―― いや、どう考えてもおかしくないか?
騎士団本部を後にしたニルドは、ワンスと共に制服のまま馬車に乗り込み、ニルヴァン家で着替えをする手筈になっていた。
しかし、馬車までの道中で道案内を頼まれたり、落とし物探しを手伝ったりと、なかなか帰宅できずにいた。そして、その全てを『騎士団兵』として完璧に対応しているワンスを見て、さすがにニルドも疑念を持った。
騎士団本部にいたときは緊張と罪悪感で心臓はバクバク、正常な判断が出来ていなかったが、よーく思い返してみると、一般人が騎士団長相手にあんなに上手く立ち回るだろうか。あの鍵の開け方も一般人とは思えない。敬礼や立ち振る舞いも、まるで訓練された騎士そのものだ。
―― あやしい……!!
フォーリアのために思わず手引きなどしてしまったが、それでもニルドは騎士として真面目に仕事をしていたし、誇りも持っていた。
「おい、ワンス」
「ん? どうかしたか?」
「ワンスは本当に詐欺対策コンサルタントなのか……?」
「そこを疑う? それは本当だ、誓うよ」
「そうか……とりあえず早く馬車まで行くぞ」
「せっかちだなぁ、騎士ごっこも結構楽しいのに。残念」
ワンスは肩をすくめて残念そうにする。余裕綽々な姿が、やはりとてもじゃないが一般人とは思えなかった。そして、もうすぐ馬車に着くというところで、ニルドは思わぬ事実と直面することになる。
「あれ? イチカじゃね??」
「おー、トムソン!」
「いやいや、イチカって騎士団だったのか!?」
「はは、先日から騎士団兵になったんだよ。長年の夢が叶った」
「マジか! じゃあ金貸し業やめんのか?」
「まさか、やめるわけねぇじゃん。副業だ、副業。トムソンは明後日期日だな? 取り立てしにいくから用意しとけよ」
「騎士団所属で取り立て屋なんて、怖すぎるな……」
「ははは! じゃあな~。……さーて、ニルヴァン、行こうか」
呆気に取られていたニルドは、ワンスに背中をグイグイと押され、ニルヴァン家の馬車に押し込まれた。
「ふー、こんなところで知り合いに会うとは思わなかったな。参った参った~」
瞬間、ニルドは素早く動いた。騎士団の制服の首元を少し緩めていたワンスの手を取り上げ、そのまま勢いを殺さずにワンスの肩を座席にダンっと押し付けて後ろ手に拘束をした。
「お前、何者だ?」
冷えた声でそう問い詰めると、ワンスは「いってぇ!」と漏らしただけで答えようともしなかった。
「ちょ、ニルヴァン痛い痛い! まじで骨折れる!! 馬鹿力だな!」
「答えろ。イチカとは何だ? ワンス・ワンディングというのは嘘だな? 騎士団本部に潜入して何をした? 狙いは何だ?」
「そんな矢継ぎ早に質問したら答えるのも骨折れるよ? なーんて」
「……本当に折ってやろうか?」
ギリギリと音を立てて、ワンスの腕を締め上げながら鋭く睨むその目は、まさに第一騎士団所属のエリート騎士ニルド・ニルヴァンだった。
しかし、そんなニルドに焦ることも臆することもない男が、詐欺師ワンス・ワンディングであろう。
「いってぇ……ったく、フォーリアといい、お前ら本当に骨が折れるな」
「無駄口を叩くな、質問に答えろ」
「アリアル、ナナ、ソフィー、ルカ、リナリー」
ワンスは質問に答えてはくれなかった。まるで主導権はこちらにあると言わんばかりに、突然女性の名前をつらつらと並べ始める。そして、それらがキレイに並ぶに連れて、ニルドは手の力が段々と抜けていく。
―― な、なんで……?
「ミカラ、スーリィ、ユリーナ。あ、リアなんて娘もいたな。あぁそうか、フォーリアと名前が似てたからマッチの回数が多かったのか。納得納得」
「……え?」
「あ、覚えてねぇの? 最近はミリーばっかりだったからかな?」
「……なななんで!?」
驚いた拍子に手は完全に緩み、とうとうワンスにパッと手を払われてしまった。すると、ワンスは制服の皺を伸ばして、座席にドサリと偉そうに座り、わざとらしく脚を組んでからニルドに軽く微笑んできた。
「いつもご利用ありがとうございます、ニル様」
「ななななんでお前が知ってんだよ! 関係者か!? いや、会員情報はオーナーのエスタインしか知らないはずだ!」
「そうだよ? 本部経営の人間も知らない。顧客名簿もマッチ相手も全部オーナーだけが管理するシステムだからな」
「さてはお前……情報を盗んだな!? ノーブルマッチに通報して捕らえる!」
まるで宿題の答えを間違えてしまった子供を見るかのように、ワンスは困った顔をして首を傾げていた。
「違うよ、ニルヴァン。答えはそうじゃない」
そして、不敵な笑みを向けてくる。
「俺がノーブルマッチのオーナーだ。改めまして、エース・エスタインです。どうぞ、ご贔屓に?」
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