朝、起きたらすでに兄の姿はなかった。
私は、兄の手を握ったままそのままベッドによっかかって寝てしまったようで、私には布団がかかっている。
「もう、帰られたのね……」
ぐぅーっと伸びをして、体をほぐす。
体が凝り固まっているのか、あちこちが痛い。
「おはようございます、アンナリーゼ様」
いつもはデリアが朝の挨拶をくれるが、今朝は、別の侍女であるカルアが朝の準備してくれていた。
「おはよう、カルア」
「……私の名前……」
「ん?もちろん、知っているわよ!普段、デリア以外を呼ばないから知らないと思っているでしょう
けど、屋敷のみんなの名前は大体覚えたわ!」
そうですか……とカルアは、伏せてしまった。
私が、そこまで屋敷を把握しているとは思っていなかったようだ。
「デリアは、どうしたの?」
「デリアは、用事があるとかで、ちょっと席を外しています」
「そう、カルア、朝の支度をありがとう!」
「滅相もございません」
さて、どうしたものか……準備してもらったものに、手を付けないわけにはいかない。
それもできるけど、せっかく忙しい侍女であるカルアに用意してもらったものは、無駄にはしたくない。
まず、顔を洗うための水……銀の簪をこそっと入れてみる。
特に変色はないようだ。
「アンナリーゼ様、どうされましたか?」
「いいえ、何でもないわ!」
カルアにニッコリ笑うと、準備された手順通り、朝の支度を済ませていく。
支度が終わった頃、机の上に手紙が置いてあるのに気づいた。
「その手紙、取ってもらえる?」
「はい、アンナリーゼ様」
カルアにとってもらった手紙は、兄からのものだった。
『 アンナへ
昨日は、ありがとう。
頼ってばかりで、情けない兄だ……
でも、おかげで、気分も軽くなったよ。
帰ってエリザベスとゆっくり話す時間を作ってみるよ。
妹に頼らなくてすむように……
お礼、入れておいた。よかったら、使ってくれ……
サシャ 』
封筒から出てきたのは、小さな指輪だった。
ピンキーリングである。
もらったリングをじっくり見てみると……これ、お母様のじゃない!
自然と汗が噴いてくるようだ。生きた心地がしない……
もらってもいいのよね……?怖くてつけられなかったが、私は、母のピンキーリングを宝石箱へ大事にしまうことにした。
だって、これ、お母様が殊更大事にしていたお父様からのプレゼントなのに……
でも、手元にあると母を感じられ安心できる。心強く思える。
お兄様にしては、なかなか、機転の利かせてくれたようで嬉しかった。
ありがとう……お兄様。
宝石箱をそっと閉じたとき、扉が大きな音をたてて開いたので、そちらを見やる。
「アンナ様!!」
急に入ってきたのは、デリアだった。
「あら、デリア。おはよう!」
「お……おはようございます!」
そういって周りをみて、カルアの顔を見た瞬間、デリアは血の気が失せたようだ。
「カルア、今日はありがとう。デリアの代わりに、とても助かったわ!
このとおり、デリアもきたから、後は大丈夫!」
「かしこまりました、アンナリーゼ様。では、また、何かございましたらお呼びください!」
その言葉を残し、私の私室から静かに出て行った。
「アンナ様!」
「デリア……少し落ち着こう。何もなかったから、大丈夫よ」
それでも、デリアは心配をしてくれる。
「デリア、過敏になりすぎるのはよくないわ」
「でも、アンナ様にまた、何かあれば……私は……」
「うん。いつかは私だって死ぬんだし、そんなに気を張ってばかりだと、先にデリアが寿命縮めて
しまう。それじゃ、意味がない。長く生きて、アンバーのためにいろんな人を育ててほしいのよ」
かしこまりましたと承ってくれる。
しっかりしているデリアにも、後進を育ててほしいのだ。アンバー公爵のために。
「誰か、育てたい子とかいたら言ってね。デリアの下になれるよう手配するから……」
「ありがとうございます。今は、まだ、アンナ様のことで精一杯努力させていただいているところです。
まだまだ、先のように思いますわ!」
後進の教育もちゃんと担ってくれそうでなりよりだ。
みんな、それぞれ成長していっているなと感心する。
私だけが、止まってしまっているような悲しいような寂しいような……何とも言えない気持ちになった。
私も、そろそろアンバー領のこともわかってきたのだ。いろいろと実行したいこともあるから……
動き始めようかしら?
そんなことを思いながら、もう一度、伸びをして凝り固まった体を伸ばすのであった。
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