アミィが露天風呂に向かってから40分が経った。普段のアミィはあまり長風呂じゃないから、もう少ししたら戻ってくるんだろうけど、俺は何だかソワソワしてしまっていた。
俺の脳裏には、さっきアミィが浮かべた表情がこびりついて離れなかった。せっかくの露天風呂なのに、俺もアミィも思いっきり満喫できなかったのはとても勿体なかったな。
それでも、過ぎてしまったことは仕方ない、俺にできることは、笑顔でアミィを迎えることだけだ。
テーブルの上に置いてあるお茶菓子を緑茶で流し込みながら物思いにふけっていると、目の前の襖が音をたてずに開いた。
「お待たせしました、ご主人様。お風呂、戴いてきました」
目の前には、ほかほかと湯気を上げながらこちらを見つめるアミィがいた。
アミィの火照った肌には桃のような赤みがさし、まだ水気が残る青髪がツヤツヤと輝いている。
慌てて戻ってきたのか、少し着崩れた浴衣の肩口からは普段のメイド服では見ることのない箇所の肌が顔を覗かせている。
お風呂上がりの女の子は、こんなにも色っぽいものなのかと感心してしまうな。
「どうされましたか? ご主人様。私、何か変ですかね?」
アミィは俺の方を見つめたまま、少し首を捻って見せる。あぁ、これぞ日本が誇る浴衣姿の女の子が持つ魔力だ、写真におさめて部屋中に飾っておきたくなる。
「いや! 何でもないよ、アミィ。それより、露天風呂はどうだった?」
「ご主人様の言う通り、お湯加減も景色も最高でした! 私、お風呂に浸かったままのぼせそうになってしまいましたよ!」
そう言ったアミィの笑顔は、心なしか無理して笑っているようにも見えた。やっぱり、アミィも俺と同じように物足りなさを感じていたんだろうな。
「それならよかった! それじゃあ、少し湯冷まししたら夕飯にしてもらおうか。いよいよだぞ、アミィ! 夕飯、楽しみだな!」
「はい! 私も、今日のお夕飯でお料理の勉強をしたいと思っているので、すごく楽しみですよ!」
俺もアミィも何だか空元気、この雰囲気はちょっとよくないな。俺は、これから始まる夕飯でこの空気が変わってくれるのを期待せずにはいられなかった。
…………
アミィが風呂から上がって30分程して、俺はベルでカグラさんを呼んで、夕飯を持って来てもらうようお願いした。
ちょうど準備ができたタイミングだったらしく、すぐにカグラさんが大きなお盆を持って、何度か部屋と調理場を行き来する。
「お待たせしました。それでは、御膳を並べさせていただきますね」
そして、カグラさんが俺達の目の前に、次々と細かい絵付けがされた小鉢や漆器を並べていく。その上には、様々な種類の料理が、器の色と調和して堂々と鎮座する。
ほうれん草のおひたし、蓮根をすって蒸した蓮根しんじょ、スライスした松茸と三葉が浮かぶお吸い物、琥珀色のあんがかかった揚げ出し豆腐、バラの花のようにまとめられた鮭の刺身、山菜と大海老の天ぷらが豪快に盛り付けられた竹の籠、そして紙鍋の上でくつくつと沸騰する出汁の横には、見事にサシの入った薄切りの牛肉。
脇には、箸休めのワカメの酢の物と大根の桜漬けが入った小鉢が並び、茶碗には醤油の香り高い鯛めしが湯気を上げている。
一つ一つの料理の量は多くないけど、これだけの種類の料理を一気に食べるのは俺も初めてだ。
「いや、これはちょっと凄いな……」
「はい、私、こんな綺麗なお料理初めて見ました。何だか、食べるのが勿体ない気がしてしまいますね……」
俺もアミィも目の前に広がるご馳走に、目をパチパチさせる。そんな俺達を見て、カグラさんはクスクスと笑いながら最後の鉢をコトリとテーブルに置いた。
「お食事が終わりましたら、ベルでお呼びください。その際にデザートをお持ち致しますので。それでは、ごゆっくりお楽しみください」
そういって、カグラさんは部屋の外まで出て、正座で俺達に頭を下げて、静かに襖を閉めた。
さて、それじゃあ、料理が冷めないうちに食べてしまうとしようかな。
「いただきます」
「いただきます!」
俺とアミィは向かい合って手を合わせ、目の前のご馳走に箸を伸ばす。さて、何から食べたものか、迷ってしまうな。
それから俺達は、様々な料理に舌鼓を打った。お世辞抜きに今まで食べた料理の中でぶっちぎりのクオリティ、俺の脳内は今まで感じたことがない食への畏怖の念で支配された。
「この蓮根しんじょ、ほっこりしていて、歯応えも所々サクッとしていて、素材の味っていうのかな、いや、本当に旨いな、これ」
「ふわぁ……このお吸い物の香り、何だか頭がフワッとしてしまいます……何なのでしょう、この香り、胸がいっぱいになってしまいますよ……味もお出汁が効いていて、ちょっとこれは真似できませんね……」
「いや、この天ぷらの揚がり方の見事なことったらないな! 海老はプリプリ、山菜はサクサク、やっぱり天ぷらはプロが揚げるとここまで違うもんなんだな、これは塩でも天つゆでも最高だぞ!」
「ご主人様ご主人様! このお肉、口に入れたら一瞬で消えてしまいましたよ! 脂が甘くて、その甘味がずっと舌にずっと残る感じがして。これは本当にお肉なのでしょうか? こんな食感初めてで、何だか感動してしまいますよ……」
アミィは料理を口に入れる度に、コロコロと表情を変えていく。そのすべてが、目の前に広がる料理のクオリティの高さを物語っていた。
多分、アミィから見た俺も、似たような表情をしているんだろうな。俺達は、全ての一品一品に感動の念を抱きながら、至福の時間を楽しんだ。
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