「覚えるか? メリー、お前と初めて会った時のこと。そのときは『何て大きいメイドアンドロイドなんだ』って驚いてなぁ。今でもあの衝撃は忘れられないよ」
そう、僕がメリーと初めて出会ったのは小学生の頃。母が突然いなくなってから入れ替わりでやってきたメイドアンドロイドのメリー。
母がいなくなったショックでふさぎ込んでいたときだったもんだから、今でもそのときの記憶は僕の脳裏に鮮明に残っている。
「いや、今思えばメリーはかなり過保護だったと思うよ。しかも、ことあるごとに抱きついてきてさ、授業参観のときなんか恥ずかしいったらなかったよ。まぁ、それは今もあんまり変わらないかな」
こんな僕の話を聞きながら、メリーは微笑みながら黙ってうなずく。まったく、自覚があるんだかないんだか。
さて、前置きはこれくらいにして、いい加減本題を切り出すとしようかね。
「それでも……親父からの命令とはいえ、こんな僕のことを見捨てないでいてくれたことには……その……感謝っていうか……なあ、メリー……」
「坊っちゃん……?」
参った、どんどん声が小さくなっていくのが自分でも解る。これじゃあダメだ! ハッキリしろ、僕!
僕は無意識に反らしていた顔を改めてメリーの方に向け、声を前に飛ばすよう意識する。
「そうだよ! 僕はメリーに感謝している! 初めて会ったときから今日まで! この気持ちを絶やしたことは一日だってなかった! 今こうしてお前にハンバーグを作ってやれたのも、お前が僕を響先輩と引き合わせてくれたからだ!」
「坊っちゃん、急にどうされたのですかぁ? わたし、何だかムズムズしていまいますよぉ~」
僕の言葉に、メリーが頬に手を当てながらわずかにうつむいた。その顔にはうっすらと赤みが差している。
ムズムズするのはこっちも同じさ。ここまできたらやけだ、勢いに任せて言いたいことを言ってしまえ!
「ああ、急だな! それでも、今、この気持ちを伝えないと一生後悔しそうだったんだよ! 今日! お前と出会って10年目の日にな!」
「坊っちゃん……」
「ありがとう! メリー! 本当に今日までよく僕のわがままに付いてきてくれた! でも、僕だって何とかしてこの性格を変えていきたいんだ! だから、メリー、これからも僕のことを見守ってくれないか! 頼むっ!!」
そう言って、僕は思わず、勢いよく、テーブルに擦り付けるように頭を下げた。樫でできたテーブルは思いの外硬く、額がヒリヒリと痛む。
本当に参った。もう恥も底面もあったもんじゃない。もしこんな姿を他人に見られたら、僕はもう立ち直れないだろうな。
「頭を上げてください、坊っちゃん」
メリーの声に、僕はハッとして、慌てて顔を上げる。こんな姿を仮にも従者であるメリーに見せるなんて、やっぱり僕はどうかしていた。
「あ、ああ! 悪いなメリー……メリー?」
僕の目に飛び込んできたのは、いつもの糸目で微笑みながら、両目から涙を流しているメリーの顔だった。まさかのメリーの反応に、僕は面食らってしまった。
「どうしたんだ、メリー。何も泣くようなことは言ってないだろ?」
「いえ、違うのです。違うのですよ、坊っちゃん……」
僕にはメリーが泣いている理由が解らない。僕の情けない姿に呆れこそすれ、泣くようなことはないだろうよ。
困惑する僕を尻目に、メリーは泣きながら少し冷めたハンバーグを口に頬張り、咀嚼し、飲み込んだ。
「それにしても、このハンバーグ、焼き加減も味付けも、全体のまとまりも素晴らしいですよ、坊っちゃん。本当にお上手です」
「あ、いや……それは僕の実力じゃないっていうか……参ったな……」
「いえ、本当に、わたしが作ったハンバーグよりもお上手ですよ。よく頑張りましたね、坊っちゃん」
「いや~ それほどでも……ん?」
ここで僕はメリーの言葉に違和感を覚えた。僕は初めてメリーと出会ってから今日までの思い出を脳内で反復する。
思い違いならいい、そんなこともあるだろう。それでも、この違和感はどうしても拭いきれない。僕はメリーに一つ、質問をした。
「なぁ、メリー。僕の勘違いなら悪いんだけど……メリーが僕にハンバーグを作ってくれたことってあったっけ?」
そう、実は僕にはメリーが作ったハンバーグを食べた記憶がないんだ。よくよく考えたら妙な話だ。
料理のど定番のメニューだ、そんなことあるわけないと思うんだけど、やっぱり思い起こせば間違いない。
僕の質問に、メリーは何度かうなずいて、少し間を置いてから答えた。
「はい、わたしがこの姿になってからは坊っちゃんにハンバーグをお作りしたことは一度もございません。坊っちゃんが正しゅうございますよ」
どういうことだ!? 『わたしがこの姿になってから』!? 解らない、メリーは僕に何を言おうとしているんだ!?
「ち、ちょっと待て! メリー! それってどういう……」
僕の反応を、相変わらず泣きながら見つめるメリー。その涙の勢いは段々と増しているようにも見えた。
やがて、メリーの口から、僕の質問に質問で返す形で言葉が紡がれた。
「坊っちゃん、今日までわたしは坊っちゃんに嘘をつき続けてきました。これからわたしが話すことは全て真実です。最後まで聞いてくれませんか? そして、聞き終わったあと、改めて一つお願いをさせてもらってもいいですか?」
違う、いつものメリーとは、明らかに雰囲気が違う。口調だって違えば、まとっている空気もまったく違う。
でも、何だろうか、この雰囲気、どこかで感じた記憶がある。いや、そんなこと、そんなことあるもんか。
「まぁ、話は聞いてやるさ。でも、それから先は約束できない。あくまで主導権は僕。それでもよかったら、話してみろよ、メリー」
「はい……そうですよね……解りました。それでは、お話しさせていただきますね、坊っちゃん」
そう言って、メリーは僕に話し始めた。いつものメリーのような、違うような、ゆっくりと、でも、確かな口調で。
僕はそんなメリーの話を、一言一句聞き逃すまいと身を乗り出してから聞いた。さっき感じた懐かしい空気の正体に、わずかな期待と恐れを抱きながら。
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