澄み渡るような秋空、その下に見える山々と田畑の褪せた色。そして、時折目の前に広がる、紅葉の鮮やかな赤色。
俺とアミィは、電車に揺られながら車窓からの景色を眺める。
平日なだけあって電車も空いていて、贅沢にボックス席で向かい合って座っているから、二人一緒に外を眺めることができている。
本当に、平日に休みをとれたのはラッキーだったな。
高天崎市を離れて二時間弱、俺達は『簓市』にある温泉街へと向かっている。
簓市は高天崎市以上に自然が残っていて、夏には避暑地としても人気がある観光スポットだ。
狭い土地に密集した建物は、もう姿を消していた。大分昔には、環境破壊だ何だで木々が失われつつあったらしいけど、自然との共存を掲げた簓市の一代事業により、今でもこうやって自然の美しさを楽しむことができている。
都会の利便性も捨てがたいけど、たまには自然に囲まれた元風景を眺めるのもいいもんだ。
アミィは都会から出たことが無いらしいから、こんな景色を見るのは初めてのことだろう。
「どうだい、アミィ。たまにはこんな景色を眺めながら二人で過ごすのもいいもんだろう?」
「はい、私、こんな景色は写真や本でしか見たことがなかったので、ちょっとびっくりしています……ご主人様と公園で散歩したときもそうですが、何だか気持ちが安らぐ気がしますね……」
俺の問いかけに、アミィは車窓に目を向けたまま答える。食い入るように景色を眺めるアミィは、驚きと感動で口が緩んでいた。
さて、景色を眺めるのもいいけど、そろそろ昼飯時だ。まずは一大イベントの前哨戦、アミィが作った弁当のお披露目だ。
「アミィ、景色を眺めるのもいいけど、そろそろいい時間だから、お昼にしようか」
俺の言葉に反応して、アミィは車窓から目を外し、俺に向き直る。
「はい! それじゃあ、少しお待ちくださいね、ご主人様」
そして、アミィは持ってきていた手提げ鞄から弁当箱を取り出し、俺に手渡した。今日のために、お揃いで買い揃えた弁当箱。もちろんアミィも食べるのは一緒だ。
今日は他にも、別添えのタッパーと大きめの水筒も用意されていた。なかなか本格的な旅行仕様の弁当に、俄然期待が高まる。
「それでは、召し上がれ! ご主人様!」
アミィの声を合図に、俺は弁当箱を開く。すると、俺の目にあの日のような光景が飛び込んできた。
まず目を引くのは、ごはんの上に振りかけられたピンクのハート型のでんぶ。その隣には、もはや定番になった甘い味付けの卵焼き、恐らく出来合いの照り焼きハンバーグとほうれん草のおひたし、そして彩りのたくあんが二枚。
シンプルな見た目の弁当も、アミィにかかればたちまち宝石箱だ。それにしても、このハートのごはん、久しぶりだな。
最も、俺がアミィに頼んで、会社に持っていくときに見られると恥ずかしいから止めてもらっていたんだけど。
「それじゃあ、いただきます」
「私も、いただきますね! ご主人様!」
俺は、車窓とアミィを交互に眺めながら、弁当を食べ進める。
車窓の景色もいいけど、やっぱりアミィの小さな口で一生懸命に弁当を頬張る姿を見るほうが俺は幸せだ。
それにしても、全体的に甘い味の弁当。俺の舌はもうこの味に慣れてしまった。
俺の嗜好もだんだんアミィ寄りになってしまったな。もうこの味付けでないと、物足りない気さえする。
そして、弁当を平らげた俺は、水筒の中のお茶を水筒の蓋に注ぐ。食後の一服、やっぱりいつもとは違う、格別の味がする。
「ご主人様! 今日はデザートも用意しているんですよ!」
少し遅れて弁当を平らげたアミィは、持ってきていたタッパーを開ける。その中には、いびつに剥かれて、切り揃えられたりんごが並んでいた。
「それでは、ご主人様! あ~んしてください!」
アミィはそう言うと、身を少し乗り出して、楊枝に刺したりんごを俺の口まで持ってきた。
「はい、あ~ん!」
ファミレスに続いて二度目の『あ~ん』。 電車内は空いているとはいえ、人がいないわけじゃない。
でも、俺はもう恥ずかしくない。それよりもアミィに食べさせてもらう喜びのほうが圧倒的に勝っている。
「あ~ん」
俺は躊躇なく差し出されたりんごに食らいつく。ちょっとすっぱめの甘い味。これが愛の味って奴なのかな。
「うん、やっぱりアミィが剥いてくれたりんごは最高だよ。もうひとつもらってもいいかな?」
「はい、いっぱい食べてくださいね! ご主人様!」
俺はアミィの手から、三個ほどのりんごを食べた。タッパーのなかにはまだいくつかりんごが残っている……そうだ!
「アミィ、ちょっとタッパーをこっちにもらえるかな?」
俺のお願いに、アミィはちょっと不思議そうに首をかしげる。
「はい、どうぞ……」
「ありがとう、アミィ。さて、それじゃあ……」
アミィからタッパーを受け取った俺は、りんごを楊枝に刺して、アミィが俺にしたのと同じようにりんごをアミィの口許へと持っていく。
「はい、口を開けて? アミィ」
「ご、ご主人様!? ダメですよ、そんな、私に、食べさせてくれるなんて、申し訳ないですよお!」
アミィは顔から汗が飛びそうなくらい慌てている。予想通り過ぎる反応に、つい口がほころんでしまうな。
「いいからいいから、俺に食べさせてくれたお返し、さぁ、あ~ん」
少しすると、アミィは観念して目を閉じながら懸命に小さな口を開いてりんごにかじりつく。
「あ、あ~ん」
俺の手からりんごを食べたアミィの顔が、徐々に赤く染まっていく。まるで、車窓の外に見える紅葉のように、赤く、赤く。
そして、アミィはりんごをシャリシャリと咀嚼し、コクりと飲み込み、ゆっくりと目を開きながら、口を開く。
「何でしょうか……この、なんとも言えない、甘くて、すっぱい味は……普通のスーパーのりんごのはずなのに……すごく、すごく美味しいです……」
アミィの顔がとろけきっている。解るよアミィ、俺だって同じ気持ちだよ。そして、アミィはりんごを三口ほどかけてシャリシャリと食べ終えた。
この光景、傍目から見たらバカップル以外の何者でもないだろうな。それでも、俺はこの幸せが続くなら、誰に見られてもいいと思っている。
その後も、俺達は残ったりんごを、お互いに食べさせあった。俺達の周りに流れる、甘い時間。そんな時間も、じきに終わってしまう。
俺達を運ぶ電車は、そろそろ目的地へと辿り着く。俺達は、時間が許す限り、お互いを求めあった。
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