「だ、大丈夫か! アミィ!」
俺はアミィの近くまで駆け寄り、アミィの肩に手を置いてアミィの無事を確認する。そんな俺の問いに、アミィは苦笑いしながら答えた。
「ま、万全かと言われたら怪しいが、ひとまずこうして恭平と話せるくらいには大丈夫だ。心配掛けて悪かったな、恭平」
アミィはそう言うけど、メイド服は所々擦れてボロボロだし、腹部に至っては肌が露出していて、目に見えて凹んでいる。こんな状態になって平気なわけがない。それでも、アミィとまたこうして話せたことがただただ嬉しかった。
「よかったっ……! アミィが無事で本当によかったっ……!」
「おいおい、泣くなよ恭平。それより今は片付けないといけないことがあるだろうが」
アミィはそう言って、上半身を起こした状態で座っているダイクの方に目をやった。その姿は敵ながら痛々しく、完全に戦意を喪失しているようだった。でも、その表情は何だかスッキリしたような、毒気のないものだった。
「よお、ダイク。気分はどうだい?」
アミィの軽い口調に、ダイクも苦笑いをしながら答える。
「気分、か。腹に穴が空いて、顔面にも一発いいのをもらって、散々な筈なんだけどな……不思議と悪い気分じゃないよ」
「そうか、実は俺もそんなに悪くない気分なんだ。多分、もらったダメージより、久しぶりにヒリつく勝負が出来て楽しかったって気持ちが勝ってるんだろうな」
「ハハッ……! お嬢ちゃん、根っからの戦闘狂だな。いやいや、参った、参ったよ、本当に」
アミィもダイクも、あんなにやり合ったあとにも拘らず、とても清々しい表情をしている。そんな二人を、俺は妙な気持ちで見ることしか出来なかった。
「さて、それじゃあ、話してもらおうか。俺も恭平もお前が何者なのか気になって仕方がないんだ。時間もあまり無いから、手短にな」
俺とアミィは、並んでダイクを見下ろして、うなだれるダイクの口が開かれるのを待つ。そして、軽くため息をついて、ダイクが口を開いた。
「俺はな、ボスの世話になる前は非合法の地下闘技場の選手だったんだ。それなりに人気もあったんだぜ? でも、ある事故が俺を変えちまった……」
ダイクは、ポツリポツリと自分の生い立ちを語り始めた。俺とアミィは目配せをして、ダイクの話をただ黙って聞くことにした。
「あんな掃き溜めの中でも、俺には友達がいたんだ。『フリオ』っていうんだけどな。気のいい奴で、地下らしからん陽気な性格のアンドロイドだったよ……」
ダイクは顔を上げ、天を仰ぎながら話を続ける。
「でも、地下の勝負の世界はオーナーの命令が全て。莫大な金額が掛かった勝負でフリオとやりあうことになったんだが、そこで俺は勢い余ってフリオの頭を粉々に破壊してしまったんだ……」
アンドロイドがアンドロイドを破壊する。そんな事態は通常起こり得ない。でも、ダイクの口から語られるリアルな内容に、この世には俺の知らない世界があることを思い知らされた。
「でもさ、アンドロイドなんだからさ、壊れた箇所を工場で修理すればまた復帰できるんじゃないか?」
俺からの質問に、ダイクは力無く首を振る。
「いや、俺達はもともと非合法な存在なんだ。闇工場で修理するより、新しく最新の性能がいいアンドロイドに買い換える方が足がつきにくいんだよ。所詮俺達は使い捨ての戦闘マシーンなのさ」
ダイクが言う『使い捨て』という言葉に、俺の胸がチクリと痛む。アンドロイドにだって意思はあるのに、そんな扱いを受けているアンドロイドがいるという現実に、俺はやるせなさを感じた。
「かくいう俺も、あの事故以降どうにも戦績が振るわなくなってよ。ついにはフリオと同じ様に処分されることになったんだ。俺はまだやれるっていったんだがな。オーナーの命令は絶対だ、全く、堪ったもんじゃねぇよ!」
ダイクはまとめ上げた右手を叩きつけながら、吐き捨てるように言った。そして、ダイクの話は事の核心へと近づいていく。
「そんな時だ、俺が『ボス』に買い上げられたのは。元のオーナーは合法的に俺を金に変えられるって飛び付いたよ。そんで、ボスに『MID型のメイドアンドロイドの破壊』を命じられたって訳。それだけの話だよ」
この話、解りやすい話のようで疑問点はある。俺は思い付くことからダイクに質問をしてみた。
「でも、そもそもアンドロイド同士で戦うってこと自体、今の世の中ではあり得ない話だと思うんだけど、その辺はどうなってるんだ?」
俺からの質問に、ダイクは軽い口調で答える。
「ま、世の中には兄ちゃんの知らない暗部があるってこった。俺はこうして戦って生きるのが当たり前のことだと思ってるから、むしろ何で世の中のアンドロイド達が弱っちい人間の言うことなんか聞いているのかの方が疑問だね」
俺はダイクの答えに対して、何も言えなかった。そして、このダイクの答えは、俺の中に僅かな疑念の芽を生んだ。でも、今はそれより目の前のことを考えることにした。
「じゃあ、君は何でオーナーの命令を聞いていたんだ?」
俺からの更なる問いに、ダイクは指で頭をコンコンと叩きながら答えた。
「オーナーは俺の頭の中にパルス爆弾を仕込んでいたんだ。スイッチ一つで俺のメモリはパーってわけ。簡単だろ?」
そんな、それじゃあまるで奴隷じゃないか。そこで俺は初めにダイクが言っていた言葉を思い出した。『奴隷社会からの解放』。それがダイクが新しい持ち主からの命令を聞いていた理由なのか。
そうなると、もう一つ疑問が出てくる。なぜアミィがこうして今無事でいるのかということだ。これについては俺より先にアミィがダイクに問い詰めた。
「それじゃあ、何でそのボスとやらの命令通り、俺を破壊しなかったんだ?」
このアミィからの問いに、ダイクは少し声のトーンを落として答えた。
「俺は確かにボスには恩義を感じているんだけどな。やっぱり、俺には他のアンドロイドを壊すことなんて出来なかった。どうしても、あのフリオの頭が砕ける感触が頭の中でちらついてな……」
このダイクというアンドロイド、やっぱり俺がさっき感じた通り、根はいい奴なんじゃないかと思い始めた。そして、ダイクは俺に向けて話しかけてきた。
「悪かったな、兄ちゃん。大事なガールフレンドを壊そうとしちまって。俺、さっきは兄ちゃんのことをおかしいって言ったけど、俺がフリオのことを友人だと思ってたことの方がよっぽどおかしかったのかなって思っちまってさ…… 俺、もう解んねぇよ……」
「いやっ! そんなことないって! ダイクは友達思いのいい奴さ! その気持ちは全然おかしくない!」
俺は思わず叫んでいた。さっきまでアミィを殺そうとしていたアンドロイドに。でも、本当はそうじゃなくって……。
「ああ、恭平の言う通りさ、お前はおかしくなんかない。それに、俺とお前ももう友達みたいなもんさ。殴って、殴られて、それを楽しむ。俺もお前と同類だよ、ダイク」
「お嬢ちゃん……」
「それと、その『お嬢ちゃん』ってのもう止めないか? 俺には『アミィ』っていう名前があるんだからよ」
「ああ、そうだな、アミィ」
「楽しかったな、ダイク。今度はもっとクリーンに勝負しようぜ!」
アミィはそう言って、爽やかな笑みを浮かべながら拳を付き出した。それに答えようと、ダイクも拳を付きだそうとする。でも、ダイクは拳が当たる寸前で手を引いた。
「どうした? ダイク……」
意外そうな表情をするアミィに、ダイクはアミィに顔を向けて、目を見つめながら言った。
「悪い、アミィ、その約束は守れねぇ。時間がねぇ、最期に言っておく。『禍津 光照』に気を付けな」
「何だ、どういう意味だっ! ダイク!」
「それじゃあな。俺も楽しかったぜ、アミィ」
その一言と共に、ダイクの目から光が消える。そして、ダイクの拳はアミィの拳と出会うこと無く、ドサリと、地面に、落ちた。
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