神様、ちょっとチートがすぎませんか?

「大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!!」
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12.僕の秘密、お父さんの秘密(後編)

公開日時: 2020年12月8日(火) 07:10
文字数:4,633

 お父さんに秘密を明かすと決めたものの、いったいどこから話せば良いのか。

 前世のこと、転生のこと、呪いのようなチートのこと、アベックニクスの騒動のこと。

 順番通りなら前世のことからだけど、それだとわかりにくい……かな?


 もともと、僕は人に何かを説明した経験なんてほとんどないし、うーん。

 まあ、いいか。分かりやすいところからにしよう。

 僕は少し迷った後、拳ほどの大きさの石を手に取った。


「お父さん、見ていてください」


 僕はそう言うと、持ち上げた石を握りしめた。

 別に全力で握ったわけじゃない。

 それにもかかわらず、僕の手のひらの中で石が粉々に砕けた。


 お父さんは僕の手のひらの中を凝視したまま目を見開く。


「これが僕の力です。僕は産まれた時から他の人の何倍もの力を持っていました。だから、ちょっと壁を叩いただけで穴を開けちゃうし、ちょっと握りしめただけで石を粉々にできます。

 それだけじゃありません。

 僕は産まれたその日に立ち上がることができました。

 あの日、寝室が壊れたのは、僕が不用意にジャンプしたからです」


 お父さんの顔が引きつる。

 その表情が何を意味しているのか、僕には分からない。


 驚き?

 困惑?

 疑惑?

 恐怖?

 畏怖?


 そのどの感情だったとしても、お父さんから向けられるのは恐い。

 やっぱり話すべきじゃなかった?

 でも、僕はお父さんを信頼して話すって決めたんだ。


「あの日、産婆さんが倒れたのは、赤ん坊の僕が蹴飛ばしたせいです。

 お母さんが気絶したのは産まれたばかりの僕が立ち上がっているのを見て、びっくりしたからです。

 ……そして、昨日アベックニクスを倒したのは、僕です」


 僕はそこまで言って、ビクビクしながらお父さんの反応を待った。

 お父さんはどう思うだろうか。

 やっぱり、お母さんのように僕を恐れるんだろうか?


 だが、お父さんは僕の頭をなでてくれた。

 そして言う。


「知っていたよ。お前が普通とは違う力を持っているってことは。なんとなくだけどな」


 ――やっぱり。


「お前が知られたくないみたいだから黙っていた。いつか話してくれると信じていたから」


 お父さんは、ずっと待っていてくれたんだ。

 僕を信頼して。

 不安や恐怖もあっただろうに。


「お父さん……ありがとうございます」

「だが、どうしてそんなことになったんだ? そもそも、産まれた日のことを覚えているのか?」

「それは……とても長い話になります」

「かまわん。聞かせてくれ。どんな話だろうと、俺はパドを信じる」

「ありがとうございます」


 そして、僕は話し始めた。

 前世のこと、おねーさん神様のこと、転生のこと。

 この世界で『前世』や『転生』という意味を表す言葉を知らなかったので、ちょっと手間取ったけど。


「つまり、お前は別世界の記憶を持ったまま俺たちの子どもとして産まれた。しかも普通の何倍もの力を授かって」

「はい、とても信じられないでしょうけど」

「……確かに驚くべきことだ。だが、いろいろなことに合点がいくことも事実だ。それに……」


 そこまで言ってお父さんはニカッと笑う。


「……言っただろう? 俺はどんな話だろうとお前の言葉を信じると」


 その時、お父さんは、もしかすると少し無理をして笑顔を見せていたのかもしれない。

 それでも、それでも僕はその瞬間、その笑顔に救われた気持ちがして。

 僕の瞳からは再び大粒の涙がこぼれていた。


「お前は元の世界でどんな暮らしをしていたんだ?」

「僕の元の名前は桜勇太といいました。名字の桜というのはきれいな花が咲く木のことで、勇太っていう名前には『勇気を持て』という意味が込められているそうです」

「名字があったということは貴族か王族だったのか」

「貴族……いえ、そんなことはないです」


 そうか、この世界では名字は貴族や王族だけが持っているものなのか。


「元いた世界では貴族以外も名字があるのが普通でした」

「そうなのか、だいぶこの世界とは違うんだな」

「はい。全然違う世界です。その世界で、僕は11年暮らしました。そして、11歳の誕生日に桜勇太は死亡したんです」

「たった11歳で死んだのか」

「そうです。前世の僕――桜勇太は産まれたときからとても病弱で、お医者さんにもどうにもできなかったんです」

「その世界では平民が医者にかかれるのか」


 この世界において医術は貴重な能力だ。

 街ではどうか分からないけど、ラクルス村では医者にかかることなんてできない。

 そもそも村には医者がいない。


「もし、この村で同じような子どもが産まれたら、きっと1年も生きられなかったと思います」


 実際、村で暮らした7年間、僕は未熟児として生まれた子どもが死ぬケースを何度か見ている。たぶん、桜勇太よりは健康で、日本なら助けられたであろう赤ちゃんも、この村では助からなかった。

 1年以内に死んだら魂は別世界に転生するというおねーさん神様の言葉を信じたい。

 願わくば放射能まみれの末期戦争の世界ではなく、日本のような平和な世界に生まれ変わっていて欲しい。


「なんと……その世界にはすさまじい技術があるんだな」

「はい。医療だけでなく、例えば遠くの街の映像を映し出すしたり、遠くの街との人と会話をしたり、スイッチ1つで炎を起こしたり、本をあっという間に作り出したりする道具もあったそうです。あとは空を飛ぶ乗り物とか」

「俺にはとても想像もできん世界だ」

「もっとも、僕は病室から1歩も出たことがありません。だから、ほとんどは話に聞いたことがあるだけです」

「ふむぅ。お前が嘘をついているとは言わないが、実際に見たことがないないというなら、お前に教えた人間が|法螺《ほら》を吹いたのではないのか?

 たとえば……そもそも、書物をたくさん作っても読める人間など限られているだろう」


 まあ、ラクルス村の常識からすればそう思うよね。

 この村で文字を読めるのは村長とマリーンさんだけだ。


「あの世界では子どもでも文字が読めたんです。それに、遠くの街の映像を映し出す道具は僕の病室にもありました」

「確かに街には、特殊な能力で炎を自在に操るなどの信じがたい現象を起こす者がいると伝え聞くが……しかし……」


 お父さんは首をひねる。


 ……うん? 《《特殊な能力》》って、もしかして魔法のことか?

 産まれて7年、魔法の知識なんて一度も聞くことはなかったけど。


 魔法についてもう少し詳しく聞きたい気もするけど、今はその話をするときではない。

 お父さんも詳しくなさそうだし、この村で平和に生きていくつもりの僕に魔法は必要ない。

 便利だろうし興味もあるけど、調べるのはもっと自分の力をコントロールできるようになってからでも遅くはないだろう。

 それよりも今は僕の前世のことだ。


「本当は転生したら前世の記憶は失われるはずだったんです。でも、なぜか記憶が消えなくて。産まれたときに11歳の桜勇太としての知識や感情がありました。産まれた日のことを覚えているのもそのためです。

 だから、僕は……お父さんとお母さんの本当の子どもなのかどうかも、自分ではよく分からないんです

 今まで黙っていてごめんなさい。」


 そう、僕はラクルス村のパドだけど、桜勇太としての意識を持っている。

 僕はパドなのか、桜勇太なのか。

 本当にバズお父さんとサーラお母さんの子どもなのか。

 お父さんは僕をこれからも自分の子どもだと思ってくれるのか。


 もしお父さんが『他の人間の記憶がある子どもなんて、俺の息子じゃない』って言ったらどうしたらいいんだろう。

 そう考えると僕は怖かった。

 とても恐ろしかった。

 震えて逃げ出したくなる。


「お前は俺の、俺とサーラの息子だ。間違いなく」


 お父さんはそういうと僕を抱きしめた。


「本当に……本当にそう思いますか?」

「当たり前だろ!! 俺はお前を信じる。だからお前も俺を信じろ」


 そのお父さんの言葉はとても力強くて。


「はい!!」


 僕は答えた。

 僕の瞳からは次々に涙が落ちて。

 見上げてみるとお父さんの瞳からも涙がボロボロこぼれていた。


「ごめんな、パド。俺は分かっているつもりで何も分かっていなかった。

 お前の抱えている悩みと秘密がこんなに大きなものだなんて想像もしていなかった。駄目な父親でごめんな」

「いいえ、そんなことないです。ありがとうございます」


 僕もお父さんに抱きつきそうになって――でも、それはやっぱり危ないのでやめて――とにかくひとしきりお父さんと僕は崖の近くに座ったまま泣き続けた。


 どれくらいそうしていただろうか。

 太陽の傾きを見ると、30分くらいは経過していたかもしれない。


 ――やがて。


「それにしても、もう1つ大きな2人だけの秘密ができちまったな」


 お父さんがそう言って苦笑いした。


「大きな秘密?」

「|父子《おやこ》でこんなに泣きじゃくったなんて、恥ずかしくて誰にも言えないだろ」

「こんなところで街に向かってオシッコしたことよりはマシです」

「うっ」


 お父さんは図星をつかれたとばかりにうめき声をあげ、そして2人で顔を見合わせる。

 それから今度は2人で大笑いした。


「パド、お前はこれからどうしたい?」

「僕はこの村で幸せになりたい……いいえ、《《幸せにならなくちゃいけない》》と、そう思っています」

「幸せに《《ならなくちゃいけない》》……か。ずいぶんと不自然な言い方だな」


 お父さんの言葉はもっともだろう。


「前世の僕――桜勇太が死んだ後、前世の僕の両親は泣いてくれました。迷惑しかかけられなかったのに、僕の死を悲しんでくれました」

「死んだ後のことも覚えているのか」

「転生する寸前に、神様が両親と弟の姿を見せてくれたんです」

「そうか」

「だから、僕には《《幸せになる義務》》があるんです。前世で迷惑をかけ続けて何もできなかった両親の気持ちに応えるためにも」


 ――そして、この世界で僕を産んでくれたお母さんと、今いっしょに泣いて笑ってくれたお父さんのためにも。

 と、これは心の中で付け足す。


 僕の言葉に、お父さんは真剣な表情を浮かべる。


「パド、お前の気持ちは分かった。だが、たぶん、お前は1つ勘違いをしていると思う」

「……勘違い?」

「お前が産まれたとき、俺は嬉しかった。心の底から嬉しかった。それはたぶん、どんな親でも同じだと思う。俺には想像もできない技術や道具があふれている別世界であってもだ。

 だから、お前は前世の親に『何もできなかった』なんて思うことはない。お前が産まれたことそれ自体が、前世のご両親へ最高のプレゼントにだったはずだ」


 僕は目を見開いた。

 そんなふうに考えたことはなかった。

 僕は――桜勇太は、『自分は皆に迷惑をかけることしかできない厄介者だ』とずっと考えていた。

 11年間ずっと自分を責めていた。

 いっそ、早く死んで家族を楽にしたいと思ったことだって何度もある。

 だけど、満足に動かない身体では自殺することすら難しかった。舌をかみ切る勇気もなかったし。


 だけど。

 それでも……僕は前世のお父さんとお母さんに何かをしてあげられたのかな?

 桜勇太として2人の元に産まれたという、ただそれだけのことが最高のプレゼントになっていたのかな。


 なんだろう。

 心の中の重しがすーっと消えてなくなったような、そんな不思議な気分だ。


 11年間――いや違う――18年間ずっと自分の心を苦しめていたことが、少しだけ楽になった気がした。


「……お父さん」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

「気にするな、俺はお前の父親だ。息子が悩んでいたらアドバイスくらいはしないとな」


 お父さんはニコっと笑って、僕の頭をなでてくれた。


 ――ありがとう、お父さん。


 僕は心の底からそう思った。


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