私の隣で、進くんが水槽のなかのお魚を目を輝かせながら見ている。その顔はとても無邪気で、心の底から楽しそう。
私も初めて見る圧倒的な光景に目を奪われる。でも、それ以上に気になっているのは、進くんがジュリさんと離ればなれになることをどう思っているかだった。
進くんは、まだ小さい。もしかしたら、ジュリさんと離ればなれになるということをまだよく解っていないのかもしれない。余計なお世話だと解っていても、私はどうしても進くんに聞きたかった。
「ねぇ、進くん、ちょっといいかな?」
「なぁに? アミィお姉ちゃん」
ここで話すと、進くんがジュリさんに気を使って正直に教えてくれないかもしれない。私は、進くんが話をしやすいようにこの場から移動することにした。
「お姉ちゃん、あっちのお魚も見てみたいんだけど、一緒に来てくるかな?」
「うん! ぼくも、もっと違うお魚見たい! 一緒に行こう! アミィお姉ちゃん!」
「うん! それじゃあ、お姉さんに付いておいで!」
私達は、ホールの左側の通路へと向かった。これで私と進くんのふたりきり、進くん、私に話してくれるといいな。
…………
通路の両サイドには、いくつもの水槽があって、そのなかを海のお魚とはちょっと違う、色とりどりの熱帯魚が優雅に泳いでいた。
もちろん進くんは、その美しさに食いつくように見入っている。本当は、こんなに喜んでいる進くんのことを邪魔したくないけど、私は思いきって進くんに聞いてみた。
「進くん、ちょっといいかな? お姉さん、進くんに聞きたいことがあるんだ」
「なぁに? アミィお姉ちゃん、聞きたいことって」
「進くん、しばらくしたら海外に行っちゃうんだよね? ゴメンね、私、ジュリさんから、聞いちゃった」
私の言葉を聞いた進くんの表情が、僅かに曇る。
「うん、そうなんだ。お父さんのお仕事が忙しくって、少しの間、みんなにお別れしないといけないんだ。でも、大丈夫だよ! お父さん、『少しの間だけだから』って言ってたもん!」
進くんはそう言って、私に笑いかけてくれる。でも、多分進くんのお父さんが言っていることは、嘘だ。
正直に言うと、進くんが駄々をこねるだろうから、嘘を言っているんだ。そうじゃないと、ジュリさんのあの表情に説明がつかない。
でも、私の口からはそんなこと言えない。私が進くんの家庭の事情に首を突っ込んでいい訳ない。
私はただ、進くんのことの話に相づちを打つことしか出来なかった。私に出来ることは、やっぱりないのかな。
「そうなんだ……寂しくなるね」
「うん……」
「進くんが帰ってきたら、また、一緒に遊ぼうね」
「うん、約束だよ、アミィお姉ちゃん」
「うん、約束」
私達は、ちょっぴりしんみりした空気のなか、通路の奥へと進んでいく。すると、奥の方から、何か悲鳴のような声が聞こえてきた。
そして、こっちに他のお客さんがバタバタと駆けてきた。みんな、何かから逃げるように慌てている。
更に、周囲に警報のような音が響き渡る。そして、私達の目の前に、水族館のスタッフアンドロイドが歩いてきた。
「あの! 何があったんですか? スタッフさん!」
私の問いかけに、そのアンドロイドは答えない。それどころか、その目は明らかに私達に敵意を向けていた。
「ウーッ、ウーッ! ウァァァ!」
ダメだ、正気を失っている。そのアンドロイドは、虚ろな目をしてこっちに歩いてくる。
「あ……あ……」
私は足がすくんで、その場から動くことが出来ない。進くんも、私と同じようにその場で体を震わせていた。やがて、私めがけてアンドロイドが拳を振るう。私はその拳を、避けることが出来なかった。
「ああっ!」
私の体は紙くずのように壁へと叩きつけられる。何だか頭がボーッとする。痛みは不思議とあまり感じない。そして、アンドロイドが私へと近づいてくる。あまりにいきなりの状況、私はただ困惑することしか出来なかった。
目の前のアンドロイドが拳を振り上げる。あぁ、私が余計なことをしなければこんなことにはならなかったのに。ゴメンなさい! ご主人様……!
その時、どこかから叫び声が聞こえてきた。
「止めろ! アミィお姉ちゃんに何するんだ!」
進くん!? ダメ! 進くん!
私は叫ぼうとしたけど声がでない、このままじゃ進くんが危ない!
アンドロイドは進くんの叫びに反応して、進くんの方に歩を進める。私の意識は、そんなアンドロイドの背中を見ながら、暗闇へと堕ちていった。
…………
アミィお姉ちゃんが叩かれた。ぼくはそれをただ見ていることしか出来なかった。アンドロイドがアミィお姉ちゃんに向かって歩いていく。アミィお姉ちゃんが危ない!
ぼくはとっさに叫んでいた。とても怖いけど、アミィお姉ちゃんが怪我するのはもっといやだ! ぼくだって男だもん、アミィお姉ちゃんを守らないと!
アンドロイドがぼくの方へとやって来る。ぼくの足は縛りつけられたみたいに動かない。あぁ、やっぱり怖い、怖いよぉ、助けて、ジュリお姉ちゃん……!
「ひぃっ!」
ぼくは思わず目をつぶってしまった。すると、ぼくの近くで、大きな音がした。恐る恐る目を開けると、そこにアンドロイドはいなかった。その代わりに、アミィお姉ちゃんがぼくを見つめていた。
いつものアミィお姉ちゃんじゃない。ぼく、覚えてる。遊園地でぼくたちが危ないめに遭ったとき、恭平お兄ちゃんの横でジュリお姉ちゃんを見ていた、あのときの、アミィお姉ちゃんだ。
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