神様、ちょっとチートがすぎませんか?

「大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!!」
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第四章 追放と飛躍

31.こころ

公開日時: 2020年12月19日(土) 14:09
文字数:4,499

 僕が目を覚ましたのは『闇』の襲来から3日後だった。


「パド!! よかった、目が覚めたのね?」


 そう言って僕に飛びついてきたのはリラ。


「リラ……? あれ、なんでリラが……」


 ブシカさんのところにいるはずのリラが、どうしてラクルス村にいるんだ?

 混乱している僕をよそに、リラは声を出す。


「小父様、パドが目を覚ましたわ」


 その声に、お父さんがやってくる。


「大丈夫か、パド?」

「はい……」


 言って、体を起こそうとするが、頭がフラッとなってうまくいかない。


「まだ無理しない方がいいわ。とにかく、お師匠様を呼んでくるから」

「お師匠様?」


 ――リラのお師匠様って……ああ、そうか。手紙でリラはブシカさんをお師匠様って呼んでいたっけ。


「ブシカさんもラクルス村に来ているの?」

「ああ、怪我人が大勢出たからな。治療をしてもらっている」


 ――怪我人。

 その言葉に、僕の意識がようやくハッキリする。


『闇』との戦い。

 建物の崩壊。


 今、僕が寝かされている場所も、かろうじて布の簡易的な屋根があるだけだ。小屋というよりもテントに近い。

 たくさんの怪我人。

 その原因は、僕だ。


 そこまで考えて思い出す。


「お母さん、お母さんは!?」


『闇』の指にお腹を貫かれたお母さん。

 僕の魔法で一命を取り留めたはずだけど。

 お父さんはしかめっ面のまま答えた。


「後で、案内するよ」


 お父さんの声はキツく、僕に嫌な予感をさせるものだった。


 ---------------


 ブシカさんはリラに連れられやってくるなり、僕の頭をポカリと叩いた。


「イタっ」


 悲鳴を上げる僕に、ブシカさんは言う。


「パド、あんたは私の話を聞いていたのか?

 アレの魔法はもう使うな。契約は絶対によせと言ったはずだよ」


 そう、僕はブシカさんとの約束を破って、ルシフと再び契約した。

 左手を代償に、漆黒の刃の魔法とお母さんを救う魔法をもらったのだ。


「ごめんなさい。でもあの時は……」


 約束を破ったことは悪いと思う。

 だけど、しかたなかったんだ。

 そういいたかった僕の言葉を、ブシカさんは遮る。


「他に方法がなかった、かい?」

「はい」

「あんたの悪い癖だね。獣人に追われて崖から飛び降りたときと同じだ。いくつかの選択肢を提示されると、それ以外が見えなくなる。学科試験と違って、世の中のあらゆる問題にはあらゆる数の解答があるんだよ」


 ブシカさんの言葉は重いけど。

 でも。


「じゃあ、他にどんな方法があったって言うんですか。『闇』を倒さなかったら、今頃みんな殺されていんだ。お母さんだって……」

「さてね。私はその場に居なかったから何が正しかったかなんてわからないよ。だがまあ、村人やお母さんを助けたかったというならば、その結果があんたの望んだものか、良く見て考えることだね」


 ブシカさんはそう言って僕に薬をさしだした。

 1ヶ月前にも飲まされた、例の苦い薬だった。


 ---------------


 目が覚めて、薬を飲んで。

 しばらくしたら立ち上がれるようになったので、ブシカさんやお父さんとと共に村を歩く。

 なんでも、お母さんは別の場所にいるらしい。

 リラは他の怪我人を見に行っている。


 ――なに、これ……


 3日前。

『闇』と戦っていたときは夢中で気づかなかったのだが。

 村は崩壊していた。

 家も、畑も。

 地面には大穴やひび割れがたくさんある。


 怪我人もたくさんいて、村人達はうつろな瞳をしていた。

 絶望が村をつつんでいる。


 それはそうだ。

 もともとラクルス村は余裕のある生活をしているわけじゃない。

 家を建て直すのも、畑を元に戻すのも、とてつもない労力がかかる。

 畑がなくなれば食料が足りないし、家がなければ冬を越せない。

 いまからでは冬までに復旧するのは不可能に近い。


 村の皆は、僕らを――僕を見て何か言いたげに、しかし何も言わずにいた。

 僕に近づいたり声をかけたりはせず、中には露骨に顔をしかめたり、避けようとするそぶりを見せたりする人もいた。


 これが、僕のやったこと。

 お母さんを殺されかけて頭に血を上らせて。

 ひたすら『闇』を攻撃して、村を崩壊させた。


 ブシカさんの言うとおりだ。

 確かに僕は『闇』を倒した。

 だけど、村を救ってなんていない


「パド、これがあんたのやったことの結果だよ」


 ブシカさんが言う。


 そうだ。

 僕がむやみにチートをふるったから。

 7年暮らした村は崩壊し、僕は皆から恐れられることになった。


 しかったなかったんだと言いたい。

 僕のせいじゃないと言いたい。

 僕は僕なりに頑張ったんだと言いたい。


 だけど、結果はこれだ。

『闇』を倒して村を救ったなんて、絶対に言えない。


「パド、厳しい言葉だとは承知した上で言う。

 大きな力を持つ者は、他の者よりも遙かに自分の行動に対して責任を持たなくてはならない。200倍の力と魔力を持つ者として、あんたはこれからどう生きる?」


 あの時。

 他の方法はあっただろうか?


 わからない。

 わからないけど。


 僕は頭に血を上らせていた。

 村に被害があるかもしれないなんて一瞬たりとも考えず、チート全開で拳をたたき込んだ。


 もう少し冷静だったら。

 少なくとも村人が逃げるまで時間を稼ぐことを優先していたら。

 あるいは、『闇』を地面に叩きつけるのではなくチートで遠くに吹き飛ばしてから戦っていたら。

 怪我人や村への被害を多少なりとも減らせたかもしれない。


『闇』を倒すだけじゃダメだったんだ。

 それは目的ではなくて、皆を護るための手段でしかなかったはずだ。

 それなのに。

 その目的のために村を崩壊させてしまった。


「……僕は……」


 獣人達に追われたときだってそうだ。

 冷静に考えてみれば、リラを救うために崖から飛び降りるなんて本当に馬鹿な行動だった。

 もしも結界魔法がうまく発動しなかったら、今頃リラは肉塊になっていた。

 リラを救うという目的のために、僕はリラを殺していたかもしれないのだ。


 僕が絶望的な気分になっている間に、お母さんがいるという場所にたどり着いた。

 そこも崩壊した小屋に布でテントみたいになっている。


 僕がお父さんと共に入ろうとしたとき、ブシカさんが後ろから言った。


「パド。今、あんたがすべきことは、まず考えることだ。

 ルシフとかいうヤツは、一体お前に何をさせたがっているか。

 選択肢を提示してあんたの自由意志を尊重したのか、それとも自分に都合の良い選択肢を提示してみせることで他の選択肢から目をそらさせたのか。

 お母さんの様子をよく見て、何度でも頭を悩ませなさい」


 ---------------


「パド!! 目が覚めたのか!?」


 お母さんがいるというテントの中に入ると、なんとジラが僕に飛びついてきた。


「ジラ、どうしてここに……」

「サーラさんの手助けしてたんだよ。いやでも、お前が無事で良かった。村を助けてくれてありがとうな」


 ジラはそういって僕を抱きしめる。

 村の皆が僕に対して半ば非難の目を向けていた中、彼だけは心から僕の回復を祝福し、お礼まで言ってくれた。

 それは、僕にとって最大の救いで。


「ありがとう、ジラ」


 僕はそう言うしかできなかった。


 ---------------


「お母さん!!」


 ジラに案内され……って案内されるほどテントの中が広いわけでもないのだが……お母さんの前に立つ。

 お母さんは椅子に座ってニコニコと微笑んでいた。


「お母さん、よかった、助かったんだねっ!!」


 お父さんやブシカさんが思わせぶりなことを言うから心配しちゃったよ。

 そう続けようとして、しかし僕は違和感を覚える。


 お母さんはこちらを向いている。

 だけど、僕を見ていない

 僕のことも、ジラのことも、お父さんやブシカさんのことも、お母さんの瞳にはまるでうつっていないかのようだ。


 ただ、ひたすらにニコニコと感情のない笑みを浮かべ続けている。


「お母……さん……?」


 呆然と呟く僕に、お父さんが言う。


「パド、お母さんはな、どうやら心を失ったらしい」


 その言葉に、張り詰めていた僕の体から、力が一気に抜けた。


 ---------------


 お母さんは心を失っていた。


 誰かが指示すれば簡単な動作はする。

『立って』と言えば立ち上がるし、『座って』といえば座る。『口を開けろ』といえば開けるし、『咀嚼しろ』といえばする。


 だけど、自分からは何もしない。

 声を上げることもしない。食事も取ろうとしないし水を飲もうともしない。

 そんなお母さんを、ジラが必死に介護してくれていたらしい。


 お母さんと僕が違う場所にいたのは、どちらのテントも小さすぎたからだ。

 僕のことはリラが、お母さんのことはジラが見守ってくれていた。

 お父さんやテル達は、水くみやその日の食料となる植物の採取などに走り回っていたのだ。


 お母さんは常にほほえみを浮かべ続けている。

 でも、それは喜びの感情を表してのものではない。

 試しにお父さんが足をつねってみても、痛みを訴えることもなくほほえみ続けていたらしいから。


 僕が7年間求め続けていたお母さんの笑顔は、こんな顔じゃない。


 確かに、お母さんの命は救われた。

 だけど、お母さんの心は失われていたのだ。


 ガックリと膝をつく僕の後ろから、ブシカさんが言う。


「パド、お母さんの心は闇の魔力によって封印されている」

「闇の魔力? 封印?」

「おそらく、あんたがお母さんに使った回復魔法の副作用だ」


 僕の使った魔法。


「ルシフはお母さんを助ける魔法だって」

「確かに、そのままだったら死亡するお母さんを助ける魔法だったのは事実だろう。だが、同時に、心を封印する魔法でもあった」


 ――そんな。


「パド、前に言ったことをもう一度言うよ。誰を信頼し誰を疑うべきか、それをしっかり見極めなさい」


 そう言うブシカさんは、怒ってはいなかった。呆れてもいなかった。

 ただ、淡々と、僕を諭してくれた。

 それはきっと、ブシカさんなりの優しさだ。


 わかっていた。

 ルシフは信頼してはいけない相手だと。

 それなのに、僕はその言葉に乗った。

 あいつが示した3つの選択肢以外見えなくなって。


『闇』を倒し、お母さんの怪我を治せば元の生活に戻れると。

 誰も死なずに、僕の左手だけで済むならそれが最善だと安易に考えた。


 その先なんて、何も考えずに。


「もうよせよ!!」


 ジラが叫ぶ。


「ブシカさんには感謝している。感謝しているけどさ、パドを責めたってしょうがないだろ。パドは村を護ってくれたんだ。それなのに、じいちゃんも、皆も、なんでパドを非難するんだよ!!」


 ジラは僕を必死に庇ってくれる。

 それはとても嬉しい。

 だけど。


 ――そっか。

 ――やっぱり村長や皆も、僕のことを非難していたんだ。


 直接の言葉では投げかけられなかったけど。

 言ってくれたのは、ブシカさんだけ。

 ブシカさんは本来村の外の人間だから、僕を心配して諭してくれたのだ。


 村の皆の本音はもっと違う。

 きっと、僕に対して怒りと恐れを持っている。


 僕は……僕は……


 僕はどうしたらいい?

 どうしたら、皆に許してもらえる?


 僕は……


 僕の心は張り裂けそうで、心を失ったお母さんがそんな僕をボーっと眺め続けていた。


 ――と。


「失礼します」


 テントに入ってきたのはナーシャさん。


「パドが目覚めたと聞いたので。パド、バズ、それにブシカさん、村長が呼んでいます。一緒に来てもらえませんか?」


 村長に呼び出された僕らに、さらなる過酷な現実が突きつけられるのだった。

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