小マゼランの小悪魔

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第六話 天の川銀河の果て

公開日時: 2020年10月26日(月) 17:00
文字数:3,682

 小マゼランの異星人シーリアと、この私、しろ 貞子。

 霊媒医師と、医者という似ている様で違う世界の住民。

 重ならないはずの心が重なり、私達は唇を重ねた。

 シーリアは、一緒に暮らそうと私を誘う。

 何時ものように後悔を恐れて私は即答出来なかった。

 シーリアはまだ回答の時間は有ると言うのだが。


 しかし私達には時間が無かった。

 翌未明、シーリアは脱走した。私に一言も相談も無く。

 私は時計では無く、警備部門からの呼び出しで目を覚ました。


 課員に非常召集が掛かり、正規職員が早朝から出勤して来る。

 習志野に住んでいる高木課長補佐の出勤を待って会議を始めた。


 「異星人観察対象者にiPadを与えた時のミスです。彼女のメッセージ送信先IDに課内の秘密文章を送っていました」

 課長補佐は、真っ青な顔して釈明する。

 

 「それで」

 私は先を促した。課長補佐の説明は要領を得ないが、要は彼女に脱走を決意させるぐらいの情報を与えてしまったのだろう。


 「読心能力を持つ事を理由として、入国を認めない内示が出たとメッセージを送りました」

 「彼女に何の罪が有るのです」 

 私は抗議した。霊媒は不要と故郷を追われたシーリアを、この国は読心能力を理由に来るなと言う。


 その時、異星人観察課の入り口から本庁の御手洗みたらし課長が入ってきた。


 「ご苦労様、高木課長補佐。初動対応は私が指揮します。休憩していて下さい」

 課長の一声で、課長補佐はお払い箱に成る。


 「城先生、私が説明します。この地球には読心能力者に対応出来るだけのインフラが有りません。実際シーリアさんはゲートのパスコードを入力して観察室内から脱走しました」 

 返す刀で私に向き直ると、課長は私の瑕疵を指摘した。

 もしパスコードでゲートを開けたのが本当なら、それは私の心の中から読心した物で有ろう。


 「あと先生、申し訳有りません。先生とシーリアさんは親密ですから逃亡幇助の疑いが掛かっています。彼女の捜索は我々が行いますので観察室内に居て頂けませんか」

 私は怒りにまかせて、椅子を蹴り倒すと観察室に戻った。

 そしてリビングのソファーに倒れ込むと大声を出して泣き喚く。


 「シーリア、せめて一言欲しかった」

 私はソファーのクッションを抱いて呟いた。

 一言有れば、一緒に逃げただろうか。


 泣き疲れて寝ている内に、昼食の時間は過ぎていた。

 気が付くとケータリングの食事が一人分、ローテーブルで冷めている。


 iPadが忙しなくメッセージ音を鳴らすので、床に放り投げたそれを拾い上げた。


 「ネットで記者会見?」

 私は、画面が割れたiPadから、ネットテレビのアプリを起動する。映像では課長自身が説明していた。


 『……内心の秘密は保たれませんが……決して危険な異星人では有りません。怖がる必要は無いのです。シーリア・クズネフォーリさんは心神共に衰弱していています。見かけたら直ぐに保護するか通報して下さい』

 そうしている内に、質疑応答に移る。


 『……はい、期限内に戻らなければ入国管理法における不法入国者としての扱いに成ります……ですが観察期間の拘禁は違法です。あくまで足留めのお願いでしか有りませんから、期限内に帰還すれば罪には問えません』

 そう言うと、御手洗課長は記者会見を締めくくった。


 直後、スマートフォンが激しく鳴動する。以前働いていた精神科クリニックの院長、羽黑 雪江からの電話だ。

 スマートフォンは早朝の臨時会議の前に返却を受けている。


 「貞子、今何やってるのよ! 会見のあの娘、あんたの患者でしょ」

 電話に出て、最初に聞こえたのは罵声だった。


 「厳密には、患者じゃ無い」

 私は小さな声で言い訳をする。


 「何オタオタしてるの!。何時でも医師は患者に試されているの。たまには期待に応えなさい」

 雪江の罵倒は続いた。

 彼女の声は相変わらずキンキンと響く。


 「どうすれば良い、雪江。私は加島 美智子だって救えなかった。シーリアもどこに居るのだか」

 私は死に際の蝉の様に力無く弱音を吐いた。


 「追いかけるのよ。母は患者を追って与那国まで行った、私だって塩尻まで行った事が有る。必ず見つかる。だから覚悟決めて、追いかけなさい」

 「追いかける?」

 「今すぐ支度して、追いかけなさい」

 そう私に命じると、雪江は一方的に電話を切る。


 「与那国って……」 

 文句を言いながら起き上がった私の指に、何か紐が引っかかった。


 「まさか翻訳機」

 私はソファーのクッションの中からシーリアの翻訳機を引き出す。

 彼女は翻訳機を持っていかなかったのだ。


 地球言語にも、乙女座超銀河団プロトコル言語にも通じていない彼女が動ける範囲は限られている。

 駅で案内を受ければ、直ぐに保護される可能性が高い。


 「私の頭の中を読んで、その道を使った?」

 私は推測を進める。シーリアは車を運転出来ない。私から読心して利用可能な移動経路が有るとすれば、霞ヶ関への通勤電車、そして本庁から大洗への移動だ。


 「シーリア、私を試してるの?」

 私は結論に達する。翻訳機はわざと置いて行ったのだ。私だけに追って欲しくて。

 ならばシーリアは加島 美智子が自殺した際、私が使った霞ヶ関から大洗までの電車行程を辿ったに違いない。


 私はリビングから観察室のゲートに走ると、まだ変更されていないパスコードを打ち込んで開けた。


 「ちょっと先生、何やってるんですか」

 「シーリアを迎えに行く」

 手持ち無沙汰の課長補佐が驚いて制止するも、私は振り切って地下駐車場への階段を降りて行く。


 一ヶ月分埃が積もった自家用車に乗ると、首都高湾岸線に向かった。


 車で首都高湾岸線から常磐自動車道を飛ばせば、常磐線を使った時より時間は掛から無いはず。

 加島 美智子の時も、今回も初動に遅れたけれども、私は車の速さに望みを託した。


 「シーリア、失いたく無い」

 私は小さく呟く。


 「年貢の納め時という事?」

 車内なのを良い事に独り言が大きくなった。


 常磐自動車道を数時間走り水戸ICを降りてから、課長に電話を掛ける。


 「御手洗みたらしです。どこに居るのです、城先生」

 「大洗に向かっています。シーリアはおそらくそこに居ます」

 私は水戸市内を七十キロで飛ばしながら、ハンズフリーで話した。


 「何を根拠に大洗に行くんだ」

 課長は、場所の意味を聞く。


 「課長、指示に従えずに申し訳有りません。私個人と医師としての意志でそうしています」

 「そこまで言うならば仕方が無い。連絡はくれないか」

 「分かりました」



 ☆★☆



 大洗に着いた頃には、既に日が暮れていた。

 茹だるような夏の外気も、陸風に吹かれて海へと抜ける。


 私は海水浴場の駐車場に車を止めた。


 「さて、シーリアどこに居るの」

 潮騒に不思議と独り言が気に成らない。

 砂浜に降りると直ぐに砂が入ってきて靴を脱いだ。

 裸足に踏みしめる砂浜は、まだ日差しの熱を蓄えていて熱い。


 大洗の海岸を、多くの子供連れとカップルが行き交う。

 私は海水浴場の半分ほどを進んだ。


 「そう、一人なのは私とシーリアぐらいね、きっと」

 私は周りを見渡す。

 子供に追われて蟹が逃げ、私の足元を走った。

 私は慌てて足を滑らせ、砂浜に転ぶ。


 その視線の先でシーリアが、潮の満ち引きと戯れていた。

 頬の入れ墨からして間違いが無い。


 「シーリア、こんばんわ。追いかけてきた」

 私は彼女に声を掛ける。


 「◎◇■$、○×▽」

 シーリアは、こちらに振り向くと良く聞いた単語を口にした。


 「それは、有難うの意味? どういたしまして」

 「○■□×▽☆、●◎」


 彼女は裸足でステップを踏みながら、砂浜をこちらに歩み寄る。

 困った事に翻訳機を車の中に忘れてきてしまった。


 「私が来なかったら? シーリアはどうした?」

 「×Ω○□、×◎▽」

 シーリアは両手を胸の上に当てて首を傾げる仕草をする。彼女のジェスチャーは分からない。


 「試されるのは苦手」

 「⊂∀、貞子」

 彼女は二つのはっきりとした発音の後に、私の名前を呼んだ。愛の言葉だと知っている。


 「分かっている、言葉に出す事は大事。私はそのために、ここに来た。シーリア、愛している」

 「◎※□▽□◇◇○※○◎×▽、貞子、※□※◎○□◎▽◇」

 私の返事に、シーリアは両腕を空に向けて満身の笑みを浮かべた。


 「本当に綺麗な夜空、加島 美智子にも見せて上げたかった」

 私は起き上がって、砂をはたくと空を見上げる。

 外縁から見た天の川銀河が太平洋に沈み、黄色いバルジが複雑な模様を描いて空を彩った。


 「⊂∀、※□◇◎○※○、◇□◎×▽▽」

 シーリアは広げた手をそのまま、私の肩に下ろして首を抱く。私も彼女の腰を抱いた。


 「私は精神科医失格な事をしている。でもシーリア待っていてくれて有難う」

 私はシーリアの胸の間に顔を埋めて感謝を伝える。


 「◎◎▽□◇※□○※」

 「シーリア、貴女の入国拒否が内定した。とりあえずキリテ星まで戻って。日本国側の問題点も有るから、そこで星系間国家連合の仲裁を受ける事に成る。キリテ星には私も行く」

 「◎▽!」

 私の首を抱くシーリアの指に力が入った。


 「シーリア、蛮族式で行くから、聞いて」

 「○□※○◎×?」

 「行くよ」

 私は彼女を砂浜に押し倒す。


 「シーリア。後悔しても良いからずっと一緒に居たい」

 「貞子、○▽○※◇◎□×」


 恒星間貨物船が西から夜空を流れる中、私達は口付けをした。

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