小マゼランの小悪魔

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第五話 医療ロボット

公開日時: 2020年10月25日(日) 17:00
文字数:3,023

 十二年前、地球は星系間国家連合に対して開星した。

 日本を訪れる外国人は、もう地球人だけでは無い。

 だが異星人との間には風習・法律等の違いが大きく、トラブルが発生する可能性がある。

 そのため初めて来訪する他星系種族に対して、地球は四十日間の観察期間を義務付けている。観察官と共同生活して、入国の可否を検討するのだ。


 観察官である私、しろ 貞子は、その職務にも関わらず観察対象である異星人シーリアに惹かれる。

 そして、その気持ち故に私はシーリアの読心能力に気が付いた。


 だが能力を発見した事さえも読まれてしまった私は、観察官に成る切っ掛けをシーリアに話す。



 ☆★☆



 観察期間終了まで後七日。

 私達はダイニングテーブルで夕食を摂っている。

 観察室の内部は一定温度に保たれているが、それでも夕方にはヒグラシが鳴く。確実に季節は移り変わっているのだ。


 シーリアのスプーンが、スープ皿の中で止まったまま動かない。

 彼女は悲しい事を考えている。私が話した悲しみ、加島 美智子を失ってしまった大洗の夜の事を考えている。


 シーリアに元気が無いと、自分まで辛い。

 私は自らに読心能力が無い事を恨んだ。


 「ごめんね。でもその通りだ。貞子の悲しみを見てしまったせいだ」

 シーリアは私の心を読んで素直に認める。


 「シーリアに話すんじゃ無かった」

 「共有しないと、悲しみが心を蝕むんだ」

 彼女はそう指摘して、スープをかき混ぜた。

 確かに加島 美智子の件は、精神的な重圧と成って私を破滅させていただろう。


 けれども私が癒される事によって、シーリアが苦しむ事には耐えられない。

 私は切なくなって、テーブルの下で彼女と足を絡ませた。右足同士が、くるぶしを交わらせてゆらりと踊る。


 「貞子、悲しみは分かち合う以外に癒す方法が無い」

 「それが、〈デアクス〉霊媒医師の仕事?」

 「ずっとそうしてきたんだ。読心能力者はその職を選ぶのが習わしだった」

 「あまりにも治療者に負担が大きい」

 私は問題点を指摘した。

 現にシーリアはこうして苦しんでいる。


 「数人で組んで行う。でも費用が掛かるので、医療ロボットが導入されると敬遠されたよ」 

 「私は医療ロボットが導入される前に、臨床を逃げ出した」

 私は観察官と成った経緯を自嘲した。


 「私も逃げ出したんだ。失格なのは私とて同じだよ」

 シーリアは空を見上げて言う。

 彼女の心の重荷は、故郷の星から飛び出した事だろうか。


 「そうだね。でもたぶん仲間からは許されるだろう。七十冬眠サイクル前の苦しかった時期の生き証人が宇宙から帰ってくる。許していないのは、自分自身だ」

 シーリアは私の心を先読みしては、言葉にする前に答えを返す。

 結局の所、シーリアのように孤立してつらいのは、自罰的になりがちな所だ。


 「シーリア、夕ご飯はもう終わりにする? 片付けるからソファーで休んでいて」

 「頼むよ」


 シーリアは、重い足取りでダイニングを後にするとリビングに消える。私が食器を下げる頃には、ソファーのお気に入りの場所で身体を丸めていた。

 食器を片付け終わって、リビングに戻ると彼女は床に嘔吐していた。


 「ごめん、止められなかったんだ」

 シーリアは、口に吐瀉物をつけながら言い訳をする。


 「シーリア、水を持ってくる。横に成っていて」

 「何か拭く物は無いかな。服と床を汚してしまった」


 彼女は元気が無かったが、動けないと言う訳ではなさそうだ。


 「そっちは私がやるから、可能ならシャワーを浴びて寝ていて。後で部屋に行く」

 私の言葉を素直に聞くと、シーリアは立ち上がる。

 「ありがとう、貞子」


 服を脱いで寝室に戻るシーリアはやはり身体がつらそうだ。

 私は服を洗濯機に入れ床を水拭きすると、観察室のゲートを通って異星人観察課にある医療ロボット室に入る。

 地球に滞在している異星人の健康に関しては可能な限り、星系間国家連合製の医療ロボットを使うのが外交条約の細則だ。


 私は異星人観察官としての権限で、医療ロボットを起動する。

 ロボットと言っても、人を模した外見は持たない。

 部屋の中央に画像診断装置を備えたベッドがあり、外科アームがその外を囲んでいる。対話は枕元にある画面から行う。

 

 「小マゼラン雲イイルドナイラ星出身シーリア・クズネフォーリに関して、日本国厚生労働技官で医師の城 貞子が報告します。

 この二日ほど、意欲減退と食欲不振が見られます。本日一回嘔吐しました。

 心労による物と判断して、休養を指示しています」

 私はロボットに喋り掛けた。

 悲しみを記号化すると、こんなちっぽけな形にしか成ら無い。


 「城医師、直接の切っ掛けは何ですか」

 医療ロボットは医師である私に質問する。まるで患者の気分だ。


 「私の悲しみを彼女が共有してしまったからです」 

 私はロボットに曖昧な答えを返す。


 「シーリア・クズネフォーリに、即効性の気分改善薬を三日分処方します」

 医療ロボットは、診察結果を告げた。


 なるほど、これならば医師は不要に成る。

 精神科領域においてさえ、今医者がやっている事は医療ロボットと変わりはしない。


 床下のマイクロプラントがしばらく振動すると、ベッド脇のサイドテーブルから薬のタブレットが排出された。

 私はそれを袋に入れ、シーリアの元に急ぐ。


 「先生、いいですか?」

 観察室のゲートを通ろうとした時、門衛に呼び止められた。


 「今日はスケジュールの手違いでビル内を巡回しなくてはならないのです。今後も医療ロボットを使うのならば観察室のパスコードを教えますが」

 門衛は恩を売るような気軽さで、自らの怠慢の責任を押し付ける。


 「それは保安手順違反です」

 私は苛つきながら門衛に抗議した。

 私とて一端いっぱしの公務員だ。定められた手順には従う。


 「パスコードを三日以内に変えます。先生、すいません。緊急避難という事で」

 「分かりました」

 シーリアの健康を考えると、下手に出た門衛の申し出を受け入れるしか無い。


 ゲートを通り抜けると、シーリアの寝室に急ぐ。

 通じ合っている私達だが、互いの寝室に踏み込んだ事は無い。

 行為は、両者を分かち難い物にしてしまう。

 私には、相手の人生を拘束する覚悟が出来ていない。後悔する事、後悔させる事を恐れている。


 「シーリア、中に入る」

 私は彼女の寝室のドアを叩く。


 「寝ているけど、どうぞ」

 返事を聞くと直ちに扉を開け、シーリアの寝室に入った。

 彼女はシャワーを浴びてそのままベッドに倒れ込んだのか、髪が濡れたままでシーツは湿っている。


 「シーリア、髪を乾かさないと風邪を引く」

 私は薬をサイドテーブルに置くと、乱雑に畳まれたバスタオルに手を伸ばた。

 シーリアはベッドの上で、上半身だけ起き上がる。

 私は彼女の後ろに座ると、髪を丹念にタオルドライしていく。

 

 「貞子、薬を貰って来てくれたんだ」

 シーリアが、サイドテーブルに置いた医療ロボットの薬袋をつまんだ。

 「一応、外交条約の細則に定められた事だから」 

 地球の医師が、他星の霊媒医師に、星系間国家連合の医療ロボットの処方を手渡すという様相に成る。

 

 「飲んでいる内は効くんだよね、これが」

 シーリアはそう言うと、薬のタブレットを手に乗せて口に含んだ。


 「ねえ貞子、一緒に暮らそうよ。二人なら悲しみに流されない」

 「……」

 シーリアの求めに、髪を拭く私の手が止まる。

 それでも、私は肝心な所で答えが出せない。


 「知っている。貞子はいつも決められない」

 その不甲斐なささえシーリアに見透かされた。


 「私は……」

 「まだ、少し時間はあるよ。返事を待ってる」

 そう言うと、シーリアはタオルを両手でひっぱる。それが作る影の中で私達はキスをした。

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