俺達はコンサート会場の指定された席についた。開始前にも関わらず、会場内の熱気は既に肌で感じられるほど高まっているようだった。
周りを見渡すと、紫崎と同じような格好をしたファンも結構な数がいるようだ。
というより、明らかに俺達の方が浮いている。よくよく考えたら、相当なファンでもない限りシークレットコンサートのチケットは入手できないんだよな。改めて、場違いな所に来たもんだ。
「なぁ、紫崎君」
「何です? 先輩」
「これからコンサートが始まる訳だけど、何か気を付ける事とかあるのかな? ほら、よくあるだろ? 『コール』だかなんだか……よく知らないんだけど」
「あぁ、そんなことですか。そんな難しい事は考えなくていいですって、楽しんだもん勝ちですよ。それに、コンサートが始まったらそんなこと考えるのも忘れちゃいますよ、多分」
紫崎は意外と落ち着いているみたいだ。まぁ、楽しんだもん勝ちって考え方は気が楽だからありがたい。
「それにしても、紫崎がガチのツインマーメイドのファンってのは意外だったな、人は見かけによらんもんだ。所で紫崎、いくつか質問だ」
昌也が紫崎に何やら聞きたいことがあるようだ。いいぞ、その調子で親睦を深めてくれると今後の仕事がやり易くなるからな。
「何です? 関先輩」
「夏樹ちゃんの好物は?」
「桃とレアチーズケーキ」
「マリンちゃんの型番は?」
「3373型」
「夏樹ちゃんのスリーサイズは?」
「上から87、58、88」
「マリンちゃんのスリーサイズは!」
「夏樹ちゃんと全く同じ」
「即答かよ……俺もこれくらいしか知らんからな、本物だよ、お前は」
「いやいや、それくらいは知っておかないとお話にもなりませんからね……まぁ、大事なのは知識じゃなくて、いかにツインマーメイドが好きかという熱意です。そこにはファンの間で上も下もありませんよ」
「アイドルに対する哲学も完璧だ……今後は師匠と呼ばせてもらうぜ」
「止めてくださいよ……照れるじゃないですか……」
何だか怪しい方向に親睦を深めているようだけど、まぁ良しとしておこう。ふと横を見ると、アミィと進君が何やら話をしているようだ。
「ねぇ、進くん?」
「なぁに? アミィお姉ちゃん」
「進くんは、コンサートってはじめてなのかな?」
「うん、ぼくの家、お父さんもお母さんもめったに帰ってこないし、ジュリお姉ちゃんもあんまりお歌とか興味無さそうだから……でも、ぼく、お歌大好きだよ!」
「そうなんだ、お姉さんは一回聞いたことあるんだけど、凄かったよ、夏樹さんとマリンさんの歌」
「そうなんだ、楽しみだね、アミィお姉ちゃん!」
「うん、楽しみだね、進くん!」
アミィと進君が顔を見合わせて笑い合っている。やっぱり、アミィと進君は相性がいいみたいだな。しかし、それに比べて……
「おい、キッカ」
「何です?」
「お前は進のこと気に入ってるみたいだけど、オレはお前のこと認めてねぇからな! そこんところ頭にいれとけよな!」
「別に、私が何をしようが貴方の許可を貰う云われは無いと思いますが……それに、私は貴方に認めてもらおうなどとは毛頭考えておりません」
「何だとぉ!? この野郎!」
「それに、貴方と進君は主従の関係、主人を差し置いて他人に意見するなどもっての他かと。それと、私は『野郎』ではありません、メイドアンドロイドです」
「あ~! ああ言えばこう言う! ダメだダメだ! オレ、こいつとは一生仲良くなれねぇ!」
「私も同感です」
「てんめぇ~!!」
公園での一件もそうだけど、キッカさんとジュリさんは水と油だな。
あまりとやかくは言いたくないけど、このまま放っておくと掴みあいになりかねない。
「落ち着いて、ジュリさん……キッカさんも煽らない。ほら、せっかくのコンサートだから……さ」
「オレは悪くねぇからな! 文句はキッカに言ってくれ!」
「ついでに言うなら、その『キッカ』という呼び方も改めて戴きたいですね」
「このっ……! チッ! 気分わりぃな!」
「フン」
ジュリさんとキッカさんはお互いにそっぽを向く。
この場は何とか収まったけど、今後同じようなことがあったらと思うと気が滅入るな。
昌也にはキッカさんにもう少し柔らかい口調で話すようお願いしてほしいところだ。
「さて、そろそろ開演の時間かな?」
時計を確認すると、開演予定時刻の15分前だった。会場内もにわかにざわつき始める。
すると突然メリーさんが立ち上がり、会場の外へ出ようとしていた。
「どうしたの? メリーさん、何かあったの?」
「いえ~ やっぱりわたし、外で皆さんを待ってようかなぁ~と思いましてぇ~」
いきなりの発言に俺は少々混乱してしまった。やっぱりメリーさんは極端にマイペースな性格をしているから行動が読めないな。
「何で!? 何か問題でもあるのかな?」
「だってぇ~ わたしみたいなでっかいのがいたら他のファンの方に迷惑かなぁ~って思いましてぇ~ わたし、邪魔じゃないですかぁ~?」
「そんなことないって……心配しすぎだよメリーさん」
「そうそう、それにどうせお前なんてすぐに目に入らなくなるって、気にすんな、メリー」
「そうですかねぇ~ 解りました、それじゃあわたしも皆さんと一緒に聴かせてもらいます~」
やれやれ、なかなか妙な気のきかせかたをするな、メリーさんは。そんなやり取りをしていると、開演時間がやって来た。
会場の照明が落とされ、後はツインマーメイドの登場を待つばかりになった。いよいよコンサートが始まる、俺達の期待は最高潮に達していた。
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