【八年前・王都にて(続き)】
ドーナツ屋のアジトと思わしき家の窓から部屋の中を覗いたら、超近距離で窓越しに子供と目が合った。
「「うわっ!」」
思わずお互いに声を出して仰け反る。お互いに声が大きすぎたらしく、不運なことに「誰だ!?」と部屋の奥から野太い声が聞こえる。偽札作りの仲間が在宅中なのだろう、コツコツと足音がこちらに近付いてくるではないか。
「げ、やっべ」
部屋の中にいた眼鏡をかけた男の子は小さく舌打ちをした。それを見て、彼は敵ではなさそうだとワンスは瞬時に判断。あちらも同じように判断したのだろう、二人はガッチリと目を合わせて頷き合った。敵らしき人物の足音はすぐそこだ。今から逃げたとしても間に合わない。逃げたら確実に捕まる。ならば、全力で誤魔化すしかない!
ワンスは鞄からボールを取り出す。男の子はそれを見て窓を全開にする。息がぴったりだ!
さらに、ワンスは部屋の中にボールを転がして「ボールあったか~?」と大きめの声で叫んだ。
すると、犯人の靴の音が止まる。思惑通り、こちらの様子をうかがっているようだ。眼鏡の男の子はニヤッと笑ってから「あったあった!」と無邪気な声を出す。
「ボールあったぜー!」
「おいおい、勝手に入っちゃマズいって!」
「ちょっとだけだから大丈夫だよ、どうせ空き家だろ」
「早くいこーぜ!」
「あ、待てよ! トーマス!」
そう言いながら男の子は窓を越えて、スタッと空き地に着地。
「公園いって遊ぼーぜ!」
「おー!」
そんな子供らしい会話をしながら、二人はその場を離れてすぐに物陰に隠れる。数秒後、犯人らしき男が窓から外の様子をうかがって、窓を閉めていた。セーフだ。
「「ふーー」」
二人は同時に安堵の息を吐き、同時に睨み合う。三十秒ほど座り込んで睨み合った後、頭上を鳥が通過していった。
「「お前」」
鳥が合図だったのかな?というくらいに同時に声を出した。さっきから何をするんでも同時である。とうとうセリフまで重なってしまい、何だか気まずい。
その空気を察してか、眼鏡の男の子が「くっ……ふふ」と笑い始めたではないか。
「あはは! いやー、さっきのスリルあったな~! 助かったよ、ありがとな」
ニカッと笑ってそう言うものだから、ワンスは毒気を抜かれた。
「あぁ、うん。どういたしまして。驚かして悪かったな」
「お互い様だよ。ボールはたまたま持ってたのか?」
そう言いながら、男の子はワンスのボールを返してくれた。
「空き地と子供の組み合わせでボールがないのは変だろ。だから持ってきた」
「ふーん? なぁ、ハラ減ってない? 奢ってやるから一緒に何か食べようぜ」
ニヤリと笑ってオヤツタイムのお誘いをしてくる眼鏡の男の子。その銀縁眼鏡の奥の瞳はかなり楽しそうだった。男の子はサッと立ち上がって、まだしゃがみこんでいるワンスに手を差し伸べた。
「ファイブルだ。よろしくな~」
ワンスがファイブルの手を取ると、彼は手を握ってグイッと引っ張り上げてくれた。ワンスはフワッと身体が軽くなって、スッと立ち上がることができた。
「……ありがと、エース・エスタインだ。何食べる?」
ワンスがそう聞くと、ファイブルは「あはは! せーので食べたいものを言ってみる?」と笑ってウインクをした。どういう意味の笑いなのか分かってしまったワンスもニヤリと笑って返す。
「「せーの、ドーナツ!!」」
こうして親友の二人は出会った。八年前から息がぴったりだ。
ファイブルと共にドーナツ屋に行くと、お店は驚くほどに大盛況。偽札で生計を立てるよりドーナツ屋に専念した方がいいのでは、とワンスは思った。
二人がドーナツ屋の列に加わると、五人前くらいに金色の髪の女の子が並んでいた。ワンスがぼんやりとその後ろ姿を眺めていると、ファイブルは不思議そうにしながら「何かあった?」と聞いてきた。ワンスは頭をブンブンと振って「何でもない」とだけ答えた。
ドーナツを購入した二人は、子供らしく公園で遊ぶことにした。
「ほらみろよ、今日もおつり三枚全部偽札だ」
「……ほんとだ。もぐもぐ」
「へぇ、ファイブルも見てすぐわかんの?」
「ごっくん。まあね、家が商売やってるから、偽札を見破るように躾られてるんだよ。エースもよく一瞬でわかったな」
「まあね。人より目がいいんだ」
「ふーん?」
ワンスが奢って貰ったドーナツをもぐもぐ食べていると、ファイブルはじっとワンスを観察してくる。眼鏡に太陽の光が反射して、キラリンと光った。
「なんであんなとこにいたんだ?」
ファイブルはニカッと笑って問い質す。
「お前こそ。泥棒か?」
「まっさか~! あの空き家、俺んちの持ち物なんだよ」
思わぬ答えにワンスは少し驚く。悪い子であるワンスには『持ち家』という観点はなかったからだ。
「まじ?」
「まじまじ。俺の秘密の隠れ家にしてたのに、ある日突然変な奴らが住み着いてさぁ。迷惑迷惑~」
「なるほどな」
「だからお前とは逆! 俺は空き家からのドーナツ屋のルート。お前はドーナツ屋からの空き家ルートだろ? なぁ、なんか情報持ってんの?」
テキトーにはぐらかそうと思っていたワンスは、ファイブルの察しの良さに諦めてため息で答えた。そして黙って手のひらを差し出すと、ファイブルは自分用のクリームサンドのドーナツをそっと手のひらに乗せてくれた。毎度あり。
「あのドーナツ屋の店舗には山のように偽札が置いてあった。全部十ルド札。ただ、店のどこにも原版はなかった」
「原版ってなに?」
「紙幣は金属板を掘って、それにインクを付けて紙にペタッと印刷してるんだ。その掘った金属板が原版。偽札を作るということは、本物の紙幣そっくりの原版を自分たちで用意したり紙やインクも本物に近いものを準備する必要がある。そう言った道具類は店舗のどこにもなかった。たぶんあの家で作ってる。微かにインクの香りがした」
ワンスが早口で答えると、ファイブルは目をキラキラさせて「へー! なるほど!」と返してきた。
―― こいつ、さっきから俺と同じ匂いがする……
ワンスはこっそり親近感を持った。同じ十二歳という年齢で、ここまで話が合う人間に初めて会ったのだ。
そもそもに敢えて早口で説明したのも、あまり内容を理解されると面倒で「こいつ何言ってるかわかんない」という風に印象付けたかったからだ。内容を理解した上で、さらに好奇心を刺激されたような表情をされたのも初めてだった。
―― 王都には面白いやつがいるんだなぁ、フォーリアなんかネジ五本くらい外れ……
ハッとして、ワンスはブンブンと頭を振る。またフォーリアのことを考えていたからだ。もう半年も経つのに、何かあるとすぐに思い出してしまう。
金髪の子供、エメラルドグリーン、金色、赤いリボン、黄色のドレス、ピンクの靴、そういうものを見るだけでフォーリアのことを考えてしまう。この悪い魔法を解きたくて仕方がなかった。
「?? どうかした?」
ブンブンと頭を振るワンスを見て、ファイブルは不思議そうな顔をした。
「頭に侵食してくる馬鹿な病を払ってただけ」
「……??」
「で、あの空き家はお前んちの持ち物なんだよな? お前の目的は追い出すことか?」
「平たく言えば、そうだね~」
「複雑に言えば?」
ファイブルは困ったように青空を見上げ、両手を組んで神様お願いポーズをした。
「お引っ越しをして欲しい」
ワンスはちょっと笑った。
「その意図は?」
「俺だってさー、エースの話を聞くまでは、騎士団にでも通報して捕まえてもらおうと思ったよ? でも秘密基地が偽札作りに使われてると知った今、それは出来ない」
「なぜ?」
「あれはうちの持ち家なの! 俺んちの評判に関わるからだよ! こっちは完全被害者だったとしても、偽札作りに加担してました~なんて噂になったらヤバいんだよ。だから、やつらに引っ越して貰いたい」
「ふーん? ファイブルの家は銀行屋かなんか?」
「あー、まあそんなとこ!」
ワンスは考えた。ヒーローごっこを辞めた今はファイブルを助ける気持ちは欠片もなかったが、利害は一致している。
「じゃあそっちの引越計画を手伝うから、俺の手伝いもしてよ」
ワンスがニコッと笑って言うと、ファイブルは嫌そうな顔をする。
「えー、やだなぁ」
「なんで?」
「エースがどうやってドーナツ屋の店舗の中を確認したのかを考えると、とてもとても手放しに協力なんて出来ないってもんですよ」
「でも俺がいれば最短だよ? 俺は一人でもやるし、別行動でもいいけど~」
「くっ……!」
ファイブルは苦悩するように頭を抱え、「あ~、まようぅ~」と言いながらその場をクルクル回っていた。回りながら、ファイブルは質問を投げてきた。
「エースの目的は?」
「よくぞ聞いてくれた! 原版が欲しくてさぁ~! 実物を見てみたいんだよ。どれくらいの精度なのか、自分でも作れるのか、ぜひとも確かめたい!」
「偽札作りをするってこと?」
「違う違う! コレクションみたいな感じ? オモチャを欲しがる子供と同じく、原版が欲しいってだけ。あんまり金に興味ないし、面白そうだなって思っただけ~」
「犯罪へのハードルが激しく低い! だが思っていたよりも理由が面白い!! よし、乗った!」
結局、ファイブルは面白そうな方を取ってしまう性分なのであった。
お引越し計画の実行は速やかに行われた。その日の真夜中、ワンスとファイブルは偽札アジトに侵入。ファイブルからしたら、自分の秘密基地に入っただけだが。
「金庫ある? 金庫」
「あ、見知らぬ金庫がある! 俺の隠れ家に勝手に置きやがって!!」
「見せてみ~♪」
悪い子のワンスは鞄から色々な道具を取り出す。この半年で、ワンスは様々な金庫を開けるという高尚な趣味を持つようになっていた。ファイブルは並べられた道具を見てギョッとする。
「……エースって何者?」
「んー? ただの子供だよ。イタズラ好きな子供?」
「ははは、こえーわ。開けられそう?」
「うん、簡単な作りだから大丈夫そう。でも四十分くらいはかかるかな」
「複雑な金庫は無理なんだ?」
「そりゃ、まだ子供だからね~。高みを目指してもっと頑張るぞー」
「お前、大人にならない方がいいと思うぞ……?」
空き巣上等、ハンドレッドの巨大金庫から巨額の資産を騙し取るような大人になっちゃう予定のワンスは、楽しそうに金庫に向き直った。雑談をしながらもカチャカチャと作業を進めること四十五分。
「開いた~! あ、原版だ、うっわ! テンションあがる!」
「俺は全然テンションあがらん! そこが面白い!」
「じゃあ原版は俺が貰うからな。あとは部屋の中をテキトーに荒らして、偽札をばらまこう」
「おー!」
二人は子供らしく大はしゃぎで部屋を荒らし、時にはアーティスティックに偽札をばらまいた。ファイブルはクルクルと回りながら美しく偽札をばら撒く技を披露してくれた。めっちゃ笑った。
「仕上げに~、これ! 貼っておこうぜ!」
取り出されたのは、ファイブルがしたためた熱烈なファンレター。
「ドーナツだけに輪? いいじゃん~!」
完全に悪ノリがノリノリである。この先、八年経っても悪ノリコンビのままでいると思うと、この出会いはある種の運命なのだろう。
「なぁなぁ、手紙の最後に差出人の名前もつけとこうぜ~」
「謎の人物からの手紙! たぎるぅ! ……それなら差出人の名前はこれにしよーっと!」
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ドーナツ屋さんへ
いつも美味しいドーナツをありがとう。
ドーナツが大好きで、お手紙を書きました。
即日王都から出ていけ。
金輪際、戻ってくるな。
さもなくば、原版および偽札の証拠と共に騎士団に通報する。
輪をかけて罪が重くなるだろう。
君たちの円満な選択を願う。
Two wheels
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ファイブルは「よう、両輪」と笑ってワンスに握手を求めてきた。ワンスはぶはっと噴き出して「図々しいやつだな」と握手に応じる。夜も真夜中、偽札だらけの秘密基地で二人は友達という契約を結んだ。
ワンスはこの日、初めて親友と呼べる人間を得た。失うものもあれば得るものもある。人生とはそういうものだ。
え? ドーナツ屋がどうなったかって?
翌日には閉店したよ。人気店だったのにね、残念でならない。
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