「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
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84話 ワンス・ワンディングを思い出した日の話

公開日時: 2023年1月20日(金) 08:16
文字数:5,925



【現代・ワンスの部屋にて】


 ワンスは偽札事件の話を終えて、またもやドキドキと心臓を鳴らしながら目を瞑った。


 ―― 不法侵入、空き巣行為。紙幣を店から盗った。金庫も開けた。原版を盗った。俺的にはかなーり軽い方だけど、どうかな……あー怖い


 ちなみにこの数年後、ガチで高品質の紙幣の原版を作って足がつかないように売り払ったこともある。どれくらいの金額で買って貰えるか試したかったのが動機だ。巨額だった。それは絶対に言えない。


「驚きました」


 フォーリアの第一声はひどく平坦な声に聞こえた。瞬間、喉の奥がヒュッと鳴って、もう生きた心地がしなかった。きっと軽蔑の眼差しでワンスを見ているに違いない。


「……そうだよな……」

「ファイブルさんと親友だったんですか!?」


 ワンスはずっこけた。


「え? そっち?」

「もー! なんで言ってくれなかったんですか! そしたらファイブルさんにワンス様のこと色々教えて貰ったのに~。あ、だから……」


 そこでフォーリアは両手で口を覆う。まるで……


「『これは言っちゃいけないんだった!』みたいな顔してるけど、なに? ファイブルのことで隠し事?」


 ワンスがそう言うと、フォーリアは「ソンナコトナイデスヨー」と言って視線を泳がせた。こんなに嘘が下手な人間がいるとは驚きだ。

 ワンスは追及するか迷ったが、やめた。メンタルがボコボコでもうそんな元気もなかったからだ。


「話の続きをしましょ! ね?」


 フォーリアがド下手に誤魔化してくるが、気力のないワンスは軽く頷くだけで彼女を見逃した。とは言え、この後は敢えて話をするほどの内容は無いとも思った。これ以上話すと、引かれるレベルのガッツリ犯罪の話をすることになってしまう。


 ファイブルとの出会いの話をしながら、ワンスとしてはもうこれ以上は無理!という精神状態であった。残りの人生、精神が崩壊したままで生きていくのはさすがにツラい。ここが潮時だろう。


「まー、そんな感じで詐欺師をしてたってことで。もう夜も遅いからここらへんで話は……」

「え! だめですだめです! まだ聞きたいことがあります。むしろここから朝までです!」


 こんなにそそられない朝までの誘いがあるだろうか。朝まで懺悔の会ってナニソレ。


「はーぁ、わかったよ。なに?」


 ワンスは心底嫌だったが、彼女の言うことを聞くしかなかった。


「ワンス様的に、過去最高?最低?の悪いことを教えてください~。重めのやつでお願いします!」


 超可愛い笑顔で強烈な質問が出てきて、ワンスは目眩がした。なんでそんなに犯罪の話が聞きたいんだ、この娘は。


「……それは……」


 そこで言葉を詰まらせる。どうしようか、これ以上は無理だ。無理すぎる。あぁ、これが天罰ってやつなのかな……なんて思ったりした。


 それでも一応、過去最高に悪いことを思い出してみる。


 ワンスの財布をスったスリ野郎を報復かつ破滅させるためにスリに加担していた娘と妻を娼館送りにしてから、スリ野郎を拘束拷問した後に収容所送りにしたことかな。同じ詐欺仲間の裏切り野郎を拘束拷問したこともあったけどあれは良い思い出……なわけもないか。いやいや、数だけで言えば月に何人収容所送りに出来るか試したのもかなり悪いか。無罪の善良な人間を冤罪で収容所送りにしてから、無罪の証拠を騎士団に突きつけて収容所から救い出して感謝してもらうという遊びをしたこともあったが、あれは相当悪かったな。あぁそう言えば、自分で描いた絵画の贋作を本物と偽って何枚も市場に流し、それを本物と判断した能無し画商を一人残らず社会的に抹殺したこともあったなぁ。無免許で医者の真似事をしていたこともあったが、これはギリギリセーフ?


 読むに耐えない。多岐に渡って色々やりすぎでは。


「ごめん、無理……言えない」

「なんでですか?」


 フォーリアは純真無垢なきょとん顔を向けてくる。ワンスはもう何でもいいから拷問に近い彼女の可愛い追及から逃れたかった。逃れられるなら洗いざらい全部話してもいい!と思考が矛盾するほどに参っていた。


「言ったら……絶対に嫌われるから、無理」


 驚くほど正直な言葉が出てしまった。


「え! 私がワンス様を嫌いに……? ないです! 絶対嫌いになりませんよ?」

「それでも嫌だ。もし嫌われたら軽く死ねる」

「え?」

「今日までの五日間、お前に嫌われたんだと思ってた。本当に死ぬかと思った。あんなのもう無理。散々悪いことをしてきて虫が良すぎるのは分かってるけど、本当に無理。避けられる事故は避けたいのが本音。質問に答えるって言ったけど、ごめん、これだけは無理。見逃してほしい」

「え……きゅんとしました」

「は? この流れで? 逆にすげぇな」


 フォーリアはもじもじとしながら、恥じらうようにワンスを見ていた。何かを期待しているような眼差しだ。


「あの、ワンス様は私に好かれていたいってことですよね……?」

「ん? いや、ちょっとニュアンスが違うな。好かれたいんじゃなくて、嫌われたくない」

「え? それって一緒では……?」

「違うだろ。お前が誰を好きになろうが関係ねぇもん」

「がーーーん! 複雑です!」


 フォーリアの頭の作りとワンスの頭の作りが全く異なることがよく分かる。逆説的プロポーズ然り、ワンスの脳の構成がワケワカランのだが。


「ワンス様ってよく分かりません……あれ? ワンス様ってずっとエースって名乗ってたんですよね? いつからワンディング家に住んでるんですか?」

「そういう質問ならスラスラ答えられるな」


 ワンスは心底ホッとして、質問を変えられないうちにサッサと話をし始めた。



◇◇◇◇◇


【七年前・王都にて】


 十二歳で闇落ちしたワンスは、悪いことで金稼ぎが出来るようになっていた。そのため十三歳で孤児院を出て一人で暮らすようになった。一人になると悪い事がはかどった。スルスルと坂道を下るように、面白くて悪い事ばかり考えるようになる。


 初めは全く気にしていなかったが、不思議なもので金が増えていくごとに金が好きになった。まるで甘い甘いチョコレートみたいに、一つ食べるともう一つ食べたくなる。きっと自分を分かりやすく数値化してくれるのが心地良かったのだろう。


 そんな悪いことばかりの日常を過ごし、あの噴水広場の悲劇から一年が経った頃、ワンスはあることに気付いてしまった。悪い事を考えているときだけは、フォーリアのことを考えなくて済むのだ。きっとフォーリアを汚したくなかったのだろう。

 その現象に気付いたとき、ワンスは心底喜んだ。そして、彼女を忘れるために嬉々として何でもやった。


 あまりにも犯罪がすぎて書くこともはばかられるため、主な悪事を年表でお送りしよう。ワンスのベストオブザイヤー受賞犯罪の数々である。


十二歳

 ・ファイブルと偽札事件

 ・収容所送りまくりチャレンジ

    

十三歳 

 ・裕福なお爺さんを孫のふりして金づる化

 ・子供をターゲットにしたお菓子詐欺


十四歳

 ・占い師詐欺

 ・霊能者詐欺

 ・宗教詐欺

 

十五歳

 ・スリ野郎の家族全員を報復破滅へ

 ・収容所送りまくりチャレンジ、再び

 ・王城文官の個人情報を得て、クズ文官を破滅へ

 ・同じく、クズ騎士団兵を破滅へ


十六歳

 ・紙幣の偽造原版を高値で販売

 ・ワンス作製の贋作を高値で販売

 ・贋作絵画を扱った画商を全員破滅へ

 ・冤罪で善人を収容所送り→自作自演で救出劇


 フォーリアを忘れるために何でもやりすぎである。特に十四歳らへんは相当苦しかったのだろう、年表からも苦しみがうかがえる。ちなみに相当オブラートに包んでいる年表であることは付け足しておく。


 ここまで書いてしまったので敢えてお知らせするが、フォーリア従順盲目女ミスリーガチストーカーニルド二股クズと三者三様にそれぞれの恋愛は大変重く複雑なわけだが、ワンス闇落ち男の愛が最も重くて歪で深いことは明白である。おめでとう、ぶっちぎりで優勝だ。



 さて、話は戻る。十五歳になる頃には、ヒイス・ヒイルの名前で立派に詐欺師をやっていた。ヒリヒリするような毎日が忙しくて楽しかった。

 ヒイスの名前を使うようになった頃から、フォーリアを思い出すことは完全になくなった。ワンスにとって、記憶に蓋をして完全に忘れることが出来るなんて驚くべきことだ。相当大きな『特別扱い』だった。悪事に手を染めるという間違った方向の努力の賜物である。

 

 でも、忘れてしまったから『忘れたこと』も覚えていなかった。 


 十六歳頃からは詐欺の傍ら、エース・エスタインの名前で事業を興しまくった。どのアイディアも面白いくらいに金を生んだ。貴族がこぞってワンスの出す商品やサービスの虜になる様は、何とも情けなくて哀れに思うこともあった。それでも金が増えて、また自分が高く数値化されたことで嬉しくなった。



 そして、転機は十七歳の誕生日に起こる。


 街を歩いていると、どこからともなくふわりと紙飛行機が飛んできたのだ。そして、スーッとワンスの目の前に着陸。


 それを見た瞬間、九歳の頃に企てたワンディング家の乗っ取り計画が頭の中の書庫からひょっこりと出てきた。


「うっわー、懐かしい!」


 思わず紙飛行機を拾ってしげしげと眺める。もう王都に来てから八年も経つのかと思うと感慨深かった。生まれである東端集落で暮らしていたのが八歳までだから、家族と過ごした年月と王都での年月が肩を並べたのだ。


 ワンスは何となく空を見上げて父親と母親の顔を雲のキャンバスに映してみた。王都に来てからは一度も東には帰っていない。今度墓参りでもしようかとも思ったが、悪いことばかりしてるから怒られそうだなぁ……なんて思って苦笑いをした。


 ―― そういやワンディング伯爵家ってどうなったんだろ


 ワンスは久しぶりにまともな事で好奇心が疼いた。それは何だかいつもと違う疼きで、どうにも気になる。この所、どういうわけか悪い事でしか疼かない好奇心だったから。


 九歳の頃は自分の足でワンディング家の情報を掴みに行っていたが、十七歳の今はそんなことはしなくても大丈夫。その日の夜、ずっと仲良く軽めの悪い事を考えて遊んでいたファイブルを呼び出した。


「やっほー! どうした?」

「ちょっと調べて欲しいことがあってさ。情報取りならファイブルの方が早くて上手いからな」

「報酬は~?」

「この店を奢るのと、俺の素性ってのはどう?」


 ワンスがおどけて言うと、ファイブルは銀縁眼鏡をグイッとあげて、ものすごく食い付いてきた。


「とうとうエースの正体が明らかに!? 出会って五年! 秘密ばっかりで寂しかったぞ、親友!」

「っつーか、それを言ったらファイブルの素性も知らねぇけどな」

「えー、だって今更恥ずかしいじゃん? てへ」

「キモチワル」 


 とりあえずファイブルは食べたいものをたくさん注文して、ワンスに向き合った。


「で、調べて欲しいことは?」

「ワンディング伯爵家の現状について」


 ファイブルは訝しげに首を傾げる。


「なんで貴族? それも伯爵家? どういう繋がり?」

「うーん、まずは俺の本名から教えてやるか」

「え!? エース・エスタインって偽名!? うっそ、ショック!」

「あー、それも本名。俺、戸籍が二個あるからさ」


 ファイブルは絶句した。


「そんな裏技あり? びっくりしたー。ただ者じゃないとは思っていたが……やりおる……」

「で、もう一つの本名が、ワンス・ワンディング」


 またもや、ファイブルは絶句した。


「まままままじ?」

「ワンスの方が親が付けた名前だから、本当の本名だな。エースの方は俺が自分で付けた名前」

「おいおいおい、とんでも情報だな。なんで今更教える気になった?」


 ファイブルのもっともな問いに、ワンスは首を傾げながら「うーん」と唸る。何故かと改めて聞かれると、理論的な説明はできそうになかった。


「何でだろ。……紙飛行機を見て……何となく誰かにワンスって呼ばれたくなったのかも」


 独り言のようにポツリとそう言うと、ファイブルは少し驚いた顔をしてからニカッと笑って「ワンス!」と呼んでくれる。


「じゃあ俺がワンスと呼ぶ第一号なわけだな! ワンス!」

「うっわー! 久しぶりに呼ばれた。ワンモアプリーズ?」

「よ! ワンス!」

「ぉおー、なんか鳥肌立つー! 懐かし!」


 一頻ひとしきり『ワンスモア遊び』を楽しんでいると、食事がたくさん……そりゃもうたくさん運ばれてくる。ファイブルはもぐもぐと報酬を食べながら話を進めた。


「ワンディングを調べてどうすんの?」

「まー、調べた結果によるけど、乗っ取ってみようかなって思ってる」

「お、おう? そもそもにお前はどこのワンディングさんなんだ?」

「今のワンディング伯爵当主が俺の大伯父だな」

「するってぇと、分家ってことか。ワンディング本家に跡取りがいなければ……?」

「ワンチャンあるってこと」


 ファイブルが難しい顔をした。ワンスが伯爵家の跡取りになることが難しいと思ったのではなく、ワンスに伯爵家の跡取りが似合わないという意味の難しい顔だ。


「ってか、貴族になりたいのか?」

「いーや、別に興味ない。理由は二つある。発表しまーす」

「ジャジャン! ひとつめー」


 ファイブルの悪ノリタイムが始まった。


「九歳の頃にワンディング家乗っ取り計画を立てたワンス少年の夢を叶えてやりたい」

「泣ける!! ジャジャン! ふたつめー」

「俺、実は本職が詐欺師だから伯爵家は隠れ蓑にいいかなーって」


 ファイブルは絶句……しなかった。あははは!と大笑い。


「ひー、腹痛い! え? やっぱりそう言う感じ? ただ者じゃないとは思ってたけど、まさかのガッツリ?」

「犯・罪・者☆」

「まじか! 納得!」

「捕まったことねぇけどな~。なぁ、ファイブルは? 教えたんだから教えろよ」


 ワンスが肘で小突くと、ファイブルは少し悩んでから「まぁいいか」と言った。


「お前と違って戸籍は一つ。フルネームはファイブル・ファイザック」


 今度は、ワンスが絶句した。


「ファイザックって、まさかあのファイザック商会? 大商会の?」

「跡・取・り☆」

「まじか! びっっっくりしたー! あ、だからか」

「なにが~?」

「お前、悪いこと大好きなのに、頑なに手を汚さないな~と思ってたのはそういうことか。情報取りの早さも……なるほど、納得」

「俺が犯罪者になったら全従業員が路頭に迷うと思うとね。おててはキレイキレイにしとかないといけないんですよ」


 そのときワンスはピーンと来た。日々色んなことを考えていたワンスであるが、中には自分エスタインが興すには規模が大きすぎたり手間が多い新規事業のアイデアもたくさんあった。ファイザック商会なら、そのアイデアを有効活用してくれるのではと、ピーンと来てしまったのだ。


「なあなあ、じゃあこういうアイデアっている?」

「ふむふむ?」


 そこから詐欺師と商会の跡取りは、今までの悪友親友とは違う絆でも結ばれた。彼らも大人になったのだ。


 そして、お互いに思った。


「「もっと早く言っておけば良かった~」」


 久しぶりに声が重なった。








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