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(アル視点/三人称)
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テミアール王妃が『闇』と化し、教皇を狙った時。
アルは対応を一歩間違える。
その時、アルはルシフから与えられた大剣を持っておらず、故に『闇』にどう対抗すべきか瞬間迷ってしまったのだ。
戦場においては、その迷いが致命的だった。
おそらく、『彼女』の行動を先読みしたのであろうパドが、漆黒の刃で教皇を護る。
だが、『彼女』は10本の指を振り回し、謁見の間は惨劇の世界へと変わった。
「レイクさん、結界魔法で皆を」
パドの叫び声に、レイクがアルやキラーリア、それに国王やテキルース王子、フロール王女の周囲に結界を張る。
「一体何が、何が起きておいるのですか!?」
フロール王女がパニックになりつつアルに問う。
答える義理もなければ、説明する気にもなれず、アルは言い放す。
「さてな。一つだけ分かるのは、姉上はどこぞの闇のガキに相手にすらされなかったということくらいだ」
アルの言葉に、フロール王女はふらふらっと座り込む。テキルース王子が支えたので倒れはしなかったが。
正直なところ、もはやアルにとってテキルース王子やフロール王女はどうでもよかった。
(もし、『闇』になるとしたら、テキルースか、フロールのどちらかだと思ったのだがな)
テミアール王妃が『闇』になるという展開は予想していなかった。だが、『闇』の出現そのものは、ありえる可能性の一つではあった。
「レイク、ルアレとピッケを呼べ。もちろん、私の剣ももってくるようにとな」
「はい」
あらかじめ、ルアレには通信の魔石を渡してある。神託の件でフロールを追い詰めた後、とどめとしてドラゴン姿で登場させようと思っていたが、もはや状況が違う。自分の剣とピッケの浄化の力が必要だ。
一方、パドが『彼女』に挑みかかる。
(あのバカ、正面からいきやがった)
室内の惨劇に我を失ったのか、それとも指での攻撃を捌く自信があるのか、パドは『彼女』に正面から斬りかかり――
――彼女の口から『闇の火炎球』が放たれた。
「パドっ!!」
教皇のはった結界内でリラが叫ぶ。
(まずいっ!!)
一目見て、パドの受けた傷が致命傷だと理解する。
何しろ、腕が吹っ飛んでいる。
パドは苦悶の声を上げて床に転がった。
「レイク、結界を解けっ!!」
「しかし……」
グダグダ言いかけるレイクを無視してつづける。
「キラーリア、パドを教皇のところに連れて行け。ヤツの回復魔法ならなんとかなるかもしれん」
もし、パドを救えるとしたら最高位の回復魔法を使える教皇だけだ。そして、超人的なスピードと反射神経を持つキラーリアにしか、パドを運ぶことはできない。
「はい」
キラーリアが即座に頷く。
一方、レイクは困惑声。
「ですが、『闇』はどうするのですか?」
「私が抑える」
「無茶なっ」
「いいから、結界を解け。パドの傷は一刻を争う」
アルはなぜ自分がここまでパドの命にこだわるのか、よく分からなかった。
あの、甘ちゃんの馬鹿力のガキ。利用できるかもと連れ出しただけだったはずのお子様。
だが、今、アルはパドを失いたくないと心から思った。
こんなところで、アイツを殺したくないと。
「……どうなってもしりませんよっ」
レイクが言って、結界を解いた。
アルはキラーリアと共に駆ける。
『彼女』はパドに駆け寄るアル達をみて、身構え、指を伸ばす。
「嘗めるなぁ」
2人はギリギリで攻撃を躱していく。
キラーリアはパドを抱きかかえ、アルは『彼女』に隣接した。
「剣がないなら、ぶん殴るまでだっ!!」
アルは叫び、『闇』の顔面に拳をたたき込む。
(よし、手応えがある)
かつて、アラブシ・カ・ミランテは言った。
『闇』は実態を持たないが、200倍の魔力を持つパドの拳ならば効くかもしれないと。
アルは200倍の魔力など持っていない。魔法だって使えない。
それでも、王家の血を引く。伝説の大部分がでたらめだったとしても、勇者キダンという魔力の強かった男の末裔なのだ。キラーリアのように魔力0ではない。
パドの200倍の魔力で殴っても『闇』は倒せなかったという以上、自分の拳で倒せるとは思えない。
だが、それでも時間稼ぎくらいならしてみせよう。
キラーリアがパドを教皇の元に運び、パドが復活するまで。
そして、ピッケが自分の大剣を持ってくるまで。
「邪魔ヲシナイデ」
『彼女』が言う。
「アル、アナタハ憎クナイノ?」
その問いは、アルにとって馬鹿馬鹿しい言葉だった。
「憎しみか、そんなもの、いくらでもあるさ」
アルの人生は憎しみと汚れに満ちていた。
幼き日、アルは毎日人間の一番醜い姿を見て生きていた。
獣のように交わる男と女を恐れ、憎んだ。
自分を邪険にして、殴り、蹴る母の雇い主を憎んだ。
そんな世界に生きながら、何故か『自分に誇りを持て』と教える母を蔑んだ。
盗賊団での暮らしは楽しかったが、それでも女の自分を蔑む団員達は憎かった。
他の息子娘が殺されたからと、いまさら自分を認知すると言い出した父国王が憎かった。
くだらない権力争いを演じるフロール王女やテキルース王子など、できることならば殴り殺したい。
だが。
それでも。
「少なくとも、一番憎い相手の手のひらで踊るつもりはないのでなっ!!」
闇の少年――ルシフ。
あのガキ以上に憎い存在などない。
テミアール王妃の憎しみは理解できないわけではない。
だが、だとしてもルシフの手に落ちた時点で、アルにとってテミアール王妃は敵だ。
そしてなにより――
アルはチラッと、キラーリアとパドを確認する。
キラーリアはパドを教皇の元へと連れて行けたようだ。
「パドは殺させんよ」
アルはそう言って、身構えたのだった。
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