい」
「ぇえ? キスだけで? ダグラスが可哀想になってくるな」
「何言ってるんですか? あのダグラスって人は最低な人間です。初対面の女性にほっぺにちゅーをするなど、悪のショーギョーです!」
「悪の所業な」
「はい、悪のショギョウです!」
そう言いながら、フォーリアはまたゴシゴシと手の甲で頬をこすり始めた。どんだけ嫌だったんだ。
―― ダグラスだとここまで嫌がるもんなのか。ってことは、髪にキスしていたニルヴァンは嫌われてはないってことだよな。これ、ワンチャンあるんじゃないか……?
ワンスは、フォーリアとニルド・ニルヴァンのことを考えていた。一人娘と一人息子。ニルドは諦めていたが、絶対に結ばれないというわけでもあるまい。法律や事例・判例に詳しいワンスは、その方法をいくらでも思い付いた。
―― だとすると、ミスリーが邪魔してくるか
あそこまでニルドに執着しているミスリーだ。ニルドの婚姻なんて易々と許すはずはない。
―― 上手く使えるか? 一つ間違えばバーン! ……破裂しそうだな
レッド・ハンドレッドをどうやって落とすか。ワンスの興味はそこに全て集約していた。そのために何をどうやって使って、かき回すか。
そこまで考えて、ゴシゴシゴシゴシと五月蝿いくらいにゴシゴシしているフォーリアをチラリと見た。ワンスも、さすがに少し不憫になってきた。
「もうやめとけよ、一級品の質が落ちたらどうすんだ」
「いいこと思い付きました。一度、皮を剥いで交換するのはどうですか? どこで出来るか知ってます? お医者様かしら……?」
「いやいや、馬鹿通り越して発想が怖ぇよ。そんなに? ダグラス可哀想すぎじゃね?」
「可哀想なのは私です」
「わかったわかった。ったく、仕方ねぇなぁ」
そう言って、ワンスはフォーリアのすぐ隣にドサッと面倒そうに座り、彼女の赤くなった頬に手を当てた。
「あー、さっきより赤くなってんじゃん……」
そう言いながら、そこにチュッとキスをした。
「……!!?」
「他は? 何された?」
「ナニトハ? ナンデスカ?」
フォーリアは訳が分からなくてカタコトの夢うつつ。意識は、ほぼなさそうだ。突然のほっぺにチューで、フォーリアの顔が真っ赤に染まった。すると、ゴシゴシ擦って赤くなってしまった部分は見事に消えて分からなくなった。まるで魔法のようだった。
「上書きすればいいだろ。他は何も無いならこれで終わりな」
「……ハッ! 待って! 抱きしめられました」
「ちっ、意識が戻るのが早くなってきたな」
そう言いながら、フォーリアを立ち上がらせて、今度はギュッと抱きしめた。フォーリアは天に召された。
ロクソクの火がゆらりと揺れて、一つになった影が床に揺らめいた。
「これでいいか?」
すると、フォーリアは「ハッ!」と言いながらまた瞬時に意識を取り戻した。なんと欲望に忠実なことだろう! そして、視線を右に少し逸らしながら、甘えるように自分の唇に人差し指をちょんと当てた。
「あの、キスもされましたぁ……」
「てめぇ、見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ」
ワンスはギロリと睨んで、ひくーいつめたーい声でフォーリアにそう言い放った。フォーリアは「ひ!」と小さく悲鳴をあげて一歩後ずさり怯えている。怖い男だ。
「ごごごごめんなさい! 出来心で! 本当は耳元で囁かれただけです」
「はぁ? それくらい許してやれよ」
「許せません。ほら! これ!!」
髪をかきあげて耳を見せられる。すると、そこには擦りすぎて傷だらけになった赤い耳があるじゃないか。ワンスはあまりの面倒さにガックリとして、そのままソファに座った。
「好きだよって言われました」
「はいはいスキダヨー」
「耳元で。気持ちをこめて。抱きしめながら。好きだよ、です」
「おい? おまえ、この前キスしてやって以降、調子乗ってんな……?」
ワンスは超面倒そうにしながら立ち上がって、フォーリアをもう一度抱きしめた。二人の体温が混ざり、じりじりと燃えるロクソクの火に当てられて、やたらと温かい。
彼女のサラサラの髪をそっと耳にかけるようにかきあげてあげると、耳はさっきよりもずっと真っ赤になっていた。彼女の耳にワンスの手が少し触れたとき、華奢な肩がビクッと小さく跳ねる。
その反応を見たワンスは、小馬鹿にするように小さく笑ってやった。そして、傷だらけの小さな赤い耳に唇をピタリとくっつけて、そっと囁く。
「愛してるよ、フォーリア」
そう言ってもう一度、ギュッと抱きしめた。三秒ほど抱きしめた後、身体を離すついでに唇に軽くキスをしてあげた。
ロクソクはドロリと溶けて、嬉しそうにゆらゆら揺れていた。
「はい、サービス終了」
意地悪そうにニヤリと笑ったワンスは、床にへたり込むフォーリアを見て「おまえ本当にちょろいな~」と言いながら楽しんだ。
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