エインゼルの森林の奥。
エルフの里はそこにあった。
なんとも不思議な風景だ。
エルフの住居は木だった。
木材を使った家という意味ではない。
文字通り、木そのものが彼らの家なのだ。
もう少しわかりやすく言うと木が家の形に育っているのだ。
階段も、壁も、窓も、ベッドも、タンスも、机も、みんな木がその形に最初から育成されている。
むろん、そんな木が自然に存在するわけもなく、これはエルフの強大な魔力によって作られた世界だ。
水も、住居も、衣服も、食べ物も、全て魔力で植物を育てることによって得ている。
魔力絶対主義なのは、この死の砂漠の中央で生きるためには、魔力による植物操作が必須だからだ。
さて、そんなエルフの住居の中でもひたすら立派な家。大木が作り出す屋敷の中で、僕らはエルフの長、リーリアンさんと向かい合っていた。
レイクさんの話を聞き終えた彼女は一言こう告げた。
「断る」
一刀両断の拒絶だった。
レイクさんが語ったのは、人族の王位継承問題と、アル様の立場。そして龍族に渡りをつけてもらうことだ。
そう簡単に話が進むとは思っていなかったが、ここまで冷たく言われるとも思っていなかった。
「何故でしょうか?」
「我らにも龍の方々にも何1つ利点がないからだ」
「先ほども申しましたとおり、諸侯連立派の王子が即位すれば、エインゼルの森林もただではすみません。彼らはエルフと龍族も支配しようとしています」
だが、リーリアンさんの表情は変わらない。
「それが汝の妄想でないという証拠はどこにある? 人族同士の争いに手を出せば、その方が煩わしい諍いになることは明白」
ぐうの音も出ない正論だ。
「それよりも、我にとって重要なのはそこの2人である」
リーリアンさんは僕とリラへ視線を向ける。
「まず、人族の少年よ。汝からは莫大な魔力を感じる。人族としては――否、エルフからみてもありえない魔力である。大変興味深い。
そして、そちらの少女よ。人と獣と龍の匂いを持つそなたは何者ぞ?」
僕とリラは互いに顔を見合わせる。
そして。
「僕はパド、こっちはリラです」
「個としての名はどうでもよい。そなたらの正体を述べよ」
「正体って……僕はラクルス村で産まれたただの子どもです」
「ラクルス村……そうか、7年前の……それでは問おう。パドよ。そなたは如何にしてかような魔力を持った?」
「それは……」
どうする?
どこまで話す?
レイクさんやアル様は何も言わない。
僕の判断に任せるということか。
ここは、隠し事はよした方がいいかな。
「僕は、転生者です。異世界にて1度死に、神様によってこの地に生まれ落ちました。魔力はその時、神様がくれたものです」
本当は神様のミスだけど、それをいうと話が混乱しそうなので。
「ふむ、神か。人は見たことのない神なる存在を何故信じられるのか。いや、汝は実際に見たと主張するのであろうが」
「僕が見た神様と、この世界で伝わるテオデルス信教の神様とは、ちょっと違うと思います」
「さもありなん。人族ごときに、我らすら見通せぬこの世の真理が分かるわけがない。故に、人族の言う神など眉唾なもの」
教皇達が聞いたら気を失いそうなことを言うリーリアンさん。
「では、そちらの少女に尋ねよう。そなたは何者ぞ?」
リラは少し迷ったようだが、結局は素直に自分の出自を語った。
「人族と獣人のハーフ。さらには龍の因子を持つか。なんとも面白き存在よの」
リーリアンさんは目を細め、そしてさらに続けた。
「パド、それにリラ。そなたらはこの里に残れ」
――は?
いきなりなにを?
「パド、そなたの魔力はこの地において極めて大きな力となろう。そして、リラよ。人族も獣人も汝を受け入れないだろうが、龍とエルフは汝を受け入れる」
いやいやいや。
いきなりそんな無茶な。
アル様がイラっとした表情で立ち上がる。
「ずいぶんと身勝手なことを言ってくれるな、エルフの長よ」
「そうであろうか?」
「その2人は私の従者だ。勝手にこの地の者にされては困る」
「この2人の力は人族に制御できるものではない。特にパドの魔力は、扱いを誤れば世界を滅ぼすであろう」
ドキッ。
神託の言葉を思い出し、心臓が高鳴る。
「我らエルフは人族よりも遙かに魔力の取り扱いに長けている。ならばパドはここで修行するべきであろう」
まさか、彼女は神託のことを知っているのだろうか。
いや、そうでなくとも、エルフ達は魔力量を感じ取れるっぽいから、僕の魔力の危険性も人族よりも大きく感じているのかもしれない。
「そしてリラ。人と獣と龍の力を持つ者を、人族は受け入れまい。だが、エルフは龍の方々を守護する者。方々の力を持つリラもまた、守護対象となりうる」
もしかすると、この人の言っていることは正しいのかもしれない。
僕は魔力の制御を学ぶべきだし、リラには安住の地が必要だ。
――もし、ここでそれが得られるというならば……
――だけどアル様は……お母さんは……
――いや、むしろこれは……
僕はリーリアンさんの瞳をじっと見つめて尋ねた。
「もしその話を僕やリラが飲んだら、アル様を龍族のところまで案内してもらえますか?」
その問いに、リーリアンさんは『ほう』っと目を細める。
「パド、それはっ」
「リラ、今は任せて」
リラを僕はそっと黙らせた。
「いいだろう。もしもパドがこの地を維持する魔力を提供するというならば、そこの2人を龍の方々の元へと案内しよう」
――やはり、か。
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「パド、どういうつもりなのよ?」
あてがわれた控え室に戻るなり、リラが僕に詰め寄った。
「リーリアンさんは自分たちに利点がないって言っていただろ?」
「ええ」
「それはつまり、自分たちに利点があれば、少なくともアル様を龍族のところへ案内するのは吝かじゃないってことだ。
そして、この地では今巨大な魔力を持つ者を求めている」
「なんでよ? エルフは大きな魔力を持っているんじゃないの?」
もし、エルフの魔力だけで十分ならば、ミラーヌはラクルス村にやってこなかったはずだ。
エルフの魔力が年々弱まっているのか、あるいは元々これだけの植物を維持することに無理があるのかもしれない。
いずれにせよエルフの魔力だけでは無理が出てきているからこそ、彼らは僕のお父さんの子どもを求めた。それが失敗に終わったので、今度は僕自身を求めている。
「つまり、交渉条件として自分自身を使ったと?」
レイクさんの問いに、僕は頷く。
「あのままじゃ、龍族と話すことすらできそうもなかったので」
僕の言葉に、アル様が鼻を鳴らす。
「ヤツラが欲するものが何かは露骨だったからな。確かに1つの手段としてはアリだろう。だが、パド、お前はそれでいいのか?」
アル様の言葉に、僕は頷く。
「僕は……僕の目的はお母さんを元に戻すことです。その為にはアル様に即位してもらわないと。
それに、リラもここにいるのが1番良いのかもって。ここにのこれば異母弟のこともフォローできると思いますし」
もちろん、釈然としない部分もないわけじゃない。
だけど、このまま僕が王都にくっついていったって、何もできないだろう。
それならば、ここで龍族との橋渡しを手伝った方が役に立てる。
「確かに、パド君がそれでいいならば1つの手段としてはアリですね。リラさんも、自分の中の因子について、エルフや龍族と共に開発するのも悪くないでしょう」
レイクさんも同意した。
リラはそれでも戸惑っている様子だ。
「それは……確かにそうかもしれないけど、私は……」
その時だった。
僕の頭に、突如アイツの声が響いた。
『そうはいかないよ。お兄ちゃん。そんなハッピーエンド、認められない』
――なっ!?
「ルシフ!?」
反射的に叫ぶ僕。
「どうしたのですか、パドくん?」
尋ねるレイクさんに、僕は言う。
「今、ルシフの声がしました」
アル様が立ち上がる。
「なんだと!?」
「そうはいかない。そんなハッピーエンドはみとめないって」
その時だった。
外から悲鳴が聞こえてきた。
飛び出した僕らの目に飛び込んできたのは『闇』と『闇の獣』達の姿だった。
――またか。
――ルシフ、お前は何を企んでいる!?
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