「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
糸のいと

3話 恋をしていた

公開日時: 2022年11月24日(木) 15:56
文字数:3,161


「ねぇ、ミスリー。恋、してる?」


 フォーリア・フォースタは、ぼんやりと空を見つめながら、夢をみるように呟いた。


「はい? 何言ってんの?」


 一方、フォーリアの親友、ミスリー3・ミスラは、眉間に皺を寄せていた。


「ミスリー、聞いてくれる? あのね、好きな人ができました……」

「はぁ!? え、本当に?」

「うん! この前ね、宝石を買おうとしててぇ」

「いや、ちょっと待ってくれる? なにその宝石って。まさか、また詐欺じゃないでしょうね?」

「そう、それが詐欺だったみたいでぇ」

「あちゃー! また詐欺だったー!」

「そしたら、素敵な男性が助けてくれてぇ」

「なにその仕込みたいな男。詐欺じゃないでしょうね?」

「好きになっちゃった!」

「あちゃー! 恋してたー!」


 ミスリーは、信じられないというような顔をしてフォーリアを見ていた。そして、首をぶんぶん横に振った。


「私、あんたは恋とかしちゃダメだと思うわ」

「え〜? なんでなんで?」

「だって……ねぇ?」


 ミスリーは、斜め右上らへんに視線を逸らした。


 そう、フォーリア・フォースタは、かなり単純でかなり安直でかなり無鉄砲で全くの考えなしで超騙されやすくて、ちょっとアレな伯爵令嬢だった。



 フォーリアとミスリーは幼い頃からの付き合いだ。フォーリアの乳母がミスリーの母親であり、いわゆる乳姉妹なのだ。

 ミスリーの生家は、元々男爵家であったが、色々あって没落してしまい、現在は平民として働いて暮らしている。フォーリアにとって、ミスリーは親友のような姉のような、そんな信頼できる存在だった。


 ミスリーはそこで、「あれ」と思い出した様子を見せた。


「フォーリアが子供のとき、一目惚れしたっていう初恋の人は? やっと諦めた? ずーっと引きずって、誰からの誘いも受けてなかったじゃない」

「……だって、八年間、いくら探しても見つからないんだもの。知ってるのは『エース』って名前だけだし」


 気落ちするフォーリア。ミスリーは、うんうんと深く頷いて「そうね」と続けた。


「新しい恋、いいじゃない。で、どんな人なの?」


 フォーリアは目を輝かせ、めくるめく二度目の恋に思いを馳せた。


「あのね、詐欺師に騙されそうになっていた私に声をかけて、さらっと助けてくれたの。かっこよかった〜! 一目見ただけで、不思議なくらい好きって思ったの。ちょっとエースに似てる感じもしたんだよね」


「え〜? 本人だったりするんじゃない? 当時は子供でしょ。八年も経てば顔も変わるし」

「ううん、違うわ。金髪じゃないもの。雰囲気もちょっと違うし……。でも『好きー!!』って感じなの」

「わかる、わかるわ! 『好きー!!』ってなったら好きなのよね!」


 二人は超高速でうんうんと頷いて分かり合った。恋する娘は、『好きー!!』となったら好きなのだ。


「それで助けて貰った後はどうしたの?」

「お礼がしたくて家に招いたの」

「は!? 家に!? いきなり!? 大丈夫だった!?」


 ミスリーがすごい形相で聞いてくるものだから、フォーリアはきょとんとして「え? なにが?」と言った。


「だって、二人きりでしょ!? 襲われたりとか!」

「え〜? 大丈夫よ、良い人よ?」

「うーん、それならいいけど」

「それで、お礼に料理を作ったらね、美味しいって言ってくれたの」

「フォーリア、料理上手だもんね」

「ミスリーのおかげよ! ありがとうね」


 ミスリーは、昼は貴族向けのレストラン、夜は酒場で働いていた。料理を知らないフォーリアに料理や掃除を徹底的に叩き込んでくれたのは他でもない、ミスリーなのだ。

 その結果、フォースタ伯爵家は使用人ゼロで維持できるようになったのだから、ミスリーの功績は大きい。


「い~え、私にはそれくらいしか出来ないしね」


 ミスリーはそこまで言って、少し小声になった。


「ねえねえ、フォーリアのお父様が詐欺に遭ったって話、どうなったの?」

「うん……まだ何も解決してなくて」


 フォースタ家は親子揃って騙されやすい。なんと驚き、先月に父親も騙されて財産のほとんどを取られてしまったのだ。


 しっかり者の母親が生きていた頃は、騙されることもお金に困ることもなかった。しかし、三年前に母親が死去して以降、親子揃って騙され盗られ、今ではとんでもなく貧乏になってしまったのがフォースタ伯爵家だった。


「そう、早く解決するといいけど……。ところで! その好きな人ってどこの誰なの?」


 ミスリーの問い掛けに、フォーリアはまた目を輝かせた。感情がそのままストレートに出るのがフォーリアだ。


「ワンス・ワンディング様! ワンディング伯爵家のご嫡男様よ」

「ワンディング伯爵家……?」

「うん!」

「あそこって超偏屈なお爺さんが現当主で、跡取りどころか嫁もいなくて家が途絶える寸前って聞いてたけど」


 ミスリーは、性格上も仕事柄も趣味嗜好も、全てにおいてが多いタイプだった。そのため、貴族の様々な事情を知っているのだ。


「そうなの?」

「遠縁から養子でもとったのかしらね。でも、ワンディング家ならお金持ちだし、いいじゃない! 次に会う約束はいつ?」


 フォーリアは「え?」と言って、しばらく考えた後に、うーろうろと目が泳いでしまった。約束をするだなんて器用なことが、フォーリアにできるわけもない。


「ぇえ!? まさか約束もしてないの!?」

「だって~、お仕事があるからって帰っちゃったんだもの!」

「まったく! これだからお嬢様はダメねぇ。いーい? こういうときは、次に会う約束を取り付けたり、何か物を借りたり貸したり、そうやって次に繋いでいかないと! それが恋の常套テク!」


「だってぇ。あ! そうだったわ、貸したものがあったわ〜、やったぁ! 私、グッジョブ!」

「フォーリアやるぅ! 何を貸してあげたの? ハンカチとか?」


「ふふふ、8,000ルド!」


 ミスリーは「あちゃー」と言って、両手で顔を覆って天を仰いでいた。


「どうしたの? ミスリー」

「うん、あのさ」

「うん?」

「こんなこと言うのも、水を差すようで悪いんだけどね」

「うん?」


「その人、本当に信じて大丈夫?」


 ミスリーの物言いに、フォーリアはちょっとドキッとした。


 ―― え? 私、また騙されてるってこと?


「ええ? 大丈夫よ〜! あの人は違うわ。だって、私を助けてくれた人だもの」


 ミスリーは、「うーん」と唸った。


「とにかく! ワンディング家に手紙を書いたら?」

「手紙?」

「もしワンディング家とは無関係なら、きっとあちらから知らせが来るでしょ。フォースタ伯爵家からの手紙を無碍には出来ないだろうし、ね?」

「うん? ワンディング家と、無関係? それってどういう意味?」

「その男の人が、名前をかたってるだけって可能性もあるでしょ?」

「そ、そんなぁ……」


 心がしおれるようにしゅんとなってしまったフォーリア。好きな人に騙されているかもしれないと思ったら、泣きそうになった。でも、それよりも、好きな人を信じきれないことがすごく悲しかった。


「フォーリア……。私もワンディング家のこと色々聞いてみるからさ! 大丈夫大丈夫!」

「~~!! みすりぃ~!!」


 フォーリアはミスリーに抱きついて、子供みたいに甘えた。心底ミスリーを信じて頼っているのだ。そして、ミスリーもフォーリアの頭をなでなでしながら微笑んだ。その微笑みは姉のような、母のような、慈愛に満ちたものだった。


「もう十八歳でしょ? いつまで経っても子供みたいなんだから」

「だって~」

「そんなんだから、カタログ詐欺になんか遭うのよ? もっとしっかりしなさいね!」

「うん? カタログ詐欺ってなあに?」

「詐欺師に宝石のカタログを見せられたんでしょ? さっきじゃない。そういうのをカタログ詐欺って言うのよ」

「あ、ワンス様もそんなこと言ってた~」

「もー、ぼーっとしてるんだから」


 そう、フォーリア・フォースタは、いつ如何なる時も、、とっても騙されやすい人間なのだった。







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