土曜日の朝、俺は昨日の酔いを引きずったままベッドから体を起こす。俺と恭平で呑んだ後はいつもこうだ、俺も成長しないな。
でも、あの頃と違うこともある。俺が寝室から出るとベーコンが焼けるいい香りがしてきた。
「ふゎあ~……おはよう、キッカさん」
「おはようございます、ご主人。今朝の気分はいかがですか? まぁ、ご主人がお酒を飲んで帰ってこられた次の日によい気分という話は聞いたことがありませんが」
そう言ってキッカさんはテーブルの上にテキパキと朝食を並べていく。今日の朝食はベーコンエッグとサラダ、そしてこんがりと焼けたトーストだ。
そしてキッカさん自らコーヒー豆を挽いたお手製のコーヒー。呑んだ次の日にはこれが嬉しいんだ。
「ああ、キッカさんの言う通り、ちょっとまだ気分が悪いんだ。あ! でも朝食はちゃんと食べるからね! 大丈夫大丈夫!」
「そうですか。それでは、ごゆっくり召し上がってください。いつも通り、コーヒーのおかわりは十分に準備してありますので」
キッカさんはいつも俺の後ろに立って俺が朝食を食べ終わるのをただ黙って待っていてくれる。
はじめはちょっと居心地が悪かったりもしたけど、四年にもなったらさすがに慣れた。
キッカさんは俺が酒を飲んで帰ってきた次の日は、いつも多めにコーヒーを用意してくれている。キッカさんは何だかんだで俺を気遣ってくれる。
まぁ、普段俺に厳しく当たるのは俺自身が望んだことだ、キッカさんは根っからの世話好きであることは揺るぎない。
「それじゃあ、いただきます!」
俺はキッカさんが淹れてくれたコーヒーに口をつける。すると、挽き立ての豆のフレッシュな香りが俺の鼻腔をくすぐった。
豆の良し悪しなんて俺には解らないけど、俺はこの香りが堪らなく好きだ。
もちろん他のメニューもいつも通り最高だ。
ムラなく焼けた食パン、俺好みのカリカリのベーコンに黄身が半熟の目玉焼き、そしてレタスとカットトマトの上にキッカさん特製のドレッシングがかかったサラダ。
独り身には過ぎた完璧な朝食、世の中の男達が結婚せずにメイドアンドロイドに頼ろうとする気持ちはよく解る。
まぁ、俺の場合はそれだけじゃないんだけどな。
俺は土曜日の朝を最高のシチュエーションで過ごす。俺とキッカさん、出会ってから四年間、こんな共同生活を続けている。
あの頃の俺にはちょっと想像できない、出来すぎた幸せを味わいながら、俺は朝食を楽しんだ。
…………
「ごちそうさまでした。あ、キッカさん、片付けの前にちょっといいかな?」
「何でしょうか、ご主人。珍しいですね、いつもはさっさと自分で片付けようとするのに」
俺は朝食を食べ終え、コーヒーをすすりながら後ろに立っているキッカさんに向き直る。
酔っていたとはいえさすがにこればっかりは忘れない。俺は恭平にお願いされた内容をそのままキッカさんに話した。
「……って話なんだけど、お願いできないかな? ほら、やっぱり友達の頼みは断れなくてさ」
俺の話を聞いたキッカさんは、いつもと変わらない表情で答えた。
「ご主人からの命であれば、私に断る理由はございませんが、敢えて私から言わせていただくなら……」
そう言って、キッカさんは自らの考えを述べ始めた。やっぱり、キッカさんは言いたいことは言う性格だな。
「私の考え方としましては、従者が主人に尽くすことはあれど、主人が従者のことをそこまで考えるというのには少し不自然さを感じますね。ましてや、主人が従者に贈り物というのは、私の感覚からしたらとんでもない話です」
キッカさんは顔色ひとつ変えずに淡々と語る。キッカさんは本当に根っからのメイド気質だな。まぁ、そんなキッカさんが俺は好きなんだけど。
「キッカさんならそう言うと思ったよ……でも、俺だってキッカさんには感謝してるんだぜ? 俺もキッカさんに何か気の利いたことをしてあげたいっていつも思ってるんだけど、色々あって……さ」
俺の言葉に、わずかに表情を崩しながらキッカさんが食い気味に答えた。
「不要です。私はご主人の従者、それだけの話。ご主人は私に何なりとご命令をしていただき、私はそれに全力で答える。それ以上は何も望みません」
キッカさんはそう言うけど、俺も勇気を出してキッカさんに何か贈り物をするのもいいかもな。
拒絶されるのはちょっと怖いけど、俺だってキッカさんに感謝を伝えたい。
しかし、今日のところはその話は後回しだ。なに、時間はこれから先山のようにある。
さて、そうと決まったら早速恭平に返事をしてやらないとな。
「それじゃあ、改めて聞くけど、キッカさんもメリーさんへのプレゼント作戦に参加ってことでいいんだよな?」
「くどいですよ、ご主人。まぁ、私に出来ることがあるかは解りませんが、それでも宜しければ」
「ありがとう! キッカさん! さぁ~て、それじゃあ、恭平に電話してやらないとな!」
俺はキッカさんの気が変わらないうちに恭平に連絡した。朝早かったから起きてるか少し不安だったけど、恭平はすんなり電話に出た。
恭平曰く、アミィちゃんはもちろん大丈夫だとして、ジュリさんも特に問題ないとの話だった。
そこで俺は気付いた。いや、こればっかりは俺がどうこう言う話じゃないけど、ちょっと心配だな。
このことはひとまずキッカさんには伏せておこう。言えば今回の話がわやになるかもしれないからな。
なに、当日は恭平もいるし、進君だっているから何とかなるだろ! 俺は一抹の不安を胸に押し込んで朝食の片付けをした。
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