「……はい、すみません……それでは失礼します」
俺はそう言って、学園への電話を切った。
「ズズズッ……」
俺は鼻水をすする。ひょっとしなくてもまだまだ風邪引きの身である。昨日ちょっと元気になったからと言って、はしゃぎ過ぎてしまったのがいけなかった。
「ふう……」
薬を飲んだ。効き目はなかなかあるようで、起きたばかりよりは大分体が楽である。しかし、これ以上の油断は禁物。今日という今日はとにかく大人しくしておこう……。
「♪」
ん? なんだ? インターホンが鳴ったぞ。何も注文はしてはいなかったはずなのだが……とにかく応答する。
「……はい」
「うーっす、村松っちゃん」
「!」
俺は驚いた、何故なのかは知らないが、ドアの外にスカートと気の短いヤンキー……紅蓮龍虎がいるのだ。俺は戸惑い気味に玄関のドアを開ける。
「徒歩で来た」
紅蓮は片拳を掲げて呟く。
「……プリクラでも撮ってきたのか?」
「後で気が向いたらな」
「……何の用事だ?」
「お見舞いだよ、お見舞い」
紅蓮は手首に提げたドラッグストアのビニール袋を見せてくる。
「……お礼参りじゃなく?」
「オレにどういうイメージ持ってんだよ……」
紅蓮が目を細める。
「……気持ちだけありがたく受け取らせてもらうよ」
俺はドアを閉めようとする。紅蓮はがっとドアを掴む。
「……ちょっと待ちなって」
「風邪が移るといけない。一応聞くが、お前、学校は?」
「はっ、んなもんサボりに決まってんだろ」
紅蓮は胸を張る。
「威張るな、今からでも行け」
俺は再度ドアを閉めようとする。
「だから待ちなって。『ヤンキーズフード』、食いたくねえのか?」
「自分でヤンキーって言うな……分かった、それだけありがたく受け取っておくから……」
「つーか村松ちゃんがこの間言ってきたんだろ、『お前らのことをよく知りたい』って……」
「⁉」
俺は紅蓮を見つめる。紅蓮はいつものとおりの勝気な表情だ。別にふざけているわけではないようである。俺は紅蓮を部屋に入れる。
「おじゃましまーすっと……へえ、意外と片付いてんな」
「……ええっと」
「ん?」
俺より先にリビングに入った紅蓮が振り向く。
「俺がこの間言ったことだが……」
「これだよ」
紅蓮は自分のスマホを見せてくる……うん、同好怪三人のグループRANEに、俺が『お前らのことをよく知りたい』という文を送信しているね。
「ああ……」
俺は頭を抱える。三日前の軽率な行動を三度恥じる。
「村松っちゃんが今日も休みだっつうから、こうしてやってきたんだよ」
「ああ……そうか、分かった。しかし、悪いんだが今日は帰ってくれ。繰り返しになるが風邪を移したりするといけないからな」
「心配すんな。そんなヤワっちい体じゃねえから」
紅蓮は右腕を曲げて力こぶを作るポーズを取る。
「しかし……」
「なんつったって……『怪獣』だぜ?」
「! そうだ……それについて聞きたかったんだよ」
「……お見舞いをさせてくれたら、話すかもしれねえな……」
「……分かった。ヤンキーズフードとやらをご馳走になろうか」
「ちょっと待ってな……えっと……よし」
紅蓮からスマホを操作する。しばらくすると、俺の家に宅配ハンバーガーとコーラが届く。
「こ、これは……」
「ヤンキーズフードってやつだ」
「ええ……いや、まあ、ある意味ヤンキーズフードか……しかし風邪には……」
「この店は食いやすいんだって。ちなみにこれはオレのおすすめな。さあさあ食いな」
俺はハンバーガーとコーラを口にする。
「……美味いな、そうか……こういうアメリカンな食事を取ることによって、ダイナミックな怪獣と肉体を同化させたわけか」
「全然違えよ。わけわかんねえこと言うな。まだ熱があるんじゃねえか?」
「そうか」
にべもなく否定された。熱はかなり下がったはずなのに、顔が真っ赤になってしまう。
「ああん⁉ バウアーとアルベルト、巨星かよ! マジか……」
「……」
「信じていたのによ……」
「………」
「だけど、面白いな『乱撃の巨星』……人気になるのも分かるぜ」
「…………何をやっているんだ?」
ベッドで寝ている俺の横で漫画を読んでいる紅蓮に尋ねる。
「何って、看病だろうが」
「どこがだよ、帰れよ」
「これ読み終わったら帰るよ」
「貸してやるよ」
「良いよ、オレは読むの結構早ええんだよ。小難しいところは飛ばすからな」
「あのな……」
「ついうっかりと秘密を話しちまうかもしれねえぞ?」
「ちっ……」
俺は舌打ちしながら目を閉じる。しばらく経って目を開けると、パソコンの画面を見て興奮する紅蓮の姿が目に入ってくる。
「うおおっ!」
「……何を観ているんだ?」
「ネトフレだよ」
「勝手に人のアカウントで……格闘技の試合か?」
「いや、『善良天使』だよ」
「こ、興奮する要素あったか?」
「むしろ興奮する要素しかねえよ」
「そ、そうか、まあ、感性は人それぞれだからな……って、もう帰れよ」
「ちょい待ち、このエピソードを観たらな……」
「ったく……」
それからまたしばらくして……。
「……はい、勝ち~」
「くそ、何度やっても勝てない!」
「村松っちゃん、オレにゲームで、しかも『金太郎鉄道』で勝とうだなんて甘えよ……」
「おかしい、頭を使うゲームなはずなのに……もう一度だ!」
「なんか引っかかる言い方だな……別に何度だって構わないぜ! ……と、言いてえところなんだが、もうこんな時間だ、そろそろ帰るぜ」
「あ、ああ……」
紅蓮は帰宅する。秘密については聞けずじまいだった。またまたなにやってんだ、俺……。
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