俺達はステージの前までやって来た。ステージの上には直前までステージ上で演奏の準備をしていたグループの散乱した機材があるだけだった。
「特に変わったところは無いな……」
俺が辺りを見回していると、どこかから微かに声が聞こえてきているようだった。それに気づいた俺達は、息を殺して周囲に耳を澄ました。
『誰か……誰か……!』
「舞台裏だ!」
いち早く声の出所に気づいた昌也がステージ脇の階段を登り、そのまま走って舞台裏へと入っていく。
俺達も昌也に続いてステージに登り、舞台裏へと向かった。
…………
薄暗い舞台裏、目を凝らさないと何があるかも解らない。俺達はステージから聞こえてきた声を頼りに舞台裏を探索する。
しばらくすると、だんだん声の発生源に近づいてきた。すると、うっすら人影が見えてきた。
「誰かいるのか!」
そこには横たわった少女と泣きじゃくる少女がいた。泣きじゃくる少女はこちらに気づいたようで、バタバタとこちらに走ってきた。
「夏樹……ちゃんが……夏樹ちゃ……んが目を……覚まさ……ないの……」
この顔と格好には見覚えがある。そうだ、マリンちゃんだ。ちょっと声がおかしいみたいたけど間違いない。
「落ち着いて、マリンちゃん。何があった? 他には誰もいないの?」
俺は何とかマリンちゃんを落ち着かせようとするけど、マリンちゃんは完全に我を失っていた。
マリンちゃんは目に涙を浮かべながら同じ言葉を繰り返している。
「夏樹ちゃん……が……夏樹……ちゃんがぁっ……」
他の三人も、俺に続いてマリンちゃんの元にやって来た。そしてマリンちゃんの傍で横たわった少女の様子を確認していたキッカさんが落ち着いた様子で言った。
「大丈夫です、ただ気絶しているだけのようです、息もしています」
「取り敢えず救急車だろ!?」
この状況、倒れているのは間違いなく夏樹ちゃんだろう。キッカさんの言葉を聞いた昌也は慌てて救急に電話を入れる。
「マリンちゃん!」
俺はマリンちゃんを落ち着かせるべく、少し強めにマリンちゃんの肩に手を置く。
あんまり粗っぽい手段は取りたくないけど状況が状況だ、仕方ない。
「は、はい! すみません!」
俺の声にマリンちゃんは我に帰り、俺の方を見る。よかった、これなら少しは話を出来そうだ。
「落ち着いて! 今、救急車を呼んだからもう大丈夫! 心配しないで、俺達は怪しいものじゃないからさ!」
「あ、ありがとう……ございます」
本当は二人のマネージャーなんかがいるんだろうが今はそれどころではない。探している時間も惜しい、説明は後にしよう。
俺達は成り行きでマリンちゃんに付き添い、病院へと向かった。
…………
俺達は夏樹ちゃんが搬送された潮賀浜市立病院の廊下の長椅子にかけて夏樹ちゃんの検査結果を待つ。
病院内に漂う消毒液のような臭いが俺達の不安を煽る。
「夏……樹ちゃん……夏樹……ちゃん……」
マリンちゃんはしきりに夏樹ちゃんを心配している。俺達はかける言葉もなく、ただマリンちゃんを見守ることしか出来なかった。
俺達が20分ほど待っていると、担当の先生が病室から出てきた。俺達は一斉にそちらの方に注目する。
「ご家族の方はおられますか?」
俺達はただの付き添いだ。今から夏樹ちゃんの家族に連絡しないといけないか。そんなことを考えていると、マリンちゃんがゆっくりと立ち上がった。
「はい、私が……夏樹ちゃ……んの……家族……です」
「いや、ちょっと待った! まずは親御さんとか呼んだ方がいいんじゃない?」
昌也が長椅子から立ち上がりながら口を開く。
昌也の意見は最もだ、マリンちゃんも気持ち的には家族には違いないんだろうけど、マリンちゃんはあくまでアンドロイド。戸籍上は家族とは言えない。
しかし、マリンちゃんは、何かの拍子に痛めたであろう喉から、絞り出すように言った。その表情は何だか少し物悲しげだった。
「夏樹ちゃんの家族は……私しか……いません……ので……」
何てこった、そうだったのか。まさかもう既に親がいないとは思ってはいなかった。俺は恐る恐る昌也の方に目をやった。
マリンちゃんに向かって不用意なことを言ってしまった昌也は、ばつの悪そうな顔をしている。仕方ない、こればかりは予想しようもないことだ。昌也は何も言わず長椅子に座り直した。
「そうですか……それでは、こちらに」
先生がマリンちゃんを病室に招き入れた。当然ながら、マリンちゃんの顔は何だか不安げだった。
「何もなければいいんだけどな……」
「だよな、だって夏樹ちゃんは国民的アイドルだからな」
「それは今は関係ないのでは? ご主人」
「わ、悪かったよ……」
「私、心配です……」
俺達はマリンちゃんが病室から出てくるまでしばらく待った。その時間は、何とも居心地が悪い、緊張した空気に包まれていた。
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