「おはよう諸君、急な話だがぁ諸君らに伝達事項がある」
朝のミーティングで課長が何か言っている。朝一から妙な話は遠慮したいところなんだがな。
「本日付でぇ我が部に新しい仲間が加わることになったぁ……入れぇ」
課長の合図で、会議室内に見慣れない男が入ってきた。年は俺より若そうだ、こんな時期に新入社員なんて珍しいな。
「それでは、自己紹介を」
「……紫崎 琢磨です。宜しくお願いします」
何だかあっさりした自己紹介だったな。それに……紫崎ってもしかして。
「諸君らが察しの通りぃ、紫崎君は我が社の社長の御子息であるぅ。だからといって特別扱いするんじゃあないぞぉ。教育係は……響、お前がやれぃ」
「俺ですか!?」
参ったな、そんな腫れ物の様な後輩を俺が面倒を見るハメになるとは。
しかし、鬼の課長の言うことは絶対だ。逆らえば容赦なくこのご時世珍しい鉄拳が飛んでくる。
「はい、解りました。お任せください」
「うへぇ、災難だなぁ、恭平」
昌也が小声で話しかけてきた。まぁ昌也じゃあ教育も何もないだろうから仕方ないか。俺ら二人が一番下っぱだから自動的にこうなる。
「以上、特に諸君から無いようならぁ、解散!」
…………
紫崎のデスクは俺の隣になった。まぁ、教育係を拝命した以上はしっかりやらないとな。取り敢えずは、業務内容の確認からかな。
「それじゃあ紫崎君、これから宜しくね」
「……宜しくお願いします」
何だかやる気を感じないな。更に言えば、愛想もなければ覇気もない。非常にやりにくい。これから毎日こうだと思うと、何だかゲンナリしてくる。
「それじゃあ一通り業務内容の説明を……」
説明をしようとする俺を紫崎が遮る。
「あぁ、その辺は大丈夫です。業務内容は事前に確認済なので。まぁ、先輩は僕の事は気にせずいつも通りにしていて下さいよ」
一応教育係を拝命した以上はそうも言ってられないんだけど。しかし、実際に紫崎の業務を見ていると確かに何の問題も無さそうだった。社長の息子ってくらいだからそれなりの能力はあるってことか。
「……」
「……」
いかん、どうも居心地が悪いな。本来ならちょっとした世間話かなんかで少しでも距離を縮めたいところなんだけど。
かといって、話す話題も無いので、俺達は黙々とデスクの前でディスプレイと向き合っていた。すると昌也が向かいのデスクから顔を出す。
「どうよ……社長の御子息様は」
俺は紫崎に聞こえないように少し身を乗り出して昌也と話す。
「正直やりにくいな……だかな、見た感じだとお前よりは戦力になりそうだぞ」
「マジかよ……ヤベェな、俺」
「そう思うんだったら、手を動かせ手を」
俺達のヒソヒソ話を知ってか知らずか、紫崎はやる気の無さそうな顔で黙々とデスクに向かう。この調子だと仲良くなるのには時間がかかりそうだな。
しかし、まさか自分の働く会社の社長の息子が俺の隣にいるなんてな。下手に動いて、俺の首が飛ぶなんてことにならなきゃいいけど。
そんなことを考えながら、俺はいつも通り、ただ愚直にデスクワークに勤しんだ。
…………
仕事中らしい黙々とした空気の中、時計が正午を指した。待ちに待った昼飯の時間だ。今日は特にアミィが作ってくれた弁当が楽しみで仕方がなかった。
「お、恭平、今日は弁当なんだな……勿論、俺は今日もあんパンと牛乳だ!」
昌也が対面のデスクから顔を覗かせながら聞いてもいない事を誇らしげに言う。
「なぁ、昌也、いつもそれで飽きないか?」
「俺にはこれ以外の選択肢は無いんだよ! 懐事情的に!」
「やれやれ……いつか栄養失調で運ばれるぞ……」
俺はそんな昌也を尻目に弁当箱のふたを開ける。
「ぶっ!!」
俺は思わず吹き出した。俺の目に飛び込んできたのはご飯の上に敷き詰められたでっかいハートマーク。どこでこんなものを覚えたんだか。
嬉しいことは嬉しいんだけど、とてもじゃないけど人に見せられるものじゃない。俺は慌てて弁当箱のふたを閉める。
「どうした? 恭平」
よかった、昌也には見られなかったようだ。
しかしこれでは弁当が食べられないではないか。どこか人目が無い場所へ行かなくては。そうなると、屋上が一番だな。
「い、いや、今日は天気も良さそうだから屋上で食べようかと思ってな」
「いいねぇ! 俺も行く行く」
「わ、悪い! き、今日一人で食べたい気分なんだ!」
「お、おぅ……それなら俺は止めとくよ……」
狼狽する俺を怪訝そうに見ながら昌也は昼飯を食べ始めた。
「悪い! それじゃあな!」
俺は昼飯を食べる昌也を尻目に、そそくさと屋上へと向かった。
…………
「さて、ここなら安心だろ」
俺は周りに人がいないか入念に確認し弁当箱のふたを開けた。
中身はハートマーク付のご飯、所々焦げた不恰好な卵焼き、スーパーのお惣菜と思わしききんぴらごぼうにプチトマト。ハートマークは……紅鮭をほぐしたものらしい。
見た目は綺麗とは言えないけど、アミィが俺を喜ばせようとしてくれた事は十分に伝わってくる。
箸を付けるのが勿体無い気もするけど、綺麗に食べてアミィの努力に答えるのが礼儀ってもんだ。俺は弁当に箸を向け、ご飯に箸を付けようとした。すると、頭上が急に暗くなる。
「あらあら~ 可愛らしいお弁当ですねぇ~」
「うわっ!」
急に話しかけられたもんだから危うく弁当箱をひっくり返すところだった。俺は顔を上げ、目の前の人物に目を向ける。
そこにはニコニコしながら俺の弁当箱を覗き込む女性……ではなくメイドアンドロイドがいた。
「あ、お邪魔してしまいましたねぇ~ ごめんなさいねぇ~」
何とも気の抜けるしゃべり方だ。俺が呆気にとられているとメイドアンドロイドの後ろから声がした。
「おい、メリー! 何やってるんだ!」
「あ、坊っちゃん」
そこには俺の後輩で、我が社の社長の息子である紫崎の姿があった。
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