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(セバンティス/一人称)
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私はセバンティス・マルクェス。
我がマルクェス家は先祖代々ブルテ家の執事として仕えてきました。
貴族号こそ戴いていないものの、それに準ずる扱いを受けてこられたのもブルテ家より賜わった御厚意のおかげと感謝いたしております。
私自身、先々代のライド様、先代のルブス様には良くしていただきました。
その御恩に報いるためにも、現当主レイク様のお力になりたいと思っております。
しかしながら、今、ブルテ家は大変な危機にあります。
他ならぬ、レイク様のご判断のために。
ことの起こりは、そう、11年前の王家史上最悪の出来事――王子連続変死事件です。
今思えば、実際にはそれより前のガラジアル・デ・スタンレード公爵の変死から始まっていたのかもしれませんが、いずれにせよ、第二妃テミアール様のお子様を除き、全ての王子様がたが相次いで亡くなられたのです。
表向きは病死とされましたが、デスタード・スラシオ侯爵やレイク様はお信じになりませんでした。
確かに不自然な点や疑わしい点も多々あり、おそらく国王陛下ご自身も、本心では病死とは思われておられないのではないでしょうか。
いえ、失礼いたしました。
これは執事という立場の私が考察するべきことではありませんでした。
いずれにいたしましても、デスタード侯爵とレイク様は第二妃のお子様に王位継承させることを良しとされず、かつて国王陛下がメイドに産ませたというアル殿下の擁立に動きました。
が、今度はデスタード公爵がお亡くなりになりました。
ここまでくれば誰もが内心疑い、しかし誰も口にできない可能性が浮上します。
私の口からは申し上げる立場にはありませんが。
いずれにせよ、デスタード公爵の遺言に従い、レイク様、そしてガラジアル公爵の1人娘であり、王都で最強の騎士と呼ばれるキラーリア様は、アル殿下を女王にすべく先頭に立って活動を開始いたしました。
盗賊団の副団長となっていたアル殿下を王家の末席に戻すなど、普通ならば叶いませんが、国王陛下ご自身もそれに裏から協力されたのかもしれません。
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「レイク様、もう1度お考え直しください」
デスタード侯爵が天に召された後、私はレイク様に幾度となく御忠言いたしました。
この期に及んでアル殿下の擁立に動くのは、ブルテ家を滅ぼすも同義だと。
私はただの執事です。政治に明るいわけではありません。
それでも、アル殿下がこの政争に勝利する可能性が非常に低いということくらいはわかります。
そして、アル殿下が政争に敗れれば、それに|与《くみ》した者もただではすまないでしょう。
「セバンティス。あなたの懸念は分かります。ですが、私はガラジアル公爵とデスタード侯爵の意志を護りたいと思います」
レイク様は|頑《がん》としてそうおっしゃいました。
「レイク様。そのお気持ちは分かります。王宮でどのようなことが起きているのか、私にも想像ができないわけではありません。確かにテキルース殿下のなさりようは正しき道ではないのかもしれません。
ですが。レイク様が護るべきはブルテ家であり、ブルテ家に仕える者たちです」
――もしも。
大変不敬な仮定ですが、もしもです。
テキルース様が、他の王子殿下やデスタード侯爵、ガラジアル公爵を暗殺したのだとしたら。
次に殺されるのは誰でしょうか。
第1候補はアル殿下ご自身であり、次いでそれに与する決定をした者たちです。
「そうですね。ですから、我が家から去ろうとする人は止めないでください。できうるかぎり再就職先も探してあげてください。
もちろん、貴方が去ろうというならば、私はそれも止めません」
幾度となくそのような論争を交わしました。
しかしながら、最後までレイク様に反意していただくことはできませんでした。
その後、お屋敷からだいぶ人が減りました。
今残っているのは代々ブルテ家に仕えてきた者たちや、レイク様個人に崇敬に近い思いをいだいている者のみです。
表向きは経費削減のためと吹聴していますが、実体はブルテ家に仕え続けるリスクに恐れをなし逃げ出した者が多かったというだけです。
後になって考えてみれば、あの時、レイク様が使用人たちの希望退職を推し進めたのは、これから先は本当に信頼できる人間以外身近に置くべきではないと考えたからなのかもしれません。
自分へ向けられる暗殺者がどこにいるか分からない状況になるのですから。
私はブルテ家に残る道を選びました。
代々お世話になった感謝もあります。どの道、私は子宝に恵まれず、妻にも先立たれました。失うものはありません。
レイク様が滅びに続く道を歩まれるというならば、共に歩こうとそう決意したのです。
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レイク様とキラーリア様、アル殿下は思いの外上手く立ち回ったのでしょう。
お三方がまだご存命で、王位継承者争いからも脱落していないという事実が、何よりもそれを如実に現わしています。
――ですが。
ついにアル殿下は本格的な戦いを仕掛けるおつもりのようです。
もはや、レイク様はアル殿下と一蓮托生です。
私が気になったのは、レイク様が連れてきたパドくん、ピッケくん、リラさんという3人の子ども達です。
レイク様やリリアンお嬢様のように、貴族がご自分の意志でアル殿下に与したというならば、それは自業自得といえるのかもしれません。私のように大人の判断で自らをブルテ家に捧げた者もです。
しかし彼らはおそらく平民の子どもでしょう。
平民の子どもに王女様や貴族に逆らうことなどできようはずもなく、そもそもあのような幼子達に王家の争いの本質を理解できるとも思えません。
どのような才覚を見いだされ、アル殿下に連れてこられたのかは存じませんが、いずれにせよあのような幼子を王家の政争に巻き込み、死なせるのは心苦しいと感じました。
それゆえに、私はアル殿下やレイク様の御意志に反したとしても、本人が希望すれば密かに彼らを逃がそうとすら思いました。
結果は、パドくん自身に拒否されてしまいましたし、幼子とは思えない意志の強さを感じることになりましたが。
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そして、今。
アル殿下達を王宮に送り届けたあと、私は屋敷に残った者たちの処遇を考えています。
私のように年老いた者たちはともかく、まだ若いメイドや庭師の弟子などは、今のうちに逃がすことを考えねばなりません。
そういうことを頭の中で検討しつつも。
一方でアル殿下やレイク様、それにパドくん達が、全てに打ち勝ちこの屋敷に戻ってくるのではないかと期待してしまう自分がいます。
理性では、現実味の薄い妄想に過ぎないと理解していても、私はその希望を抑えられませんでした。
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