メリーさんを見送った俺達も、オフィスに戻るべくベンチから立ち上がり、屋上の出口へと歩いていく。その道すがら、俺は思いきって紫崎に尋ねてみた。
「紫崎君、さっきのメリーさんの様子、ちょっとおかしかったよね? 差し障りなければでいいんだけど、あのメリーさんの態度について聞いてもいいかな?」
俺の質問に、紫崎はちょっと答えにくそうにどぎまぎする。そして、紫崎はその場で足を止め、小声で俺に話しかけてきた。
「この際なのでお答えしますけど、メリーが何か隠し事をするときはあんな早口になるんですよね。呼び出されたときに何か隠すようなことを言われたんでしょうが。ま、それについては改めて僕からメリーに尋ねてみますので、先輩はひとまずメンバーに交渉をお願いしますよ」
「それもそうか。解ったよ、それじゃあ早速、定時後に昌也を呼び出してみるよ」
まぁ、俺から見てもそれは何となく解っていたことだけど、ここは紫崎の言う通り昌也とジュリさんとの交渉のことだけを考えよう。
再び歩き始めた俺達は、ほどなくしてそれぞれのデスクに着いた。
…………
午後の仕事が片付いて、そろそろ定時に差し掛かる頃、俺はディスプレイから顔を覗かせながら対面のデスクの昌也に呼び掛ける。
「おい、昌也。ちょっといいか?」
俺の呼び掛けに、昌也も同じように顔をこちらに覗かせた。
「どうした恭平、そっちから話しかけてくるなんて珍しいじゃねぇか」
「いやな、たまには仕事あがりに二人で呑みにでも行かないかと思ってな。どうよ、今日の予定は」
俺の提案に、昌也はわずかに目を見開き、ポカンと口を開けながら答えた。
「何だ何だ、最近は課の呑み会もスルーしてさっさと帰ってたのに。今日はアミィちゃんはいいのか?」
「バカ! アミィは関係ないと何度も行ってるだろうが!」
「いやいや、どう考えてもアミィちゃんしかいないだろうよ。俺達みんなそう思っているんだから隠す意味ないって」
そう言って昌也はヘラヘラと笑っている。チクショウ、それも全部昌也が触れて回ったからだというのに。
「元はと言えばお前がなあ……ま、今日のところはそれでいいや。それで、今日の予定はどうなんだ、昌也」
「まぁ、特別用事がある訳じゃないけど、そうなったらキッカさんに連絡しないといけないな。さて、ちょうど定時になったことだし、キッカさんに電話してくるわ!」
そう言って、昌也は早々と帰り支度を済ませてオフィスから飛び出していった。
さて、俺もアミィに今日の夕飯は準備しないよう言わないといけないな。
…………
俺と昌也は西高天崎駅近くの居酒屋の一席でひとまず乾杯をする。そして、ジョッキのビールを一気に半分ほど空けた昌也が俺に尋ねてきた。
「それで? 今日はなんの為に俺を呼び出したんだ? アミィちゃんと何かあったのか? ええ?」
「いや、俺とアミィには何もないんだけど……というか、何でまたいきなりそんなこと聞くんだよ」
「バッカ! お前と俺、何年一緒にいると思ってるんだ! 恭平、何か改まった相談があるときは絶対言葉の頭に『いやな』って付けてから呑みに誘うだろうが!」
何と、俺にそんなクセがあったとは。やっぱり昌也は見るところはしっかり見る奴だな。
参った、降参だ。俺は手に持ったジョッキをテーブルに置き、昌也の方を見る。
「そこまで察してるなら話は早い。今日は昌也に、というか、キッカさんにお願いしたいことがあって昌也を呼び出したんだ、スマンな」
「へ? キッカさん?」
俺の答えに、昌也はキョトンとしている。まぁ、昌也に相談することはあってもキッカさんにお願いをするのは初めてだからな。
昌也の反応も致し方ない。俺は紫崎から受けた相談を上手くオブラートに包んで昌也に話した。
…………
「……という話なんだけど、何とかお願いできないか? ここは紫崎を助けると思ってさ、頼むよ、昌也」
俺の話を聞いた昌也は、目を閉じて眉間に皺を寄せながら考え込んでいる。そして、10秒ほどして昌也は目を開けた。
「まぁ、俺から頼めばダメとは言わないだろうが、理由が話せないっていうのがちょっとネックだな。いや、キッカさん、わりとそんなところ気にするからさ」
「悪い、こればかりは紫崎との約束で話せないんだ。何なら時間を取って俺から直接キッカさんにお願いしてもいいからさ、頼む! 昌也!」
俺は両手をテーブルについて頭を下げた。すると、昌也は少し慌て気味に俺の願いに答えた。
「いや! そこまでするなって、恭平! 解った! 解ったから! 何とか俺からキッカさんにお願いしてみるから! 頭あげろって!」
「スマン! 昌也! 恩にきるよ!」
俺が頭を上げると、昌也が頭に手を当てながら首を振っている。まぁ、呆れられても仕方ないか。そして昌也が俺の方を見ながらしみじみと話し始めた。
「しっかし、恭平、今に始まった話じゃないが、お前って奴は本当にお人好しだな。ま、そんな恭平だから俺もずっとお前と一緒にいるんだろうけどな!」
「昌也……!」
これぞ男の友情、ヤバい、何だか泣けてきた。やっぱり何だかんだで昌也は俺の最高の友人だ。
俺は改めてジョッキを握り、昌也の前に持っていった。
「それじゃあ改めて、本当にありがとうな、昌也」
「よせって、水臭い。それじゃあ!」
「「乾杯!!」」
こうして俺と昌也は盛大に呑み明かした。自慢じゃないけど俺は普段酒は飲まないけどそれなりに酒には強い。
対して昌也は酒は好きだけどすぐに酔う。だから二人で呑むときは必ず昌也が先に潰れてしまう。
今日の勘定は俺が全部出しておくさ。最近は二人きりで呑む機会がなかったからちょうどいい。
俺はぐったりとした昌也の肩を担いで居酒屋から出た。
電車に揺られ、高天崎駅にたどり着く頃には昌也の意識も戻り、そのまま別れて帰った。
さあ、帰ったら早速アミィにメリーさんへのプレゼントの話をしてやらないといけないな。
俺は駅前のケーキ屋でアミィへのお土産を買ってから家路についた。
さて、明日はジュリさんにお願いしないといけないぞ。俺はわずかにふわふわとした心地でアミィが待つ部屋へと戻った。
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