「でやぁぁぁぁぁ」
僕は叫んで木刀を振り下ろす。
ちょっと狙いがはずれて地面を叩いてしまい――木刀は粉々に砕けた。
――またやっちゃった。
「ふぅむぅ」
「これは……」
「いやー、さすがに」
キラーリアさん、アル王女、ついでにレイクさんまで揃って顔を引きつらせる。
なお、周囲にはこの1時間ほどで僕が砕いたり折ったりした木刀の破片が大量に散らばっている。
ここはペドラー山脈麓の草原。
お師匠様の小屋を旅立って2日目。
僕はキラーリアさんにお願いして剣術を教えてもらうことになった。
……のだけど。
とりあえず、基礎の素振りからと木刀を渡されてやってみたらこうなった。
いや、ある程度予想していたけどさ。
ちなみに、木刀は近隣の街で買ってきた物だ。
キラーリアさんが10本も購入したあたり、彼女もこうなると予想していたらしい。
武器屋さんにはラッキーだったね。
「いっそ、木刀ではなく鉄の剣を使った方がよいのではないか?」
アル王女が言う。
確かに、買ってきた木刀10本を全部ダメにしちゃったしなぁ。
「でも、村では斧とか鎌とかを使ってもあっさり壊しちゃいましたし」
僕が言うと。
「うーん」
「さすがにこういうパターンは、王城の騎士修行でも例がないな」
「やはり素手で戦う方が……」
3人とも頭を抱えてしまう。
実際、僕の力だと、刃物なんてあろうがなかろうが、相手を倒すのに苦労はない。
問題は7歳の僕の体はリーチが短すぎることだ。
指を自在に伸ばす『闇』はもちろん、通常の戦闘でも相手の剣をかいくぐって懐に入り込む前にやられかねない。
なので、せめて最低限の剣術を習おうと思ったんだけど。
「リーチの問題なら、石でも拾って投げた方がよいだろ」
「『闇』あいてなら、例の漆黒の刃をつかうことになるでしょうし」
アル王女とキラーリアさんの言葉は確かに正しい。
「というか、これ以上続けても木刀がもったいないだけですね。10本合わせて銀貨3枚無駄にしたわけで」
ううう、レイクさんごめんなさい。
「はいはい。とりあえずお昼ご飯にしましょう」
結局、リラが軽食を持ってきて、その場は終了になった。
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「真面目な話、パドの力と剣術は相性が悪いと思う」
サンドイッチにパクつきながら、キラーリアさんが言う。
「同感だな。一撃入れるたびに武器がだめになるなど非効率にもほどがある」
アル王女も同意する。
僕はそれでもなんとかならないかと食い下がる。
「ほら、そこは手加減して剣を振るう練習をするとか、ダメですか?」
が。アル王女にあっさり否定される。
「力を抜いて剣を使うなど、本末転倒もいいところだろ」
うう、確かに。
「素人が剣を使うと、確かに武器を痛めることはままある。通常ならば、修行によって改善する。が、パド、きみの場合はそういう次元ではない。
そもそも、柄を強く握りしめただけで武器が壊れるとなれば、これはもう剣術で強くなるのは不可能だと思う」
キラーリアさんはどこか申し訳なさそう。
騎士として、剣術を教えることができないというのは悔しいのかもしれない。
「単純に強くなるというなら、徒手空拳を極めるか、または魔法を覚えるかじゃないのか?」
アル王女が言う。
確かに200倍の力と魔力を持つ僕が強くなるなら、そうなのかもしれない。
目的は剣術ではなく、強くなることなのだから。
僕はちらっとリラの方を見る。
彼女は僕らの議論を横目に、何やら薬の調合中。
お師匠様に習った薬を作って街で売るつもりらしい。
僕のために買った木刀代くらいにはなると言っていた。
僕が強くなりたい最大の理由は、彼女を護るためだ。
やっぱり僕も男の子だしね。
アル王女やキラーリアさんは僕が護るまでもなく強い。
でも、リラは戦う術を持っていない。龍族の力はまだ目覚めきっていないし。
リラを護れるのは僕だけだ。
そう思って、剣術を習おうとしたんだけど、やっぱり無理だった。
「魔法はともかく、徒手空拳ってどうやったら強くなれるんでしょうか?」
僕の問いにアル王女が答える。
「ふむ、仲間同士で模擬戦をするとか……」
「模擬戦したら相手を殺しちゃうと思うんですけど、僕の場合」
「ならば、どこかの道場に入門するか?」
「そんな時間ないですし、僕の力はやっぱりどこに行っても持て余すような……」
実際、僕らには時間の余裕がない。
アル王女を3年以内に王位につかせなければならないのだ。
今日、こうして剣術修行に付き合ってもらえるのは、単純に次の街までの旅に必要な準備をしているからだ。
具体的には、僕とリラの服や靴などを作ってもらっている。
ラクルス村やお師匠様の小屋ではどちらも貴重品で、僕の服や靴にいたってはもう1年も取り替えていない。これから先の旅で、このままの格好では浮浪者扱いされかねない。
他にはキラーリアさんの剣を打ち直してもらったり、その他色々な準備期間が数日必要だったのだ。
「ええい、少しは自分で考えろ。私はもう知らんっ!!」
アル王女はそう言ってプィっと顔を背ける。
案外かわいいかも。
当初は恐いイメージが強かったアル王女だが、こうして僕の剣術修行に付き合ってくれるし、相談にも乗ってくれるし、結構気さくな人らしい。
それにしても『自分で考えろ』か。
お師匠様も僕に何度もそう言っていた。
どうするべきか自分で考える。
剣術はダメだ。
魔法は……お師匠様にまだ早いって言われたし、すぐにどうこうできるわけじゃない。もちろん、ルシフに頼るつもりもない。
――ならば。
「やっぱり、速さでしょうか」
僕は言って、草原の中を跳び回る。
お師匠様にほとんど虐待みたいな走り込みを3ヶ月させられたおかげで、地面を崩さない程度の適当な力で跳び回れるようになった。
このスピードで跳び回って相手を攪乱して殴りつける。
これを必勝パターンにできないだろうか。
――が。
「キラーリア」
アル王女がぼそっと言う。
「はい」
キラーリアさんが立ち上がり、スッと構える。
――そして。
超人的なスピードで僕の前に現れ、僕の腕をあっさり掴んで地面に組み伏せた。
200倍の力なんて一切関係なく。
――すみません、調子に乗りました。
ぐうの音も出ません。
「まあ、一般的な兵士や盗賊なら、確かにそのスピードと力でどうでもできるだろうがな」
そんな僕らの様子を見て、アル王女が言う。
「そもそも、パドの1番の問題はそこではないしな」
――それはどういう意味でしょうか、アル王女?
キラーリアさんから解放された僕が訝しがると。
「お前、人殺しできるのか?」
「え、それは……」
「なにも殺人鬼になれなどという話ではない。目の前に、お前や、あるいはリラを殺そうとする悪人がいたとして、その相手を200倍の力で叩きのめせるのか?」
うう。
かつて、獣人ブルフに言われた言葉。
『ああ、分かる。殺さない程度に手加減して戦えないし、殺す覚悟もないから、逃げ出したのだろう?』
確かに僕は人を殺す勇気や覚悟がない。
ブルフも異端審問官も、最初から殺すつもりで戦えば勝てた相手だったのかもしれない。
アル王女にも言われた。
『優先順位も理解しないガキが、命のことなど語るなっ!!
もし、私たちが異端審問官を殺していなければお前もそこの娘も死んでいた。それを理解しているのか?』
それらは全部正しくて。
でも、僕にはやっぱり、人殺しは――
「剣術にしろ、魔法にしろ、格闘技にしろ、結局は相手を倒す――殺すためのものだ。その覚悟がないなら、下手に習わん方が身のためだ」
僕が苦慮していると、アル王女はそう言い捨てたのだった。
――覚悟、か。
やっぱり僕には足りないのかな。
「迷いなく人を殺せる人よりは、あなたのように悩む子の方が個人的には好感を持ちますがね」
レイクさんがフォローしてくれたけど。
もしも、またリラが殺されそうになったら。
あるいは自分が殺されそうになったら。
僕は、その時こそ本当に覚悟を決めなくちゃいけないのだろうか。
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