神様、ちょっとチートがすぎませんか?

「大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!!」
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67.君の憎しみは

公開日時: 2021年1月4日(月) 08:04
文字数:3,203

 惨劇が繰り広げられていた。

 エルフの里に何十匹もの『闇の獣』がばつする。

 さらに、上空からは人型の『闇』が見下ろしている。


『闇の獣』の牙によって、幼きエルフの子どもの鮮血が飛ぶ。

 赤子を抱いた女性が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 男達が弓矢で必死に抵抗を試みるも、矢は無情にも『闇の獣』をすり抜ける。


 ――パニック状態だ。

 ダメだ、普通の攻撃では『闇』や『闇の獣』には通じない。


「アル様、リラっ!!」


 僕の漆黒の刃や、アル様の大剣、リラの浄化の炎で戦うしかない。

 あるいは、エルフも浄化の力を使えるかもしれない。それならば、まずは実戦してみせれば……


 だが、戦場に飛び込もうとした僕を、アル様が止める。


「待て、パド」

「何ですか、このままじゃ」

「闇雲に飛び込んでどうする!? まずは相手の数と目的を把握するんだ」


 ――そんなこと言っている場合か。


 思わずそう反論しかけた僕に、レイクさんが冷静に言う。


「パドくん、落ち着いて。アラブシ先生に何を習ったんですか。まずはパニック状態を抑えないと」


 お師匠様の名前を出されて、僕の頭が冷える。


 そうだ。

 こんな時こそ冷静にならないと。


 ――どうする?

 ――どう動くのが最善だ?


 今1番の問題は――


「アル様、レイクさんといっしょにおさのところへ。状況の説明をお願いします。

 リラ、僕と一緒に来て。少しでも犠牲を減らそう」


 まずは、おさに『闇』について伝えてもらう。

 もし、浄化の力をもつエルフがいるならば協力してもらいたいし、そうでなくてもエルフ達を統率できるのはおさだけだ。

 その間はリラの浄化の炎と僕の力で犠牲を減らす。ただし、リラは浄化の炎は使えても直接戦闘はできない。だから、リラの身は僕が護る。


 犠牲0にはできないだろうけど、おそらくこれが最善手だ。


「いいだろう。いくぞ、レイク」


 アル様はレイクさんの首根っこを掴んで駆け出した。


「リラ、僕におぶさって」

「え?」

「それが1番護りやすい。できるだけ浄化の炎で『闇の獣』を倒そう」

「わかった」


 僕はリラをおんぶして、戦場に飛び出した。


 ---------------


 ――くそ、数が多すぎる。


『闇の獣』の数が多い。

 リラの浄化の炎の力で、すでに十匹以上消しているが、それでも全然減った感じがしない。

 数十匹どころか、数百匹はいるんじゃないか!?


「皆さん、落ち着いてください。コイツらには浄化の力が有効です。浄化の魔法とかが使える人がいたら手伝ってください」


 戦場を駆け巡って『闇の獣』を倒しながら、僕は叫び続けた。


 リラの活躍を見て、エルフ達も少し冷静さを取り戻したようだ。

 しかし、対抗手段が分からないことに変わりはない様子。


「おい」


 エルフの男が僕に声をかける。

 弓矢とレイピアを装備している辺り、エルフの戦士といったところか。

 よく見てみると、彼の周囲にも戦士達がいて、彼はその隊長のような存在らしい。


「ヤツラには通常攻撃が効かないのか?」

「はい。ゴーストのように、浄化の力でないと効果がありません。ですが、敵の攻撃はこちらに当たります」

「理不尽な。しかし、そうなると我々には何もできんな」

「エルフは浄化の力を持たないんですか?」

「エルフの魔力は植物を操る方向に長けている。浄化のみならず、戦闘用の魔法はほとんど使えない」


 そういうことか。

 どうやら、覚悟を決めるしかないようである。


「わかりました。ではヤツラの相手は僕らに任せてください。皆さんは避難誘導を」

「了解した」


 エルフの戦士達は、避難指示を伝えるためほうぼうに分かれていく。

 その間も、『闇の獣』は僕らに向かってくる。


「リラっ!!」

「分かってる」


 リラが浄化の炎を吐く。

 漆黒の刃はできるだけ使いたくない。

 ルシフの魔法だからというだけじゃない。あれは持続時間が短すぎる。上空にはまだ人型の『闇』がいるのだ。


 リラの炎をかいくぐって襲い来る『闇の獣』


 僕はチートを調整しつつ上空へ飛び上がる。

 ラクルス村の時みたいに大きなクレーターを作らないよう気をつけて。

 跳び上がったのは上空3メートル程度。


 ――くそっ、今どういう状態なんだ!?


 戦場が広がりすぎている。

 エルフの里はそもそもラクルス村の数倍の広さがある。

 木々や家があるため、見通しも悪い。

 そのあらゆるところから悲鳴が聞こえる。


 ――一体、どこから手をつけたらいいんだ!?


 瞬間迷う僕に、リラが警告の声を上げる。


「パド、上っ!!」


 言われハッとなったときにはもう遅い。

 人型の『闇』から伸びた指が、僕に迫る。


 しまった。

 上空にコイツがいるのに、跳び上がったのはかつだった。

 僕とリラは『闇』の指になぎ払われ、吹き飛ばされた。


 ---------------


 地面に落下し、一瞬頭がくらっとなる。


「くぅ」


 だが、今は横になっている場合じゃない。

 僕は立ち上がり、周囲を見回す。


 ――リラは!?

 よかった、すぐ近くで立ち上がっている。大きな怪我もしてない様子だ。


 ――付近に『闇の獣』は!?

 いない。


 その代わりに、倒れたエルフとそれに寄り添う子どもがいた。


「お母さん、しっかりしてよぉ」


 そう言って血まみれのエルフにしがみついているのは、バラヌだった。


「バラヌ」


 僕は叫ぶ。


「あなた……さっきの人族の……」


 あ、やっぱりお兄ちゃんとは呼んでくれないか。

 まあ、そりゃあそうだよね。


「ねえ、お母さんを助けて……」


 バラヌはそう言って僕に泣きすがる。

 倒れた女性はミラーヌ。お腹から血を流している。

 その顔にはすでに生気がなかった。


 リラがミラーヌに駆け寄る。


 ――そして。


 リラは静かに首を横に振った。


「私にはどうにもできないわ」

「そんな、回復魔法で……」


 泣き叫ぶバラヌ。


「私やパドには使えないわ」


 レイクさんなら、あるいはどうにかできるかもしれない。

 だけど、もう間に合わない。

 ミラーヌの命はすでに風前のともしだ。


「なんでだよ、なんで僕みたいな魔無子まなこをかばうんだよっ!!」


 ミラーヌはバラヌをかばってこうなったのか。


 だとしたら彼女を傷付けた『闇の獣』はどこに!?

 いや、というよりも、この傷は――


 僕がそこまで考えたときだった。


 人型の『闇』が僕らの目の前に降り立った。


「よくも、よくもお母さんをっ!!」


 バラヌが叫んで『闇』に殴りかかる。


「よせ、バラヌっ!!」


 僕は慌てて彼を抑える。

 あまりにも慌てていたのでチートを入れすぎてしまったのか、バラヌの顔が苦痛に歪む。


「離せよっ。アイツが、アイツがお母さんを刺したんだっ!!」


 どういうことだ?

 ミラーヌは『闇の獣』ではなく、目の前の『闇』に刺されたのか?

 確かに、傷口は獣の牙と言うよりも、もっと細長い、『闇』の指による傷に近かったが。


「リラ、バラヌを頼む」


 僕はリラにバラヌを押しつける。


「離せ、離せよっ」


 リラの腕の中でジタバタするバラヌ。

 母を刺された憎しみに、他が何も見えなくなっている。


 ――かつて、ラクルス村で最初に『闇』と対峙した時の僕と同じように。


 ダメだ。

 その感情を暴走させてはダメだ。

 その暴走の行き着く先を、僕は知っている。


 ――だから。


「バラヌ、君のお母さんのかたきは、僕がとる」


 僕は異母弟おとうとにそう言って、左手首から漆黒の刃を伸ばしたのだった。


「ゆるさないぞ、お前は」


 バラヌの母、ミラーヌのことを、僕は好ましく思っていなかった。

 それは今でも同じだ。


 だけど。

 それでも。


 こいつは異母弟おとうとの母親のかたきだ。

 義母兄あにとして、絶対に許すことができない相手だ。


『闇』は右手の指を直線上に伸ばす。

 5本の指は、細身の剣の姿に変形する。


 ――今までの『闇』と違う?


 いぶかしく思うが、関係ない。

 漆黒の刃で本体ごと斬るだけだ。


 ――だが。


 次の瞬間『闇』の口が開く。


「……パド……」


『闇』の口から、声がした。


「……許さない……」


 冷たい冷たい、ゾッとするような声が。


「……絶対に……」


 だけど。

 この声は……


「……私から、奪った……」


 この声はっ。


「……アルお姉様を……」


 そう言った直後、『闇』が動く。

 同時にリラが叫ぶ。


「リリィ!?」


 そう、『闇』の声はリリィのそれと同じだった。

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