惨劇が繰り広げられていた。
エルフの里に何十匹もの『闇の獣』が跋扈する。
さらに、上空からは人型の『闇』が見下ろしている。
『闇の獣』の牙によって、幼きエルフの子どもの鮮血が飛ぶ。
赤子を抱いた女性が悲鳴を上げて逃げ惑う。
男達が弓矢で必死に抵抗を試みるも、矢は無情にも『闇の獣』をすり抜ける。
――パニック状態だ。
ダメだ、普通の攻撃では『闇』や『闇の獣』には通じない。
「アル様、リラっ!!」
僕の漆黒の刃や、アル様の大剣、リラの浄化の炎で戦うしかない。
あるいは、エルフも浄化の力を使えるかもしれない。それならば、まずは実戦してみせれば……
だが、戦場に飛び込もうとした僕を、アル様が止める。
「待て、パド」
「何ですか、このままじゃ」
「闇雲に飛び込んでどうする!? まずは相手の数と目的を把握するんだ」
――そんなこと言っている場合か。
思わずそう反論しかけた僕に、レイクさんが冷静に言う。
「パドくん、落ち着いて。アラブシ先生に何を習ったんですか。まずはパニック状態を抑えないと」
お師匠様の名前を出されて、僕の頭が冷える。
そうだ。
こんな時こそ冷静にならないと。
――どうする?
――どう動くのが最善だ?
今1番の問題は――
「アル様、レイクさんといっしょに長のところへ。状況の説明をお願いします。
リラ、僕と一緒に来て。少しでも犠牲を減らそう」
まずは、長に『闇』について伝えてもらう。
もし、浄化の力をもつエルフがいるならば協力してもらいたいし、そうでなくてもエルフ達を統率できるのは長だけだ。
その間はリラの浄化の炎と僕の力で犠牲を減らす。ただし、リラは浄化の炎は使えても直接戦闘はできない。だから、リラの身は僕が護る。
犠牲0にはできないだろうけど、おそらくこれが最善手だ。
「いいだろう。いくぞ、レイク」
アル様はレイクさんの首根っこを掴んで駆け出した。
「リラ、僕におぶさって」
「え?」
「それが1番護りやすい。できるだけ浄化の炎で『闇の獣』を倒そう」
「わかった」
僕はリラをおんぶして、戦場に飛び出した。
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――くそ、数が多すぎる。
『闇の獣』の数が多い。
リラの浄化の炎の力で、すでに十匹以上消しているが、それでも全然減った感じがしない。
数十匹どころか、数百匹はいるんじゃないか!?
「皆さん、落ち着いてください。コイツらには浄化の力が有効です。浄化の魔法とかが使える人がいたら手伝ってください」
戦場を駆け巡って『闇の獣』を倒しながら、僕は叫び続けた。
リラの活躍を見て、エルフ達も少し冷静さを取り戻したようだ。
しかし、対抗手段が分からないことに変わりはない様子。
「おい」
エルフの男が僕に声をかける。
弓矢とレイピアを装備している辺り、エルフの戦士といったところか。
よく見てみると、彼の周囲にも戦士達がいて、彼はその隊長のような存在らしい。
「ヤツラには通常攻撃が効かないのか?」
「はい。ゴーストのように、浄化の力でないと効果がありません。ですが、敵の攻撃はこちらに当たります」
「理不尽な。しかし、そうなると我々には何もできんな」
「エルフは浄化の力を持たないんですか?」
「エルフの魔力は植物を操る方向に長けている。浄化のみならず、戦闘用の魔法はほとんど使えない」
そういうことか。
どうやら、覚悟を決めるしかないようである。
「わかりました。ではヤツラの相手は僕らに任せてください。皆さんは避難誘導を」
「了解した」
エルフの戦士達は、避難指示を伝えるため方々に分かれていく。
その間も、『闇の獣』は僕らに向かってくる。
「リラっ!!」
「分かってる」
リラが浄化の炎を吐く。
漆黒の刃はできるだけ使いたくない。
ルシフの魔法だからというだけじゃない。あれは持続時間が短すぎる。上空にはまだ人型の『闇』がいるのだ。
リラの炎をかいくぐって襲い来る『闇の獣』
僕は力を調整しつつ上空へ飛び上がる。
ラクルス村の時みたいに大きなクレーターを作らないよう気をつけて。
跳び上がったのは上空3メートル程度。
――くそっ、今どういう状態なんだ!?
戦場が広がりすぎている。
エルフの里はそもそもラクルス村の数倍の広さがある。
木々や家があるため、見通しも悪い。
そのあらゆるところから悲鳴が聞こえる。
――一体、どこから手をつけたらいいんだ!?
瞬間迷う僕に、リラが警告の声を上げる。
「パド、上っ!!」
言われハッとなったときにはもう遅い。
人型の『闇』から伸びた指が、僕に迫る。
しまった。
上空にコイツがいるのに、跳び上がったのは迂闊だった。
僕とリラは『闇』の指になぎ払われ、吹き飛ばされた。
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地面に落下し、一瞬頭がくらっとなる。
「くぅ」
だが、今は横になっている場合じゃない。
僕は立ち上がり、周囲を見回す。
――リラは!?
よかった、すぐ近くで立ち上がっている。大きな怪我もしてない様子だ。
――付近に『闇の獣』は!?
いない。
その代わりに、倒れたエルフとそれに寄り添う子どもがいた。
「お母さん、しっかりしてよぉ」
そう言って血まみれのエルフにしがみついているのは、バラヌだった。
「バラヌ」
僕は叫ぶ。
「あなた……さっきの人族の……」
あ、やっぱりお兄ちゃんとは呼んでくれないか。
まあ、そりゃあそうだよね。
「ねえ、お母さんを助けて……」
バラヌはそう言って僕に泣きすがる。
倒れた女性はミラーヌ。お腹から血を流している。
その顔にはすでに生気がなかった。
リラがミラーヌに駆け寄る。
――そして。
リラは静かに首を横に振った。
「私にはどうにもできないわ」
「そんな、回復魔法で……」
泣き叫ぶバラヌ。
「私やパドには使えないわ」
レイクさんなら、あるいはどうにかできるかもしれない。
だけど、もう間に合わない。
ミラーヌの命はすでに風前の灯火だ。
「なんでだよ、なんで僕みたいな魔無子をかばうんだよっ!!」
ミラーヌはバラヌをかばってこうなったのか。
だとしたら彼女を傷付けた『闇の獣』はどこに!?
いや、というよりも、この傷は――
僕がそこまで考えたときだった。
人型の『闇』が僕らの目の前に降り立った。
「よくも、よくもお母さんをっ!!」
バラヌが叫んで『闇』に殴りかかる。
「よせ、バラヌっ!!」
僕は慌てて彼を抑える。
あまりにも慌てていたので力を入れすぎてしまったのか、バラヌの顔が苦痛に歪む。
「離せよっ。アイツが、アイツがお母さんを刺したんだっ!!」
どういうことだ?
ミラーヌは『闇の獣』ではなく、目の前の『闇』に刺されたのか?
確かに、傷口は獣の牙と言うよりも、もっと細長い、『闇』の指による傷に近かったが。
「リラ、バラヌを頼む」
僕はリラにバラヌを押しつける。
「離せ、離せよっ」
リラの腕の中でジタバタするバラヌ。
母を刺された憎しみに、他が何も見えなくなっている。
――かつて、ラクルス村で最初に『闇』と対峙した時の僕と同じように。
ダメだ。
その感情を暴走させてはダメだ。
その暴走の行き着く先を、僕は知っている。
――だから。
「バラヌ、君のお母さんの敵は、僕がとる」
僕は異母弟にそう言って、左手首から漆黒の刃を伸ばしたのだった。
「ゆるさないぞ、お前は」
バラヌの母、ミラーヌのことを、僕は好ましく思っていなかった。
それは今でも同じだ。
だけど。
それでも。
こいつは異母弟の母親の敵だ。
義母兄として、絶対に許すことができない相手だ。
『闇』は右手の指を直線上に伸ばす。
5本の指は、細身の剣の姿に変形する。
――今までの『闇』と違う?
いぶかしく思うが、関係ない。
漆黒の刃で本体ごと斬るだけだ。
――だが。
次の瞬間『闇』の口が開く。
「……パド……」
『闇』の口から、声がした。
「……許さない……」
冷たい冷たい、ゾッとするような声が。
「……絶対に……」
だけど。
この声は……
「……私から、奪った……」
この声はっ。
「……アルお姉様を……」
そう言った直後、『闇』が動く。
同時にリラが叫ぶ。
「リリィ!?」
そう、『闇』の声はリリィのそれと同じだった。
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