「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

2話 嘘はついていない

公開日時: 2022年11月24日(木) 15:54
文字数:4,442


「粗茶ですが」

「ありがとうございます。貴女が自ら淹れてくれるなんて、生涯忘れられない紅茶になりそうです」


 出されたお茶が粗茶すぎて、ニコリと素敵な笑顔が出てしまった。


 ―― 金、なさすぎじゃね?


 フォーリアが玄関を開けた瞬間、ワンスは驚いた。全く金の匂いがしなかったからだ。使用人がいる様子もなければ調度品も皆無。こりゃあ相当な金ナシだなと、ワンスは逆に心配になった。


「あの……」


 紅茶を飲んでいると、向かいに座っていたフォーリアが何やら頬を染めながら、ワンスを見つめていた。


「はい、なにか?」


 文句なしの美人が頬を染めて恥ずかしそうにしていたら、九割九分の男は彼女に落ちるだろう。

 しかし、ワンスは少し違う。頬が染まっていようと、美人だろうと、ワンスには全く関係ないのだ。無関係。


「えっと、その、あの、昼食はまだ召し上がっておりませんか? お礼にご馳走させてくださいませ!」


 フォーリアは、まるで勇気を絞り出したとでも言うように、ワンスにそう言った。そして、狙ったように必殺・上目遣いを決めてくるではないか。


 ワンスは、そこで考えた。『なるほど、自分はワンディング伯爵家の嫡男だと思われている。ワンディング家は資産も豊かだ』、と。そして、フォースタ家は金に困っている様子。


 ―― なにこれ? 金目当て?


 フォーリアをチラリと見ると、何も気にしていない様子でニコッと笑って返された。ワンスは、その作り物みたいな笑顔を見て、とりあえず話に乗ってみるかという気になった。


「そうですね、せっかくなのでになろうかな」


 ワンスがランチの誘いを受けると、フォーリアはパァっと顔を輝かせて「すぐに支度をいたします!」と言って、ランタッタと軽快な足音と共に、奥に引っ込んでいった。


 ―― うん? 今のは演技じゃないな


 詐欺や美人局つつもたせとも違う。金目当ての男漁りとも雰囲気が異なった。


 ―― とりあえずは、現状把握だな


 そう思って立ち上がり、当然のように部屋をザッと物色し始めた。引き出しも棚も開けまくる。しかし、開けども開けども何もない。ワンスは、何とも肝が据わっている男だった。遂には、隣の部屋に移動して棚や引き出しをガンガン開けまくる。


 ―― 本当になんもねぇな! 何なんだ、この家は!!


 ここで最後の引き出しだと開けてみると、やっとこさ綺麗な白い封筒に入った10,000ルドを見つけた。


 ―― さっきの宝石の額とピッタリ同じだ


 ワンスは「ふむ」と顎に手をやって、また思案する。こんなに金目のものがない貴族も珍しい。彼女を獲物カモと見るならば相当な金ナシだ。


 ―― 金が無さすぎる……何か理由が?


 ワンスは、封筒には手を付けずにそのまま返した。彼は詐欺師ではあるが、泥棒ではないんでね。




 ―― それにしても遅いな


 フォーリアの支度が遅いおかげで物色がはかどったわけだが、どれだけおめかしをするつもりやら。臆することなくスタスタと廊下を進むと、何やらキッチンの方から音がするではないか。


 ―― え? 支度ってそっち!? まじ!?


 まさかの手作りランチ。身支度ではなく、料理の支度だったとは。


 フォーリアの人物像を少しは知っているワンスとしては、『食べてはならぬものでも入れかねない』と不安になり、忍び足でキッチンを覗いた。

 そこには「ふんふ~んららら♪ 出会ってしまった~♪ これは恋〜♪」と歌を口ずさみながら料理をするフォーリアの姿が。窓の外には鳩がパタパタ……と飛んでいた。平和だった。


 ―― ……うん、放っておこう


 乗り掛かった船。ワンスはそっと応接室に戻った。

 

 ―― うーん、よくわっかんねぇな


 正直言って、フォーリア・フォースタがわからない。噴水広場で詐欺に遭い、別の詐欺師に助けられ、家に詐欺師を招き、そして詐欺師に料理を振る舞う。偶然にしては引きが強すぎる。




「ワンス様! お待たせいたしました」


 そんな風に唸っていたら、フォーリアが応接室の扉からひょこりと顔を出して手招きをした。ワンスは「ありがとうございます」と言いながらも、手作りは嫌だな〜なんて気持ちになっていた。


 だって、きっと美味しくない。あんな女が作る料理が美味しいはずもない。不味いことは確定事項として、リアクションをどうするか。それを考えると憂鬱だった。


 しかし、用意された食事を見た瞬間に、気持ちは一変。

 こんがりと焼かれた丸いパン、ミンチのテリーヌには食欲をそそる香草ソースが掛けられ、添えられた野菜たちは彩り豊か。そして、湯気立つ美しいコンソメスープ。


「驚きました。これは貴女が?」

「はい、私のたった一つの取り柄なんです~、ふふふ」


 フォーリアは、ちょっと恥ずかしそうに肩を小さくしながら微笑んでいた。


 そうして、二人は向かい合わせで手を合わせ。


「「いただきます」」


 ぱくぱく、もぐもぐ、ごっくん。


 ―― うまっ!!


 想像以上に美味しかった。『なんだこの無駄スキル! 無駄すぎる!』と、驚いて開いた口に次から次へ料理を運んだ。

 パンは手作りなのだろうか、口に入れると甘味がじわりと広がって、テリーヌとよーく合う。スープなんか何の材料を使っているのか分からないが、よくここまでコクを出せたなというくらいだ。


「美味しい……とても美味しいです。正直なところ、すごく驚いています」


 ワンスは、心からの賛辞を送った。


 詐欺師というと嘘ばかりだと思われるが、彼は無駄に嘘は付かない。事実、ここまで嘘は一つも言っていない。たくさんの本当の中に、必要なときだけ嘘を入れる。すると、嘘も本当になるというのが彼の持論だ。を隠すなら大嘘ではなく、家具本当にして売れ、である。



「お口に合って良かったです。ホッとしました。嬉しいです」


 フォーリアは何度も安堵とお礼を口にした。そして、「デザートも」とか「また是非」とかニコニコしながら話すものだから、ワンスは先程見た白い封筒を全部ペロリとのも……なんだか気が引けてしまった。



 ワンスは、彼女をぼんやりと眺めた。

 ニコニコと笑って楽しそうに食事をするフォーリア。上目遣いでお礼がしたいと言ったフォーリア。頬を染めて、見知らぬ男ワンスを家に招き入れるなんて危なっかしいことをしてまで、彼女は何故お礼をしてくれたのか。


 ワンスは、そこでハッとした。フォーリアの目的が分かってしまったのだ。


 ―― あれ……? これ、好かれてる、よな?


 フォーリアが、ワンス……というかを被ったワンス・ワンディングに恋心があるならば、これまでの彼女の言動行動の全てに辻褄が合う。


 ―― えーー? ちょろくね……?


 と、思ったところで。外の光が強くなって、昼を大分過ぎていることにワンスは気づいた。美味しすぎて、うっかり食事に夢中になりすぎたのだ。うっかりワンスである。


「いけない! もうこんな時間か!」

「あら、何か御用があるんですか?」

「いえ、この後、仕事があるんです。それに銀行にも寄りたくて」

「え!?」

「大丈夫です。お気になさらずに」


 ワンスはそこで思い付いてしまった。あの白い封筒に入った金の有効な使い道を。


 ―― どうやって仕掛けようかな~


 ニヤリと笑いたくなるところをニコリと笑って、もう一度時計を見た。


「すみません、この付近に銀行はありますか?」


 わざわざ聞かなくても、そんなこと知っているけれど。


「銀行……えーっと20分くらい歩いたところにあります」

「それは良かった」

「えっと、今は14時30分。銀行は15時まで。間に合いますかしら?」

 

 ワンスは返事をせずに、どうするか考えた。このまま銀行に直行すれば間に合う。しかし、運悪く手持ちがなかったのだ。あと8,000ルド足りない。


 ―― 一度、金を取りに戻ると間に合わないかー。手続きは来週にするべきか……


 と思ったのだが、目の前のフォーリアが真っ青な顔をしてワンスの答えを待っていた。『間に合わなかったらどうしよう、私のせいだわ!』とでも思っているのだろう、顔に書いてあった。それを見たワンスは、ここで仕掛けることにした。


「いえ、大丈夫です。家にある資金を取りにいけば……」

「資金?」


 ワンスは『おっと、口が滑った!』とでも言うように、口を手で覆ってみせた。これじゃあまるで、金を強請せびっているみたいに思われてしまう。まるでというか、まさに強請せびっているわけだが。


「ごめんなさい、聞かなかったことに」


 そう言って、人差し指を口に当てながらウインク一つで誤魔化した。次に、畳みかけるように「見送りは結構です」と鞄を持って、焦るように玄関に向かおうとした。


 すると、「ワンス様、お待ちください!」と引き止められた。予想通りだ。彼女は大急ぎで隣の部屋から白い綺麗な封筒を持ってきて、ワンスにそっと差し出してくれた。


「ここに、10,000ルド入っています」

「え?」

「これでは足りませんか?」


 ワンスは「これは……」とか言いながら封筒の中身を確認した。うん、10,000ルドとの再会だ。


「いいのかい……?」


 なんて言ってはみたものの、心の中では。


 ―― きたきたぁ♪ よーこせっ! よーこせっ!


 と、聞いたこともないほどの最低なコールをしていた。彼は最低な男ではあるが、詐欺師なのだから当たり前だ。

 

「ワンス様。貴方に救って貰えなければ、このお金は詐欺師に取られていました。家に戻ってからでは、銀行には間に合いませんよね? どうぞ使ってください」


 フォーリアは、ニコリと笑ってくれた。目の前にいるのも詐欺師なのに……。


「ありがとう」


 そう言って、少し震える手で封筒を握りしめたりしてみた。


 ―― げっとー! 過去最速記録更新だな


 ワンスは心の底から驚いていた。詐欺師に騙されたその同じ日に、誰かを信じ、誰かを助けようとする彼女のその心根に。


「こういうのは、ちゃんとした方がいいからね、借用書を作ろう」

「借用書!? そんな大層な……」

「記録を残すのは大事だよ。すぐに出来るから」


 そういうと、ワンスは鞄からペンと紙を取り出してサラサラ〜と借用書を作った。ペンを走らせる速度がやたら速い! ワンス・ワンディングのサインを書くと、紙をくるりと回し、向かいに座るフォーリアに差し出した。


「ここにサインを」

「は、はい!」


 フォーリアは、さらさら〜とサインを書いていた。


 ―― 内容も金額も確認しない、か


 本日二度目である。ワンスは、内心でうんざりとした。そして、白い封筒から8,000ルドだけを受け取り、残りの2,000ルドはフォーリアに返した。


「恩に着るよ。ありがとう、でした」


 ワンスは申し訳なさそうにしながら、足早にフォースタ家を去った。


 そして銀行に寄って手続きを済ませ、辻馬車に飛び乗った。嘘ではなく、本当に仕事に遅れそうなのだ。ワンディング家に戻ると、定刻ギリギリ!! 急いで準備をして、の仕事に取りかかった。

 今日はワンディング伯爵家の仕事で、色々とやるべきことがあったのだ。16時すぎに客が来ることになっていたから。


「はー、あっぶねぇ、間に合わないかと思った」



 彼は嘘をついて金を騙し取ったわけではない。

 そんなこと、するわけもない。


 ワンスは嘘なんて一つも言っていないのだから、ね。





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