「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

40話 そこには確かに切ないという感情がある

公開日時: 2022年12月30日(金) 19:47
文字数:2,557



 ダイニングのテーブルを『せーの』で二人で持ち上げて、空いたスペースで『せーの』でダンスを始めた。


「One two three four」

「わんつーすりーふぉー」


 ニルドのリードのおかげか母親が仕込んでくれたおかげか、三年ぶりの割にはフォーリアもなかなかの動きだった。


「ニルドってダンス上手なのね!」

「そう? よかった」


 ニルドの金色の髪とフォーリアの少しピンクがかった金色の髪は、とても相性が良い。二人の間に一筋の光が入ると、互いに反射しあって永遠と光り続けているようだ。


 そう。反射しあって、永遠に反射しあって。濃紺の髪みたいに光を吸収してはくれない。


 フォースタ邸の小さなダイニングスペースは、まるで御伽噺に出てくる青色の瞳の王子様とエメラルドグリーンの瞳のお姫様が、舞踏会でクルリフワリと踊っているかのような、そんな現実感のない風景だった。 

 


 幼なじみというには出会うのが遅すぎた。友人というには少し距離がある。ニルドとフォーリアの関係は、八年間ずっと中途半端だった。


「ふふ、ニルドとこうやってダンスをするなんて、なんか変な感じ」

「俺は、ずっと……こうしたかったけどね」

「そうなの? これからもたくさん踊ろうね」

「あぁ、そうだな」



 ニルドの頭は、本当は分かっている。フォーリアが本気でワンスのことを好きだと知っている。ここ最近ハンドレッドの件で一緒に過ごす時間が増えて、ストンと分かってしまったのだ。


 でも、ニルドの心はそれを理解したくなかった。だから、ワンスの口車にも乗ったままでいたかったし、フォーリアとダンスをしたかった。そして、そんなニルドの心の中を、ワンスもきっと理解はしているのだろう。


 ―― 最後の、思い出なのかな


 この夜会作戦が、フォーリアとの最後の綺麗な思い出になるという予感が、ニルドにはあった。


 それを認めたくない気持ちと、認めて八年間も居続けたフォーリアという鳥籠から飛び立ちたい気持ちと、二つの気持ちがまた反射して、ニルドの心のどこにも吸収されてはくれない。



「フォーリアは、ワンスが本気で好きなんだろう?」

「え!」


 ニルドの突然のぶっ込みに、フォーリアは動揺してバランスを崩した。ニルドは「おっと」というだけで特別慌てることもなく、素早くフォーリアを抱き込むようにして支える。八年間で、こんなに距離が近くなったのは初めてだった。


「ワンスの、どこが好きなんだ?」


 こんなゼロ距離で好きな子を抱きしめながら、他の男の話をするニルドの気持ち。クズ男であったとしても、そこには確かに切ないという感情があった。ツーンと、胸を刺すような。


 フォーリアは不思議そうにしながらも、見たこともないような恋する顔でワンスを語った。


「なんで好きなのかはね、よく分からないの。会った瞬間に好き! って思ったから……」

「あぁ、それは、何となく分かるよ」


 ニルドもそうだったから。会った瞬間に恋に落ちることはあるのだ。


「でもね、好きなところはたくさんあるの。ワンス様はね。出来ないことを、出来るようにする魔法をかけてくれるの」

「魔法?」

「私って、ほら……出来ないことだらけでしょ? 頭も良くないし、物覚えも悪いし。でもね、ワンス様はすっごい嫌な顔をしても、冷たいことばっかり言ってても、ちゃんと出来るまで一緒にやってくれるの」


 フォーリアはニルドに一つ一つ伝えた。初めて会ったとき、カタログ詐欺のことを懇切丁寧に教えてくれたこと。ダッグ・ダグラスのときには、フォーリアが出来るようになるまで、ひたすら練習に付き合ってくれたこと。出来ないときは『馬鹿』『鈍くさい』とストレートに言ってくれること。そして『失敗しても俺が何とかするから大丈夫』と言い切ってくれること。出来た後は、たくさん褒めてくれること。


「だからね、ワンス様に出会う前の私より、今の私の方が出来ることが増えたんだ。伸びしろがあったんだよ、ビックリでしょ! ね? ワンス様って魔法使いみたいなの」


 フォーリアがニコニコしてワンスを語るものだから、ニルドはその笑顔につられて、ついつい笑ってしまった。


「あー、そうか。フォーリアは王子様派じゃなくて、魔法使い派だったんだな。なるほど、納得納得」

「え? なになに? 絵本の話?」

「なんでもないよ。ほら、練習しよう」



 ―― 君の恋を応援するよ、なんて言えないけど


 それでも邪魔はしないようにしてやるか……と思えるくらいには、ニルドもフォーリアを妹のように大事に思う部分もあるのだ。八年間、大事に大事に守ってきたからね。



 少しずつ日が傾き、窓から差す光がオレンジ色になった。ニルドの金色の髪にオレンジ色が混ざって、少し赤みがかった金髪に。青色の目にオレンジ色が混ざって、エメラルドみたいな緑色の瞳に変わって見えた。その色は……フォーリアの色と全く同じ色だった。


 二人は夕焼けの光を真っ正面から受けて「眩しい!」とか「見えない~」とか言い合って、声をあげて笑いながら、狭いリビングスペースで楽しく踊った。




「おー、結構いい感じだな」


 一仕事を終えてキリが良かったのだろう。ワンスはひょっこりとダイニングに顔を出した。


「フォーリア、すげぇじゃん! 思ってたよりかなり出来てる。うん、これなら何とかなりそうだな」


 ワンスは満足そうに何度か頷いて、フォーリアをたくさん褒めた。その褒め方を聞いて、さっき彼女が言っていたことが何となく理解できてしまったニルドは、少し湿っぽい気持ちになる。


 ―― 守るだけではなく、戦える力を与える……か


 いつだったか、ワンスに言われた言葉が蘇ってきて、ニルドは八年間の自分を少しだけ悔いた。ほんの少しだけ。でも、時間を巻き戻したいと思うほどではなかった。


「俺は先に帰る」

「おう、お疲れ。ありがとな~」

「……お前に礼を言われることじゃないけどな」


 邪魔をしないなんて思ったけど。それはフォーリアに対してだけ。このいけ好かない胡散臭い男の方に対しては、全力で邪魔するのがニルドだ。


 フォーリアには聞こえないようにワンスに近付いて、ニルドは自信満々に言ってやった。


「夜会で彼女のファーストキスを俺に奪われても、吠え面をかくなよ?」

「え? あ、えーっと、了解っす……?」


 だから! それはもう目の前の男に奪われてるって!!


 イマイチ格好がつかない、愛しきクズ男ニルド・ニルヴァンであった。








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